会社より個人・チームがフォーカスされる時代へ。創業したCerevoを離れ、大きなパナソニックの変革に挑む――Shiftall 岩佐琢磨氏

「グローバル・ニッチ」というアプローチでユニークな製品を開発しているCerevo(セレボ)。同社は2018年4月、子会社Shiftall(シフトール)を設立し、その全株式をパナソニックに売却した。

Cerevoの創業者で、現在はShiftallの代表取締役CEOである岩佐琢磨氏は、Cerevo起業前はパナソニックの社員。今また、26名の仲間と共にパナソニックとの共同プロジェクトや、Shiftall独自の商品開発に奔走している。

岩佐氏のキャリアや決断の背景、エンジニアやチームに対する考えを語っていただいた。(執筆:杉本恭子、撮影:水戸秀一)

――大学、大学院と情報理工学部に在籍しておられましたね。なぜ情報系の専攻に進まれたのですか。

子どものころからパソコンが大好きだったことが原点ですね。徐々にパソコンによるネットワークに興味がわき、中学3年生ごろからはパソコン通信、高校2年生からインターネットをやっていました。

中学時代は「軍用機のパイロットになりたい」とも思っていたのですが、私は視力が悪いので断念しました。高校時代は航空宇宙分野のテクノロジーや開発にも興味がありましたが、同時にインターネットにも非常に興味を持っていました。環境が整備されるにつれてインターネットに軸足を置くようになり、大学は情報系の学部を選びました。

航空宇宙分野に進まなかったのは大学が少なくて難しいから――という理由も半分くらいはあったらしい

――大学時代は、Webサイト制作などのアルバイトもしていたそうですね。

はい。インターネットビジネスに興味がありました。ただ、この時点では起業することはまったく考えていませんでした。

以前から趣味でコードを書いていましたし、ソフトウェアプログラマーとして仕事もしていました。けれど大学4年生のころに、「自分はソフトウェアを作ることには向いていない」と気づきました。圧倒的にセンスがない。このことに早く気づけたのはよかったと思います。

一方で、ソフトウェアを作る人たちの工程管理をするといったプロジェクトマネジメントのような仕事は向いていることが分かりました。しかも、やっていておもしろい。将来どんな仕事に就くか分かりませんでしたが、エンジニアリングそのものではなく、エンジニアリングの知見をしっかり持ちつつプロジェクトを進めていくプロジェクトマネージャー(PM)のような仕事か、テクノロジー関係の商品企画のような仕事が向いているのではないか――。漠然と、そういう仕事をやっていこうと決めました。

――PMや商品企画という役割に求められるスキルはどういったスキルでしょうか。まずコミュニケーションスキルと、全体を俯瞰して組み立てるスキルですね。

私は、ベンチャー企業を手伝うという形で大学時代からPMを経験させてもらっていましたが、対外的なコミュニケーションはとても大事だと感じました。

エンジニアがいくら話しても通じないときに、私が同席して、ソフトウェアサイドの実装手法やリスクなどを把握した上で話をすると、プロジェクトが上手く前に進む。そういう立ち位置の仕事では、実力を発揮できているような感じがしていました。

あと近視眼的にならないということも重要です。凝り固まっていない視点は、PMや商品企画には大事だと思います。

「したい仕事ができるなら」とパナソニックへ

――大学院を修了後、パナソニックに就職されました。その経緯を聞かせていただけますか。

私は、大学院を出たら「インターネット✕ハードウェア」の仕事をすると決めていました。

当時は、まず現場で開発の下積みをしてから、どこかに配属されるという流れがほとんどでした。私はそれは絶対にイヤでした。サーバサイドやフロントエンドのソフトウェアを作ってきたし、PMの仕事もしてきた。特に当時は社内で分かる人が少なかったインターネットの最新技術も分かる。「インターネット✕ハードウェア」という仕事以外するつもりがなかったので「内定時点で自分のやりたいことができると確約してくれるなら入社する」と、人事の方に伝えました。

結果、その人事の方は確約を取り付けてくれました。そこまで自分のために奔走してくれる人がいる会社だからこそ、かけてみようかなという気持ちになりました。

――その後のCerevoでのお仕事などから考えると、大企業であるパナソニックへの就職は意外だと感じました。当時は大企業をどのように見ていたのですか。

大企業は、一般消費者が気づいていないようなニッチな商品を開発して市場投入しています。むしろ「大企業だからできる」のだと思っていました。

今は、ベンチャー企業のエコシステムや、エンジェル投資家の存在も知っているので、ちょっと見方は違います。ですが、大学院生だった2001~2002年の当時の私はそんなことは知らなかったので、「大企業には資金も余力もあるから、普通はやらないようなこともできるのだ」と思っていました。そういった開発アプローチは、自分にも合っているとも考えていました。

ゼロからイチを作りたい

――では5年ほど勤めてから、辞められたのはなぜですか。

当時のパナソニックの状況と、私のやりたいことが合っていなかったからです。

私はゼロからイチを作るのが好きです。大企業ではニッチなこともしますが、既存ビジネスがうまく行っている中では「ゼロイチ」はほとんどやらない。当時は売上が非常に伸びていた時期でもあり、そういう時代には特にゼロイチは難しかったのだと思います。

そのころ、私はDVDレコーダーの開発をしていて、スマートフォンから遠隔で録画予約ができるシステムの立ち上げに携わりました。同時に、他社のDVDレコーダーがインターネット連携機能に注力しているのを見て、「パナソニックも、もっとアグレッシブにチャレンジしなくてはいけない」とも感じていました。

何より、私自身がゼロイチの方が好きだったのですが、この時点ではまだ独立することは考えていませんでした。

――そんな状況から、Cerevoの立ち上げに踏み切ったきっかけは?

パナソニックで働きながら、家電業界の人がつづるブログを匿名でやっていました。そこでいろいろな情報を発信した結果、今で言うところのスタートアップコミュニティーの存在を知ったことがきっかけでした。

オフ会などにも行って、起業した人や、そこにジョインした人たちと接していると、すごく刺激になり、スタートアップがそれほど縁遠いものではなくなっていきました。

最終的に創業時のメンバーと出会ったことで、「スタートアップでやっていける」と思い、2008年にCerevoを立ち上げました。

まだブログが少なかった時代、家電業界の話題は読者から好評だった

Shiftallの設立、売却は「三方良しだった」

――2018年4月、Cerevoの子会社としてShiftallを設立され、岩佐さんは新会社の社長に就任、さらにその全株式をパナソニックに売却しました。なぜこのようなスキームになったのでしょう。

Cerevoは新しいことをしていくために、当時、資金調達活動をしており、その一環でパナソニックにも相談しました。一方、パナソニックは2017年4月にビジネスイノベーション本部を設置し、デジタル時代に即した新たな商品開発を実践しているところでした。われわれは資金が必要で、パナソニックが必要としているノウハウは、われわれが提供できる。いろいろと議論していく中で、単にパナソニックがCerevoに資金提供するのではなく、今回のようなスキームにしようという結論にたどり着いたのです。

――創業10周年を迎えるCerevoの決断に、社内外を問わず驚いた人は多かったと思います。岩佐さんとしては、どのようにお考えですか。

Cerevoから移る直前の2~3月ごろは、不安と期待が入り混じったような心境でした。Shiftallに移った後の心境は大きく違い、個人的には“三方良し”だったのではないかと思っています。

Cerevoは、一部を切り出した子会社をパナソニックに売却したので、その対価によって資金を得ることができて、新しいことを始められます。またパナソニックは、Cerevoの製品が欲しいわけではないので、Cerevo全体を買収することには意味がありませんでした。それが今回のスキームによって、必要としているノウハウを、それを実践できるチームごと手に入れることができました。

社員がCerevoに残るか、Shiftallに移るかは、社員全員と面談をして本人の意志を確認しながら最終的には私が決めていきました。移ったわれわれも楽しみながら仕事をしています。

――Cerevoの創業代表であった岩佐さんご自身が、Cerevoから去ることについては。

自分が立ち上げたブランドを失うことになりますから、「個人としても、またチームとしても、すごくいろいろなものを失うのではないか」と不安でした。

でもやってみたら、チームや個人に多くのものが紐付いている。「仕事とか評判みたいなものは、会社やブランドに紐付く時代から、チームや個人に紐付く時代に変わってきている」とすごく感じています。これからの世の中は、その方向に行くのだと思います。

アイデンティティーやレピュテーションがチームや個人に紐付いて、それが移動する時代

チームで移動する時代になれば「企業と働く人の健全な綱引きになると思う」

――「チームや個人に紐付いている」ということについて、もう少し詳しく聞かせてください。

「アイデンティティー」と「レピュテーション」と言ったらいいかもしれませんが、その人、あるいはそのチームが持っている何か、紐付いている何かの方が、会社やブランドより重視される世の中になってきているということです。

例えば、「○○会社なら仕事を任せられる」と言われてきたことが、「この人なら任せられる」、「このチームなら任せられる」になってきている。その「任せられる」と思わせる「何か」が、会社ではなくチームや個人に紐付いているのです。

今回のスキームで特に面白いと思うのは、「岩佐さんのチームに頼みたい」と求められた点です。たくさんの人が働いている建築・自動車・家電・ケミカルなどの業界は、個人で商品を完成させることは難しいですが、チームならできます。

アメリカでは、基幹人材が企業を移るときには、その人が手腕を発揮できるチームごと移るということが増えています。これから日本でも、転職のトレンドになるのではないかと思っているので、成功事例となるようにがんばろうと思っています。

――そういう時代の流れになっていくとしたら、チームの一員であるエンジニアに必要なことは何だと思いますか。

私は、「徹底的に情報をアウトプットして、仲間の役に立てる人であること」だと思います。

昔は、「情報を囲い込むことで自分の居場所が生まれる」と考える時代もあったと思います。しかし今は、チームごと会社を移っていく時代で、自分だけ置いていかれる可能性があるのです。「自分はチームに対してこれだけ貢献できる」ということを明確に示さなければならないし、そのチームを構成するすべての人から「一緒に仕事をしたい」と思われるのは、徹底的に情報を共有していく人だと思います。言葉だけが手段ではないので、ソースコードでもドキュメントでもどんな形でもいいから、みんなに役立つ形に変換してアウトプットするのです。

意外と苦手な人は多いと思いますが、エンジニアに限らず、仕事をするすべての人に共通して必要なことだと思います。

――今回、「岩佐さんチーム」としてパナソニックにジョインしたわけですが、今後どのようなことに取り組んでいきたいですか。

「大企業を大きく変える」という非常に面白いタイミングで呼んでいただいたので、パナソニックグループの一員として、変革に貢献したいですね。

具体的には、数年後、われわれの協力によってパナソニックの新規事業の部隊が、より速く、よりアグレッシブなゼロイチに近い商品を、Shiftallより安く早く簡単に市場投入していけるようにすることが、短期的な目標だと思っています。非常に難しい目標ですが、そこに近づけたいですね。

またShiftallとしても、結構なリソースを割いて独自のブランドの商品を作っていきます。これまで誰も見たことがないような視点で、まさにゼロイチのハードウェアとソフトウェアが結び付いた商品を作っていく。これをライフワークとしてやっていきたいと思います。

今一番興味を持っているのは、人間のクロックアップ。「時間を濃密にできれば擬似的に寿命を延ばせる」

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