築90年古民家を通じて地域社会とつながる——小規模ファブ施設が広がる理由

ここ数年、日本各地で小規模なファブ施設(メイカースペース)が増えつつあります。その多くは運営者の得意領域や地域の産業、課題を反映し、ものづくりを通じて地域に溶け込む運営を目指しているようです。

筆者は10年以上日本各地のファブ施設を取材していますが、ここ数年は個性的なファブ施設の充実を実感しています。一方でファブ施設の運営は決して簡単ではありません。むしろ継続するためには、かなりの知恵と工夫が必要です。

fabcross編集部や寄稿するライター陣の中には自身でファブ施設を運営する人もいます。筆者と一緒にファブ施設を取材する編集/ライターの淺野義弘さんもその1人。彼は2023年8月から「京島共同凸工所(きょうじまきょうどうとつこうじょ)」のラボ長として、東京都墨田区の京島エリアでファブ施設を運営しています。

工房を立ち上げるまで墨田区 京島エリアには全く縁の無かったという淺野さんが、なぜファブ施設を立ち上げたのか。本人に取材しました。

京島は新しい文化を生む古い街

フリーライターで、fabcross編集部に所属する淺野義弘さん。大学でデジタルファブリケーションに出合い、大学院/研究所勤務を経て独立。インタビューは京島共同凸工所で行った。

——淺野さんが京島共同凸工所をオープンしたのは2023年8月ですね。どういう経緯でここにファブ施設を作ったんですか?

2022年8月に「すみだ向島EXPO」という街ぐるみのアートイベントをライターとして取材した際に、初めて京島エリアに来ました。取材後もイベントの開催期間中に度々訪れるようになっていました。

というのも、この地域は古い建物が残る木造密集地域で、地域の人々がそれらを活用しながら新しい文化を生み出そうとしていることに魅力を感じていたんです。そうしていろいろな人と知り合った中で、京島にある空き家物件を転貸するビジネスを手掛けている後藤大輝さんとの出会いが大きかったと思います。

後藤さんは「地域の建物を活用し、人々が集まる場所を作る」という方針でアーティストやクリエイターが活動できる場を提供していて、ちょうどイベントで会場として使っていた場所をファブ施設にする計画を進めていました。人を介してデジタル工作機械を扱える僕に連絡があり、「工房運営に関わらないか」と誘われたんです。僕も「京島で何かやってみたい、住んでみたい」という気持ちがあったので二つ返事で引き受け、京島に引っ越すことを決めました。

京島エリアにある「キラキラ橘商店街」は東京の下町の雰囲気が楽しめる。

すみだ向島EXPOの期間中、毎日18時から始まる「夕刻のヴァイオリン弾き」。音楽家の小畑亮吾さんが長屋の2階から、ヴァイオリンの生演奏と歌を届けるパフォーマンスだ(写真提供:淺野義弘)。

2023年のすみだ向島EXPOでは、地域の子どもたちが京島共同凸工所でアクリルキーホルダーづくりを体験した(写真提供:淺野義弘)。

——コンセプトはどうやって決めたんですか?

僕に声がかかった時点では築90年の民家を改装して運営することと、場所の名前が決まっていて、一部の機材はすでに助成金を使って購入している段階でした。ただ、それ以外は何も決まっていませんでした。

墨田区は昔からの町工場がある一方で、浜野製作所の「Garage Sumida」のようなスタートアップ支援拠点もあって、都内でもものづくりに近いエリアではあるんですよね。なので、どのエリアまで自分たちがカバーするかは最初に話し合った記憶があります。

——秋葉原や渋谷だったら地域性を意識しなくてもいいかもしれないけど、この辺は都内でもちょっと奥まったところにある分、周辺の地域を意識しないことには生き残れないでしょうね。

そうですね。集客に力を入れて遠方から人が来ることは考えにくいので、はじめから京島周辺の人に対して何ができるかは考えていましたね。オープンしてからも、利用するのは地元の人が中心でした。

複業としてファブ施設を運営するメリット

京島共同凸工所は、週末限定で営業。3Dプリンターやレーザーカッター、金属用レーザーマーカー、カッティングマシンなどが利用できる。

——京島共同凸工所に、ファブ施設を取材するライターが運営しているという要素が反映されているポイントはありますか?

場所ができたことで過去に取材した企業の方が来てくれたり、この場所を使った企画や連載にもつながったりしていますね。ライターは取材してから執筆までは1人で完結する仕事なので、黙々と作業することの閉塞感は和らいだ気がします。

一方で運営してから初めて知ることもいろいろありました。例えば利用者の中にはデジタルツールや機材の操作に詳しくない人も多くて、「そもそも何から始めれば良いのか分からない」という声もよく聞きます。

僕自身は大学でも3Dプリンターを触っていたので、作れることが当たり前の世界にいました。しかし、一般の人は2Dのデータを作るにしてもIllustratorではなくて、スマホアプリでサクっと作ったり、あるいは完成済みの画像やイラストのデータだけを持っていたりするほうが圧倒的に多いんですよね。そういうデータをレーザーカッターや3Dプリンターで加工して、形にする需要の大きさにも気付かされました。

——ファブ施設を立ち上げた当初は、周辺にあるお店の看板づくりの依頼が増えるっていう話もよく聞きますよね。

自分が作ったものが街の中にあることで、納めた先のお店や場所に行きやすくなる利点はありますね。「作ったものが置かれている様子を見たくて来ました」っていう口実で、いろんなところに気軽に行けるようになって。結果的に、僕がこの街で暮らす上での入口のような役割を担ってくれている実感があります。

——引っ越したばかりの淺野さんとしては、工房が地域に対する名刺のような存在になっていたわけですね。立ち上げた当初は、京島共同凸工所のことはどういう風に宣伝していたんですか?

施設をオープンした当初は、すみだ向島EXPOの運営にも携わっているオーナーの人脈や、地域のイベントに参加して認知を少しずつ広げていきました。そのうちに作ったものを介して人づてに口コミが広がって、地域の色んなコミュニティに顔を出しやすい状況になっていきました。墨田区は週末になると、常にどこかの公園でイベントをやっているんです。そこでつながった人もかなり多いですね。

「すみだ向島EXPO 2023」の1カ月間を、淺野さんが日記にまとめた書籍「京島の十月」。表紙や背表紙の加工には工房のレーザーカッターや3Dプリンターを活用。印刷会社の提案を採用した、ネジで本を綴じたユニークな装丁だ。

——淺野さんに限らず、ここ数年小規模なファブ施設が増えていますよね。運営する側になってみて、どう思いますか?

3Dプリンターは3万円で買えちゃうし、レーザーカッターも30万円ぐらい出せば卓上サイズのモデルが買えるようになって、個人が自宅で作業環境を整えやすい状況になっていると思います。ただ、UVプリンターや大きな旋盤など、まだ個人では手が出しにくい機材もありますよね。そういう機材を使いたいっていう需要は未だにあると思います。

一方で以前むらさきさんが「おすそ分け型マイクロメイカースペース始めました」という記事を書いていたように、自分の活動を拡張したり機材を部分的に開放したりすることで、周囲を巻き込んで新しいことをしてみたいという意欲を持った人も一定数いると思います。機材の価格も10年前に比べたらかなり安価になっているので、場所さえあれば始めやすいし、複数の収入が確保できて収支もトントンで収まるのであれば、これほど楽しい趣味もないぞって思いますよ(笑)。

自分がその場所のヘビーユーザーであることを前提に、無理のない範囲で人を巻き込んでいくスタイルであれば続けやすいんじゃないかなと思いますね。

偶然の出会いを面白がる人には絶好の場所

——壁の一面に貼られている「京島の壁プロジェクト」も、その一環ですか。

そうですね。日本各地の壁の写真を集める活動をしている金田ゆりあさんとコラボレーションした企画です。

僕と金田さんは同じ大学で隣同士の研究室にいた間柄で、大学を出てからはSNS上でなんとなく活動は知っているぐらいの距離感でした。2023年のすみだ向島EXPOに金田さんが来たのをきっかけに、京島共同凸工所を使って一緒に京島の壁を撮影して回るイベントを企画しました。

壁一面に貼られた「京島の壁」プロジェクトの成果。

——京島への引っ越しと、工房があったからこそ実現したイベントだったんですね。ファブ施設という場を生かして偶然の出会いをどれだけ引き出せるかって、地域が持つポテンシャルや工房と運営者の引き出しの多さにも関わってくる気がします。

工房を構える場所や利用者によって、その場所で起きることは大きく変わると思います。このエリアはイベントがあれば近隣からやってくる人も多いうえ、すみだ向島EXPOは1カ月も開催期間があるので、期間中はいろんな場所から来た人がここに立ち寄ってくれるんですね。

最近も面白い出会いがありました。2024年のすみだ向島EXPOの期間中に、米粉で路上に絵を描くインドの伝統芸術「コーラム」を、工房の前に描いてくれた人がいたんです。その絵柄がすごくかっこよかったので、すぐにデータにして3Dプリンターで造形したらとても喜ばれました。

話を聞くと、コーラムを描くワークショップの参加者から「お土産として持ち帰れるものが欲しい」という要望が多かったそうなんです。見本で用意したデザインや、参加者が描いたコーラムを立体化できれば、そのニーズに応えられるだろうと直感したとか。

京島に訪れた人たちとの出会いから生まれた作品たち。

そこからすぐに話が進むことはないのですが、全然知らなかったコーラムという伝統芸術を知り、そこに自分のスキルがかけ合わさって喜ばれるというのは、ここに工房を構えていたからこそできたことだと思います。

——単純に機材を使うためにファブ施設を使う人もいるけど、たまたま来た人との交流で新しい世界をお互いに知ることも、運営する上での喜びかもしれないですね。

間口の広さはファブ施設ならではの特徴ですね。偶発的な出会いからスキルがかけ合わさって何かが生まれたときに、一番テンションが上がりますね。

——工房の中だけじゃなくて、周辺の人や地域も含めたコミュニティマネージャーとして運営者が活躍すると、その先に新しい出会いやビジネスが生まれる可能性がありますよね。

試運転を経て、次のステップへ

——これまでの話を聞いていると、着実に地域の一員としての立ち位置を確保できているように思います。今後はどういう運営を目指していますか?

実はここから数百メートル先にある商店街のテナントの中に移転する計画が進んでいます。詳細はこれから決めていくのですが、複数の事業者とシェアする形になるので、機械も僕だけでなく入居する人みんなで活用するかもしれません。

営業日を増やしたりスタッフも採用できたりするぐらいの収益を出して、長く京島エリアで運営できるようにしていきたいですね。

週末だけの営業を1年以上続けてきて分かったこともいろいろあるので、移転をきっかけにスペースをゼロから好きなように作り直せるという意味では良いタイミングだと思います。

——最後に自分もファブ施設を始めてみたいと思っている人に向けてアドバイスはありますか?

「3Dプリンターを見たことがない」「初めて動いているところを見ました」という人は未だにたくさんいますが、何も知らない人に対して「3Dプリンターが使えます」と言ったところで全く響かないんですよね。たまたま来た人に対して、「こういうことができる機械です」と説明して、そこで初めて「こういうものって作れますか?」という話に発展する順番なので、来てもらう動機を作ることが大事だと思います。

そういう意味でもオーナー自身で制作して、外にいる人たちに対してきちんとプレゼンテーションすることが必要ではないでしょうか。来る人も運営者がここにある機材で何を作っているか興味を持っているし、実際に作ったものを見せたほうが、いろいろな方向に話も発展します。

あと、一度始めちゃうと息継ぎする間が無いんですよね。途中で一旦休むと「この間にも家賃が発生している……」とかネガティブなことを考え始めるので、準備はよく考えて。ゆっくり始めてもいいと思います。工房の営業って難しい部分もありますけど、面白さが勝るというのが今の率直な気持ちです。

インタビューを終えて

淺野さんのように複業の一環でスタートしたり、低予算で無理のない経営を目指したりする施設は今後も増えていくでしょう。

大企業や行政が中心の大規模なファブ施設が、スタートアップ支援や新規事業創出に目を向けています。一方で、運営者や地域の特性に振り切った小規模ファブ施設は、運営者と利用者、地域の人たちとの交流が中心。そこから小さなビジネスやコミュニティが同時多発的に生まれているようです。

淺野さんのように複業の一環でスタートしたり、低予算で無理のない経営を目指したりする施設は今後も増えていくでしょう。

小さいからこそできること、生み出せるものがあることの意義を、今回の取材で改めて実感しました。

fabcrossより転載)

関連情報

築90年古民家を通じて地域社会とつながる——小規模ファブ施設が広がる理由(掲載元: fabcross)


ライタープロフィール
越智 岳人
編集者/ライター
2013年、メイテック在籍時にfabcrossの立ち上げに携わる。以降、編集者、ライターとしてハードウェア・スタートアップやMakerへの取材、広告企画などを担当。
2017年に独立。現在はテクノロジー分野の編集・執筆活動を中心としつつ、スタートアップとの協業や育成に関わる企業のコンサルティングにも携わる。
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