エンジ二アの原動力は「つくりたい」という強い想い。挑戦から始まる新製品開発と新たなキャリア――カシオ計算機 黒澤諭氏 堀内雄史氏

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平面上に凹凸が表現される“2.5D”。カシオ計算機の「2.5Dプリントシステム・モフレル」は、独自に開発した熱に反応して膨らむ「デジタルシート」を用いて、A4サイズ1枚を約5分で2.5Dに、かつカラープリントにできるシステムだ。

今、出力物に触れていただけないのが残念だが、例えばユニットバスの床材、自動車のシート、レンガやタイル、木材や皮、布、畳など、本物かと見紛うばかりの出来栄えにデジタルシートを変えてくれる。金型レスで、データの修正だけで試行錯誤ができ、表面材の試作時間が大幅に短縮できることから、現在、自動車、建材、アパレルを中心に導入が進んでいるという。

モフレルで出力したサンプル。見た目はもちろん、質感も再現されている

モフレルは、インクジェットプリンタと、膨らませて凹凸を作るフォーマーとが一体となっている。まず専用のアプリケーションで、グレースケールのデータを作成し、モフレルのプリンタでデジタルシートにプリントすると、カーボン分子の濃淡で印刷される。そのデジタルシートをフォーマーに通して電磁波を照射することで、カーボンの分子量の多いところ=色が濃いところほど高く膨らむ(バンプ)仕組みだ。そしてバンプしたシートをもう1度プリンタに戻して、カラープリントするという手順になる。タッチパネルに手順が表示されるため、操作も難しくない。

モフレルの土台にあるのは、カシオ計算機が開発した凹凸の高さの制御やきれいな発色でカラープリントできる技術。カシオ計算機では、2013年から2.5Dの絵画を「カシオアート」として販売していたこともある。2015年ごろからは2.5Dの成果物だけでなく、技術やツールも含めたビジネスとして、視覚障害者の方も健常者も使えるインクルーシブな「触図」作成という用途を提案し始めた。2016年に出展した展示会で、自動車メーカーの方から「試作に使えそう」と言われたことにヒントを得て、現在は「プリントアウトするデザイン試作」と打ち出している。

プリンタとフォーマーが一体となっているモフレル。右側にあるタッチパネルで操作する

A4サイズだと5分ほどでプリント可能。凹凸の高さや色の濃淡を細部まで表現できる

データを作成するアプリケーション「モフレルサーフェイサー」を開発している八王子技術センター 2.5D事業部 技術開発部 部長の黒澤諭氏、表現力の肝となる「デジタルシート」の開発をしている同第一開発室 リーダーの堀内雄史氏に、これまでのキャリアやエンジニアに対する考えを聞いた。

非常に稀なキャリアを持つ黒澤さん。だからこその視点もあるのかもしれない

今の仕事はもともと専門外だった

――なぜエンジニアになり、今の仕事に就いたのか、それぞれお聞かせください。

[黒澤さん]私はもともと文系で大学の専門はマーケティングでした。でもプログラミングは中学生のころから好きで、授業中にもノートにプログラムを書いていましたね。また映画、特にスター・ウォーズが好きで、VFXに興味がありました。

社会人のスタートは映画の仕事で、その後プロダクションに移ってCMの企画などをしました。そのころ「トイ・ストーリー」を観て「これからはCGだ」と感じ、そこからCGを始めました。映画やCGの現場でもプログラミングのスキルは必要でしたし、コンテンツ管理用のソフトウェアなども作っていました。

カシオとの関わりはCGによるビジュアライゼーション(視覚化)の研究プロジェクトに参加したことからです。その後カシオエンタテイメントという子会社の起ち上げに参画し、VFXのプロデュースをしたりしているうちに、メーカーにおけるビジュアライゼーションの重要性が分かってきました。

カシオエンタテイメントのクローズに伴って、カシオ本社の社員となり、カシオがもともと持っているデジタル加工技術を事業化するプロジェクトに参画しながら、徐々にデジタルアートの方に移り、今に至っています。

[堀内さん]学生時代は電気工学専攻でした。趣味が音楽だったので、楽器を作っているメーカーで仕事をしたいと思い、カシオに入社しました。私も含めて楽器部門の希望者は多く、私はポケットテレビの品質保証に配属され、関越道を車で北上しながら、電波やノイズの状況を評価したりしました。

その後デジカメのQV-10が大ヒットし、デジカメ部門の拡大に伴って私もデジカメの品質保証に異動になりました。しかし「評価ではなく回路設計をしたい」という思いは強く、当時の設計・開発部門の責任者に直訴して、デジカメの回路設計に移らせてもらいました。

念願の設計業務を何年かしていましたが、熱を加えると膨らむ熱発泡シートの活用法を開発するプロジェクトで回路設計エンジニアの募集をしていたので、プロジェクトに加わることにしました。これが2.5Dプリントとの関わりのスタートです。

当初は、シートを膨らませるフォーマーの試作品を使って、市販の点字用の熱発泡シートに凹凸を作るさまざまな実験をしました。しかしそもそも点字用のシートなので、微妙な質感を表現することはできず、熱発泡シート自体の開発が必要ということになり、それ以降は、化学系の知識が必要であるシートの開発に携わっています。

どんな経験も無駄にはならない

――お二人とも、学生時代の専門とは異なる分野で仕事をしておられますね。そのことについてはどうお考えですか。

[黒澤さん]最初からエンジニアを目指してやり続ける強みは絶対にあると思います。一方で、スティーブ・ジョブズが言っていたように「まわり道には意味がある。今やっていることが失敗しても、後につながる」というのもその通りだと思っています。

私はここに来るまでまわり道をしてきましたが、マーケティングの勉強も、映画やCGの経験も無駄になっていませんし、形を変えて生かせていると思います。

[堀内さん]化学系のことはまったく分からず、いろいろな方に教えていただきながらのスタートでしたし、当初は培ってきた電気工学や回路設計のスキルが生かせないというジレンマも感じていました。

ただやっていることはとても新鮮で興味深く、いつしか自分が回路設計者だということを忘れてしまいました。今はすっかりデジタルシートの開発が本業ですね。

回路設計のスキルそのものが生かせるわけではありませんが、エンジニアとしての考え方や構築の仕方など、根本的な部分では生かせていると思います。

「化学系は素人だった」という堀内さん。今や2.5Dの今後を担う存在になっている

――どんなところにやりがいを感じているのですか。

[堀内さん]設計は、商品の企画や仕様をもとに作りますが、今の開発の仕事は自由な発想でチャレンジすることができます。

特に、モフレルの表現力や活用の幅を広げるには、デジタルシートの性能が鍵になるので、とてもやりがいがある仕事ですね。

[黒澤さん]私はもともとプロダクションなどで、誰かが企画したものを実現する仕事をしていたので、メーカーに対して憧れを抱いていました。今は自分たちで考えたことを形にして市場に出せる、しかも今までなかったものを提案できる。そこにエンジニアとして存在できるのは、大きなやりがいです。

印象に残っているのはチャレンジ

――特に印象に残っていることは。

[堀内さん]デジタルシートの開発を始めたのは2015年の8月ごろからで、1年半の間に12~13の試作品を作りました。

しかし予期していなかったこともいろいろと起こり、お金も時間もかけているのになかなかできない。とにかくシートができなければ、先に進まない。プレッシャーもかかっていましたし、あのころは泣きたくなるような気持ちでやっていました。

苦労したのはマイクロフィルムです。カーボン印刷の上にカラーを乗せると発色が悪くなってしまうので、バンプ後にカーボンが印刷されたフィルムをはがしてからカラープリントします。

この薄いマイクロフィルムは、カーボンプリント時にははがれてはいけないし、カラープリントのときははがせなければいけない、かつバンプに追従しなければいけない。ちょうどいい接着の範囲がすごく狭いので、とても苦労しました。

それを経て、ここまで繊細な表現ができるようになったのですから、感無量ですね。

黒澤さんのプログラミングの原点は、ノートに書いていた機械語

[黒澤さん]私はモフレルになる前の0号機、1号機の設計やソフトを作ったことですね。当時は事業推進の役割でエンジニアではなかったのですが、どれだけ大変なことか理解せずに、引き受けてしまいました。

1カ月間で、とにかく形にして指針を作らなければいけない。「無骨でもいいから動くものを作ることが重要だ」と言われ、周りの人にも助けられながら、プリンタとフォーマーを組み合わせたり、年賀状のソフトをベースにソフトを作ったりして、なんとかやり遂げた。とても印象に残っています。

目標を設定する、「作りたい」気持ちで牽引することが大切

――チャレンジングな経験をお持ちですね。ではエンジニアに大切なことは何だと思いますか。

[堀内さん]当たり前のことかしれませんが、目指すもの、目標を設定することが大切だと思っています。

大きな目標は、モフレルが売れて、事業が拡大していくことですが、この製品が将来的にどうなっていくのかを想像しながら、自分の中でもビジョンを持って取り組まないと、将来の方向からズレてしまいます。

今、私が目指しているのは、試作用途だけではなく、出力したもので最終製品が作られ、広く普及すること。状況に応じて目標を修正しながら、しっかり目指す方向を見定めてやっていくことが大切だと思います。

[黒澤さん]その通りだと思いますね。

エンジニアは「エンジン+er」であり、エンジンとは原動力です。当社の創業者は「発明は必要の母」と言っていますが、世の中が求めている物を作るのではなく「こんなものを作りたい」という人間の根源にある欲望みたいなものがエンジンで、それが牽引する。つまりエンジニアが進化や発展を引っ張るべきだと思っています。

そういうエンジニアであってほしいし、職人や匠の文化が根付く日本はそれが得意なはず。まず自分がかなえたい何かをエンジンにすることが大事なのではないかと思います。

またエンジニアに限ったことではないかもしれませんが、最初から「できない」と線を引いてはいけないような気がします。矛盾するようですが、本当にできないことはきちんと言わなければいけませんけれどね。

局面に貼り付けられる伸縮性のあるデジタルシートの完成が、1つのブレイクスルーになった

[堀内さん]多面的に見られることも重要ですね。同じ仕事を続けていると、視野が狭くなりがちですが、優れたエンジニアは1つの現象をいろいろな方向から見ることができます。難しいことですが、普段から意識していることが大事ですね。

今の開発も先行事例がない新しい技術なので、日々もがいていますが、こういう時に一方向からしか見られないと物事の本質を見失ってしまうので、気をつけています。

――今、どんな将来像を描いていますか。

[堀内さん]モフレルを日本だけでなく、世界に広げていきたいです。私自身も世界に行って、いろいろな人と接点を持ち、新しいビジネスの中で何かしていきたいと思っています。

[黒澤さん]もともと点字をプリントする技術からスタートし、今はデザイナーの方をターゲットにしていますが、ビジネスとして確立できたら、また視覚障害者の方々に還元したいと思っています。

さらにその先には、子どもたちがぬいぐるみを抱きしめて笑顔になるように、2.5Dの力で笑顔にしたい。それができたら素晴らしいと思いますし、実現できることがエンジニアの醍醐味だと思います。

質感をプリントするという新しい世界は、開発者にも夢を与えている

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