量子効果を利用した世界で一番薄いレンズ――厚さは原子3個分、拡張現実向けスマートグラスへの応用に期待

Image by Ludovica Guarneri and Thomas Bauer.

オランダのアムステルダム大学は2024年5月29日、米スタンフォード大学と共同で、量子効果を利用し、原子わずか3個分の厚さという平らなレンズを開発したと発表した。

通常のレンズは、レンズを通過する光を曲げたり1点に集めたりするような効果を得るため、湾曲した形状になっている。曲面ガラスのレンズが機能するのは、光がガラスに入るときに屈折し、ガラスから出るときに再び屈折するからだ。このような現象を利用して、対象物を実際よりも大きく、あるいは、実際より近くにあるように見せることができる。人類は2000年以上にわたり、遠くの惑星や恒星の動きの研究や、微生物の発見、人間の視力向上などに曲面レンズを使用してきた。

今回の研究では、従来の概念とは異なる平らなレンズが開発された。二硫化タングステン(WS2)という材料の単層で作られており、幅は0.5mmで厚さはわずか0.6nm(ナノメートル)の地球上で最も薄いレンズとなる。

このレンズは、WS2で作られた複数の同心円状リングとそのリング間の隙間で構成されている。このタイプのレンズは「フレネルゾーンプレートレンズ」と呼ばれ、屈折ではなく回折を利用して集光する。レンズの焦点距離は、リングの大きさとリング間の距離によって決まる。研究で使用されている設計では、レンズから1mmの距離に赤色光を集光する。

このレンズの特徴は、その集光効率がWS2内の量子効果に依存するという点だ。まず、WS2が光を吸収すると、エネルギーを手に入れた電子のエネルギー準位は上の状態に遷移する。すると、この材料は超薄膜構造のため、負電荷を帯びた電子と、電子が原子格子から移動した際に元の位置に残る正電荷を帯びた正孔は、両者間の静電引力によって結合しており、励起子を形成する。この励起子は、電子と正孔が合体して光を放出するとすぐに消滅するのだが、このときに再放出される光がレンズの効率に寄与する。このような量子効果により、WS2は特定の波長の光を効率的に吸収し再放出できる。

研究チームは、励起子によって放出される特定の波長の光について、レンズ効率の明確なピークを観測した。この効果は室温で既に観測されているが、励起子は低温環境下のほうがより顕著に機能するため、レンズを冷却すると効率はさらに向上する。

このレンズのもう1つの特徴は、大抵の光はレンズの影響を受けずに通過するが、通過する光の一部は明るい焦点を作るという点だ。この特徴は拡張現実(AR)用の眼鏡型ウェアラブルデバイスに活用できるという。

励起子は物質中の電荷密度に非常に敏感であるため、電圧をかけると物質の屈折率を変えることができる。研究チームは、より複雑で多機能な光学コーティングの設計とテストに取り組んでおり、集光などの機能を電気的に調整することを目指している。

この研究は2024年4月5日付で『Nano Letters』に掲載された。

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