ロボット犬のソフトウェア開発者が起業。積み上げた技術と経験を活かし、エンジニアを目指すきっかけとなった福祉機器開発への挑戦――マリス creative design 和田康宏氏

2018年6月に福祉機器の企画や開発等を行うマリス creative designを創業した和田康宏氏。「福祉機器を作る」ことに照準を合わせ、日立やソニーといった大手企業で仕事をしながら技術や経験を積み上げてきた。「良くも悪くも頑固」という和田氏に、これまでのキャリアや仕事をするうえで大事にしていることを聞いた。(執筆:杉本恭子、撮影:水戸秀一)

――ものづくりを仕事にしようと思ったのはいつごろですか。

小さい頃からプラモデルを作ったり、当時流行ったミニ四駆に没頭して大会にも出たりして、ものを作ることが好きでしたので、中学生になる頃には、何となくものづくりにかかわる仕事がしたいと考えるようになっていました。

――福祉機器というものを意識するようになったきっかけは。

私が3歳のときに、母の下半身が不自由になってしまったことがきっかけです。福祉機器にベクトルが合ったのは、九州工業大学大学院に進学したときでした。今でも非常に珍しいですが、福祉機器を専門に研究する「人間機能代行システム研究室」があることを知り、ここに進むべきだと思いました。貴重な出会いだったと思います。

大学院を修了する時点では、「機器」として組み上げて製品化するには、まだ技術的な実践経験が不足していると感じました。その時は具体的に何が足りないのかわかりませんでしたが、10年間は最先端の技術を得られる企業で仕事をしようと思い、就職しました。

自分から動かなければ変わらない

辛い状況を乗り切るには「信念を持ってやること。1人でも理解者がいてくれること」

――エンジ二アのキャリアをスタートした時の仕事は何でしたか。

光ディスクの開発で、私の担当はファームウェア(FW)の設計でした。当初は回路設計をやりたかったのですが、FW設計をしているうちに、振る舞いを決めるFWはマイコン制御のキモだということがわかってきました。今考えると、あの時FW設計に進めたことは、とてもよかったと思います。

1年目の後半には、レーザードライバというチップを別のメーカーのものに置き換える仕事を任されました。とにかく仕様書を読み、なんとかやり遂げたことは良い経験になりました。それがきっかけで、光ディスク開発の花形だった、書込品質を保つための高精度なWrite制御も担当させてもらいました。

入社当初はCDとDVDを担当していましたが、途中からBlu-ray Disc(BD)の開発にも携わりました。BDの開発に移ったきっかけは、当時BDは社内の研究所が開発していて、研究所の方が私に声をかけてくれたことです。チップの置き換えをやり遂げたことや、仕事に向かう姿勢などを見てくれていたのかなと思います。

――その後ソニーに転職されましたが、きっかけは。

自分の目標に向かって、コンシューマ製品の量産を経験したかったからです。それを後押しする結果になったのは、BDの開発に引き入れてくれた研究所の方との出会いでした。

寡黙に1つの技術に集中するエンジニアが多いなかで、その方は全体を見て、気付いたことは自分から声を上げて変えていく人でした。出る杭は打たれたり、変わり者と言われたりすることが多いのですが、それでもめげずにやっていく。そういった姿勢を見て、目指すものがあるなら自分から動かなければダメ、待っていても何も変わらないと思いました。

製品分野が違っても基礎となる技術は同じ

企画から量産まで、またPM(プロジェクトマネジメント)も経験した和田さん。「都度一生懸命だったが、キャリアとして恵まれていると思う」

――ソニーではどのような経験をしましたか。

最初は今までやってきた光ディスクの制御でしたが、その後数カ月でプロジェクトが解散になり、まったく経験のない一眼レフカメラのFW開発をすることになりました。入社したばかりで知らない土地で経験のない製品を担当することになり、不安でした。でも要素技術という意味では同じですし、あとは開発の仕方などを押さえていれば、どの分野でも仕事ができるということに気付きました。

また、自分から声を上げて変えていくことを実践する場にもなりました。当時ソニーはコニカミノルタから一眼レフカメラ事業を引き継いだばかりでした。そのまま引き継ぐだけではなく、これから事業を成長させていくために新しいことを取り入れなければならない。そのためには、どのようにすれば納得してもらえるかなどを相当考えました。大変なことも多かったですが、これも重要な経験だったと思います。

――ソニーではプロジェクトマネジメントも経験されましたね。

一眼レフ開発に携わってしばらくして、交換式カメラのレンズ側のマイコン、システムを置き換える1年半のプロジェクトで、次世代システムのためのソフトアーキテクチャ設計を35名のメンバーを率いて行いました。既存のアーキテクチャを根本から変えなければならず、それまでの技術にかかわってきた人たちからの抵抗が想像以上に強くて苦労しました。

マネジメントでは、立ち上げ時期は一人ひとりに「何時まで何をするか」を細かく指示しました。メンバーも大変だったと思いますが、1時間でも惜しい状況だったので、進捗を細かく管理する必要がありました。

いくつかのチームに分けてプロジェクトを進行していましたが、プロジェクトの後半では、なるべく縦割りにならないように気を付けました。Aチームが間に合っていなければBチームから人を補うなど、人員がなるべくシームレスになるようにしました。

――その間、別のプロジェクトも兼務されたとか。

スマートロックやプロジェクタのシステム、4足歩行ロボットのサーボマイコンの制御です。4足歩行ロボットでは、足回りのシステム設計を行い、制御全般を担当し、チーム運営をしながら製品化まで行いました。

――ロボットも新たな分野ですね。

ロボットもマイコン制御、モーター制御という要素技術は一緒ですから、要求仕様があれば今まで培ってきた技術で対応できます。そのためには、たとえば足にはどういう要求仕様があるか、量産するための要求は何か、メンテナンスの要求は何かというように、どれだけ要求仕様に分解できるかが重要で、それができればどの分野でも開発できます。

10年後にどうなりたいかを描く

社名の「maris」はラテン語で海という意味で、「障害者の方が広い世界に出ていけるように」

――2018年6月にマリス creative designを創業されました。

2015年くらいから起業を意識していましたが、具体的に考えたのは2017年の暮れ頃からです。開発から製品化までの一連のことに携わり、技術的な実務経験やプロジェクトマネジメントとしての経験を積み、携わってきたプロジェクトも目処が立ったので会社を立ち上げることにしました。

――マリスcreative designの事業内容は。

福祉機器の企画や開発、設計をメインに、これまでの経験を活かせるシステム設計アドバイザー事業、また将来的に自社製品の販路ともなる福祉機器貸与事業を行っています。

福祉機器の開発は、九州工業大学 人間機能代行システム研究室との共同開発です。作りたいものはたくさんあるのですが、まず視覚障害者向けの歩行補助装置を手がけています。母のこともあるので下肢関係の装置を作りたいのですが、まず事業を軌道に乗せなければならないので、市場性が見込めて、これまで培った技術を活かせるものから作ることにしました。

私自身は今のところ経営者としての仕事が中心ですが、最近は少し落ち着いてきたので、FW開発の方も始められそうです。

――福祉機器を開発するうえで大事にしていることは何ですか。

障害者だけでなく、健常者にも適用できるようにすることです。この考えは私が大学生の頃、福祉機器を作りたいと思ったときから変わっていません。製品や技術ありきで、それを障害者ニーズに合わせようとすると、コストが大幅に増大してしまうため断念することが多いです。

ニーズに合致させるには、技術から入るのではなく、障害者ニーズから企画、設計を行い、障害者の声や実験結果をフィードバックしながら開発を進める。そうして開発した障害者機器を、機能拡張や能力拡張といった健常者も使える機器として販売することでコストを下げる。この考えでやっていこうと思っています。

――今後の開発の目標を聞かせてください。

まず11月に展示会の機会があるので、そこに向けてデモ機を作るのが最初の目標です。2年後に視覚障害者向けに発売することを目指し、その1年半後ぐらいを目処に健常者向け、聴覚障害者向けに展開したいと思っています。もう1ステップを5年後ぐらいに設定していまして、そこから機器を増やしていきたいと考えています。

――和田さんの経験を踏まえて、エンジニアにアドバイスをお願いします。

自分が10年後にどうなりたいかを思い描いて過ごすのが大切です。難しいかもしれませんが、目標が決まっていないと行き当たりばったりになってしまいます。なりたい姿が描けていれば、指示されたことをやる時も、隙間の時間を過ごす時も、どのように行動すればよいのか、自ずと見えてくるはずです。

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株式会社マリス creative design

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