新型コロナ後遺症からの救済――人工鼻で嗅覚を再生する研究

DEAUDREA 'SHA' AGUADO

バージニア・コモンウェルス大学(VCU)の嗅覚・味覚障害センターでは、人工鼻の開発に取り組んでいる。Richard Costanzo博士は1980年代に同センターを設立したメンバーのひとりで、長年ハードウェアを用いた嗅覚の補綴を研究してきた。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の後遺症により嗅覚が失われる人が増えるなか、Costanzo博士らの研究は注目を集めている。

Costanzo博士らが開発中の人工鼻は、人工内耳にヒントを得たものだ。2011年にVCUの耳鼻咽喉科教授で人工内耳の専門家であるDaniel Coelho博士と会話する中で、「物理的に抽出した刺激を電気信号に変換して脳に伝送する」点で、嗅覚の補綴は人工内耳に似ていることに気づいたという。そして2人は本格的に人工鼻の開発に取り組みはじめ、2016年にはアメリカで嗅覚インプラントシステムの特許を取得している。

VCUの人工鼻のコンセプトは、人工鼻に備わった多数の匂いセンサー(e-nose)がそれぞれ対応する匂いを特異的に判断し、匂いを識別する脳の領域である嗅球に直接伝えるというもの。メガネに搭載したe-noseで匂いを検知して電気信号に変換する試作機を、研究チームはすでに完成させている。ここでは変換された電気信号はLEDの点灯として示されているが、最終的には脳に送られることになる。

ただし、嗅覚はすでに神経補綴が成功している聴覚と比べて、より複雑なメカニズムを持つ。匂い分子は鼻腔で受容体と結合して体内に取り込まれ、電気信号として神経を通じて脳に伝えられるが、人間には約400個の受容体が存在し、1兆種類もの匂いを識別できるという。

e-noseは、臭覚センサーとして産業界をはじめ幅広く利用されているが、多くの種類の匂いを識別できないため、人工鼻として利用するにはアレイ状に配置して数十種類以上の匂いに対応するセンサーの開発が必要だ。脳に電気信号を送る技術については、ラットを用いた実験で嗅球への刺激により脳内の神経細胞に活動パターン(匂いマップ)が生じることを明らかにしている。現在は、人間を対象とした試験を計画中だ。

嗅覚障害は、COVID-19のようなウイルス感染だけでなく、頭部外傷や毒物への暴露、ある種の疾患などによって引き起こされる。Costanzo博士は、この技術はすぐに実用化されるものではないが、希望は持ち続けて欲しいと述べている。現在、研究チームは感知できる匂いの種類を増やすこと、最適な脳とのインターフェースを見つけることに注力している。はじめから何百種類もの匂いを感じることはできないが、第一世代の人工鼻では、煙など安全に関する匂いや、パンや森林など心地よい匂いを感じることができるようにしたいと考えている。

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WITH THIS BIONIC NOSE, COVID SURVIVORS MAY SMELL THE ROSES AGAIN

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