医師に憧れた私が、今エンジニアとして内視鏡を通じて医療に貢献している——オリンパス 坂本宙子氏

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胃や大腸などの消化管の内側を直接観察できる内視鏡は、今やハイビジョン映像で鮮明に見ることができ、径も細くなって検査時の患者さんの身体への負担も軽減されている。さらに「診断する」だけでなく、治療の道具としても進化を遂げている。

子どもの頃は医師に憧れたという、オリンパス株式会社 ET機器開発部処置具5グループ 2チームリーダーの坂本宙子さんは、やさしい女医さんの雰囲気。巡り巡って今は、より良い治療方法に役立つ「処置具」の開発に取り組んでいる。(執筆:杉本 恭子、撮影:水戸 秀一)

内視鏡で治療するための「処置具」の開発

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オリンパスを選んだのは「顕微鏡を作っていたから」

——坂本さんが開発に携わっている内視鏡の「処置具」とは、どういうものなのか教えてください。

従来、内視鏡は消化管の病変を見つけるための検査手段としての役割が主でしたが、今は内視鏡を通じて消化管内に小さなナイフなどを入れて、組織を採取したり早期のがんなどの病変を切除したりする手段としても活躍しています。そのナイフなど治療に使う器具や早期病片の確定診断に役立つ器具を「処置具」といい、当社が力を入れている分野の一つです。

——内視鏡を通して消化管内に入れた処置具の先端を動かす仕組みを作るのは、とても難しそうですね。

はい。内視鏡は常にまっすぐな状態で使われるものではないので、場合によっては、患者さんの身体の中で複雑に曲がった状態でも、医師の手元の操作が先端部に正確に伝わらなければなりません。

しかも、患者さんの身体への負担をより軽減するために、内視鏡の径はどんどん細くなっています。内視鏡には見るための機構も必要ですから、処置具を挿入する部分はせいぜい直径数mmの空間となります。よって、この空間に挿入して使う処置具は、もっと細くしなければなりません。

——坂本さんは、処置具の開発のどのような部分を担当しているのですか。

すでにいろいろな処置具が使われていますが、私はより有効な治療方法に役立つ新しい処置具を作るための技術開発を主に担当しています。最近は超音波内視鏡も一般的になってきていて、たとえば胃壁を通じて胃の外側にあるすい臓などの臓器を観察したり、治療したりできるようになっています。このように、進化している内視鏡による治療のさらなる発展に役立つ処置具を作るために、医師の意見や学会で発表された演題などの情報から課題や要望を見出して、将来の処置具を一から考えていくのが私の仕事です。

大好きな顕微鏡を作っている会社だから

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機械設計のスタッフと協力して開発。「機械設計もすごく面白そう」

——学生時代のご専門は。

生物学、特に遺伝学や分子生物学です。

子どもの頃から進化論にすごく興味があって、なぜこんなにいろいろな生物がいるのか、遺伝子がどう変化したのかなど、早く学びたいと思っていました。
中学、高校時代の憧れの先生が生物学専門だったことも、専門領域を決めるうえで影響を受けたと思います。今になって思えば、先生は教科書以上のことを教えてくださっていたと思いますし、当時から自分でも本を読んだりしていました。早い時期から広い視野でいろいろなことを考えるきっかけをいただいたと思っています。

——生物学は、どちらかというと光学機器のユーザー側だと思うのですが、なぜオリンパスに入社したのですか。

大好きな顕微鏡を作っている会社だからです。とにかく生き物が好きで、特に微細な構造を拡大して、しかもきれいに見ることができる顕微鏡がものすごく好きだったからこの会社を選びました。実は、内視鏡を作っていることは、入社するまで知りませんでした。

不可能だったことを可能にする

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医師や看護師だけではなく、エンジニアも医療を支えている。

——入社してから、どのような仕事をしてこられましたか。

入社当初は顕微鏡の事業部に所属していました。

当時、細胞の形を決める遺伝子は、がんなどの病気になると変化することはすでに分かっていましたが、顕微鏡では形の変化を見ることはできても、量の変化は見られませんでした。でも、化学反応で遺伝子を着色する技術が開発され、ちょうど私が入社した頃から、色の濃淡によって、顕微鏡で遺伝子の量の変化も見ることができるようになりました。科学の進歩によって顕微鏡がさまざまな使われ方をされ始めた時期に、顕微鏡の事業部に在籍していましたので、顕微鏡を使った新しい解析方法を提案するような仕事をしていました。

また、以前当社では血液分析機の販売もしていたので、血液検査でがんを見つけるための検査の指標(マーカー)を開発していたこともあります。
最初に医療事業に関わったのは、処置具などの治療機器の生体への影響評価です。治療機器で処置すると、細胞にどういう影響があるのかを評価する仕事で、私の専門である生物学を生かせる分野でした。

——ではなぜ処置具そのものの開発に移られたのですか。

専門を生かせる仕事ももちろん楽しかったのですが、何か新しいものを作ることにも興味があり「処置具の開発に携わりたい」と私からお願いしました。

私は処置具の詳細な構造や機構を設計することはできませんが、生体に対する処置の影響を考えながら、患者さんの身体への負担がより少ない治療を実現するための方法やコンセプトを考えたりすることは、専門を生かせる分野ですから、設計のスタッフと協力しながら開発をしています。

作った製品で病気の治療の役に立てる

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まじめにいいものを作りたい人が集まっている会社。「それが社風になっている」

——仕事の楽しさや、モチベーションはどんなところにありますか。

自分が作ったもので、医師が喜んでくださったり、医師の手を通じて患者さんの健康に役立ったりできることですね。おそらくこの会社で働いている者の多くが、自分の携わった製品を通して、医学や科学に貢献したいと思っているだろうと思います。

最近も、チームで考えた新しい処置具を初めて医師に試していただきました。医師からいただく意見が自分たちにとってうれしいものでも厳しいものでも、まだ世の中にないもの、自分たちの作ってきたものを、医師の方々に実際に評価していただけるのは、ものすごくうれしいことだと感じました。

——では仕事をするうえでのポリシーは。

基本的にはいつも楽しく仕事をしたいと思っています。仕事ですから大変な時期もありますが、いいものを作るためのことですから、未来を見据えて、楽しくできるようにしたいです。壁があっても、自分の好きな仕事ですし、周りの人にも恵まれ、助けられていると思います。

また一緒に働いてくれるチームのメンバーが能力を十分に発揮するためにも、楽しくなければいけないと思っています。その人の良いところを十二分に引き出せる環境を作ることが、リーダーやマネージャーの重要な仕事なのではないかと思います。

新たなものを生み出すには多くの視点が必要

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ドクターの言葉の裏にある本当にしたいことを引き出す。「難しくもあり、楽しくもあり」

——今まで目標になった女性エンジニアはいますか。

日経ウーマン「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2004」の大賞に選ばれた、唐木幸子さんです。生物系の方だったこともあり、活躍されている間近で仕事をする機会に恵まれました。当社の女性社員のパイオニア的な存在で、きっとご苦労されてきたのだろうと思いますが、私たち後輩が活躍できる場所を用意してくださったと思っています。

ただ基本的には男性、女性は関係なく、周りの人たちの、それぞれのいいところを真似したいと思いながら、今日まで来たような気がします。

——この仕事は女性に向いていると思いますか。

これまでの治療機器は操作部が大きかったり、操作に力が必要だったりするものもありましたが、医師の世界も男性が多かったために、あまり考慮されてこなかったという背景があるのかもしれません。女性医師も増えていますし、新しいものを生み出す時には多くの視点が必要ですから、女性技術者の存在も重要なのではないかと思います。むしろ女性のほうが、いろいろな視点から見ることには長けているかもしれません。

患者さんの役に立てる可能性を追求したい

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「治療に役立つもの、まだ世の中にないものを作るのは楽しい」

——どういう技術者を目指したいですか。

私は子どもの頃は、医師になりたいと思っていました。実家の家族や親戚には医師はいませんし、私自身も大きな病気をしたことはありませんが、たぶん病気そのものに興味があったのだと思います。「家庭の医学」を読んだりして、病気を治せる人になれたらいいなと思っていました。

それが、たまたま内視鏡を作っている会社に就職し、内視鏡を扱っている事業部にいる。診断ができたら、それを治したいと思うのは当然のことで、私もその流れに沿って仕事をしてきました。しかも医師であったら自分が担当できた限られた患者さんしか診られなかったかもしれませんが、内視鏡ならたくさんの医師に使われ、より多くの人の治療に関与できるかもしれない。今私は、それを実現し得る立場にあると思うので、自分が作ったもの、考えたものを通して、もっと患者さんの役に立てる可能性を追求していきたいと思います。

——最後に、読者にメッセージをお願いします。

私はいつも夢を捨てずにきたつもりです。いろいろな環境の変化もありますし、逆境に立たされることもあります。でもあきらめずに努力を続けていたら、いつか実になるのではないかと思っていますし、今もそう思いながら仕事を続けています。ぜひ皆さんも、夢をあきらめないでいただきたいと思います。

「個人の成長が会社を支えている」

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オリンパス人事部 南波忍氏

オリンパスでは「ワーク・ライフ・インテグレーション」という言葉を使い、仕事と家庭の相乗効果を目指している。そのテーマの一つとして「女性活躍推進」を位置付け、サポート制度を拡充してきた。産休、育児休暇、時短勤務はもちろん、子どもが病気になったときの看護休暇、また介護休職や介護を対象とした時短勤務制度もある。2013年からは在宅勤務制度(自己規律をもってマネージメントできると認められたレベルの開発職が対象)、介護に直面する年齢層が管理職である可能性が高いことから、役職を一旦留保できる「役割フレックス制度」も取り入れている。育児、介護、配偶者の転勤によって、やむを得ず退職せざるを得なくなった場合には、一定期間人材としてプールし、選考を受けて再入社できる制度もある。産休以外は、男女を問わず制度を利用することができるが、男性による活用はまだ始まったばかりといった状況だ。

同社は、人を大切にする社風。人事制度の根本には「個人の成長が会社を支えている」という考え方があり、人材育成にも力を入れている。一つは半期ごとの目標を設定する短期的な取り組み。もう一つは、これまでの経験や今後のキャリアを、5年、10年というスパンで考え、中長期的にフォローする取り組み。上司とのコミュニケーションを重視し、前期、後期それぞれ期初、期中、期末の3回、計年6回の面談を行っている。

人事部の南波忍氏は、「坂本はまさに同社の社風を体現しているタイプ。自分と他の社員を比較するのではなく、自分自身が成長を実感して、管理職を全うしている」という。現在、女性技術者は多いとはいえないが、坂本さんも語っていたように、女性ならではの観点や強みが生かせる仕事でもある。「女性技術者も増やしていきたいし、当社の良さを生かしながら、管理職を目指してもらい、多様な管理職によってイノベーションが生まれることを目指したい」と南波氏。医師や科学者に指示される製品の背景には、それぞれの人がのびのびと力を発揮できる雰囲気や、人を大事にする会社の考えがある。

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