物質・材料研究機構(NIMS)は2021年10月11日、ヒトの目の同様に、明暗の境界が強調される錯視を模倣する人工視覚イオニクス素子を開発したと発表した。
近年、人工知能システムの開発において、ヒトの知覚原理に基づくセンサーやアナログ情報処理システムの研究が注目を集めている。しかし、それらのシステムではソフトウェアによる高度なプログラミング処理や、専用の処理モジュールなどの複雑な回路構成が必要で、サイズや消費電力も大きくなるという課題があった。
今回の研究では、ヒトの網膜の神経細胞を模した人工視覚イオニクス素子を開発した。本素子は、リチウムイオンを輸送することができるリチウム酸窒化物とよばれる固体電解質上に電子とリチウムイオンを輸送することが可能なコバルト酸リチウムと呼ばれる混合伝導体チャネルを並列させた構造をしている。チャネルの両側は白金電極に接続されており、一方の電極に電圧パルスを印加し、反対側の電極で電流を測定する。
本素子は、「ヒトの目における光受容体からの電気信号」に相当する「入力パルス電圧」によって、「ヒトの水平細胞」に相当する「固体電解質」中のイオンがチャネル間を移動。次に、「ヒトの双極細胞の応答」に相当する「出力チャネルの電流」が変化する。
この素子に画像信号を入力すると、明暗の度合いが異なる境界部分が強調された出力画像が得られた。これは、人間の視覚が色や形の境界線を強調して感じ取る機能(側抑制)を、ソフトウェアを用いずに素子の特性だけで再現したことになる。
ヒトの目は明暗の他にも傾きや大きさ、色、動きなどに対するさまざまな錯視があり、物体の識別において重要な役割を果たしていると考えられている。今後、素子の集積化や受光回路などとの統合を進めることで、さらにヒトの網膜に近い機能を持った視覚センシングシステムの開発を目指す。
さらに、側抑制は視覚以外のすべての感覚系神経細胞で起こる現象であるため、今回開発したイオニクス素子を聴覚や触覚、嗅覚などのセンシングシステムへ応用が可能だと考えられる。これらのシステムを組み合わせて、より人間の脳に近い情報処理を行うハードウェア型のAIシステム開発へ進展させることを目指す。