CES定点観測のすすめ−初出展のSUZUKIブースで見た技術開発アプローチ

京都産業大学 情報理工学部
准教授 安田 豊

CESは毎年一月にLas Vegasで開催される、おそらくは世界最大の技術見本市です(写真1)。そしてCESはその規模だけでなく先進的な技術であれば分野を問わず受け入れる幅の広さを特徴としています。また次代の技術トレンドを読み、積極的にピックアップして見せてくれるアレンジが的確で、筆者はその波を見るために2000年頃からほぼ毎年参加しています。

(写真1:改装途中のNorth Hall入り口。複数会場・複数ホールがある)

今年のCESはMedia Daysが1月5、6日、一般展示が1月7~10日でした。開始直後から多くのメディアで華々しいシーンが取り上げられ、多くの人がCESに注目したものと思います(写真2, 3.)

(写真2.:Hondaブースでの「Honda 0(ゼロ)」シリーズのプロトタイプ発表会)

(写真3:Sphereで行われたDelta CEOによるキーノート・スピーチ。発表者は写真左下のDELTAひな壇の中央に小さく写っている)

本記事では、今回初出展となったスズキ株式会社(以下「スズキ」)のブース展示がとても興味深いものだったので、それを軸にCESの雰囲気やスズキの技術開発アプローチなどを紹介します。

Applied EVとの共同開発

スズキブースで筆者が注目したのはApplied EVの自動運転車展示(写真4)です。

写真4.:Applied EVの展示車両。スクリーンにはJimnyのフレームが映っている

Applied EVは電動車向けの自動運転制御システムを開発するオーストラリア企業で、一般的な乗用車ではなく自動運転可能な電動台車を開発しています。さまざまな事業者がこの台車の上に、目的に特化した機材を載せて新しい事業展開を図る、そのプラットフォームとなるシステムを作っています。写真5のスクリーンに映っているのはデリバリー・ビジネス向けの提案ですね。

写真5.:B2Cデリバリー向け事例の映像とBroadbent氏

ところで写真5の中央で来場者に説明している紳士はApplied EVのCEOであるJulian Broadbent氏です。筆者にもとても丁寧に説明してくださいました(写真6)。

写真6.:筆者も自社製コントローラの説明をいただきました

今回の出展でスズキのブースにApplied EVがあるのは、スズキが製造している「ジムニー(インド製1500ccモデル)」のラダーフレームをApplied EVに提供しているからです。スズキは2022年に出資を始め、2023年に電動台車の共同開発を開始しています(*1)。

*1 “スズキ、豪州Applied EVと自動運転可能な電動台車の共同開発に合意”, 2023/3/30
https://www.suzuki.co.jp/release/d/2023/0330/index.html

ブースでは三年前からこのプロジェクトを率いてこられた、次世代技術開発部の前田元気氏がおられました。前田氏に開発経緯などをお聞きする中で、この台車開発は既に決まったビジネスがあったわけではなく、まずスズキが技術を得るための、つまり先行技術開発として始まったものだと伺いました。スズキほどの規模の日本企業(それも製造業)が今、こうしたフットワークの軽い動きを見せてくれることは大変に心強いことです。顧客ありき、投資に対する利益見込みありきではなく、自社の技術開発を優先して動くこのスピード感、思い切りがとても良いです。

「小・少・軽・短・美」というメッセージ

筆者がスズキにおけるこの「思い切り」を感じたもう一つの側面が、ブースでの彼らのメッセージの打ち出し方です。つまりこの10年足らずで、CESでは多くの自動車関連技術、とりわけ自動運転に関するものが発表されるようになりました。まるでモーターショーのようにカーメイカーが並んだ年もあります。もちろん日本の自動車会社も多く参加していましたが、スズキは今まで出ることはなく、今回が初出展となりました。

その中で彼らが掲げたメッセージは「小・少・軽・短・美」というものです(写真7)。

写真7:「Impact of the small」「小・少・軽・短・美」というメッセージ

筆者は彼らが米国、それもCESのWest Hallでこれを打ち出したことに驚きました。というのも、West Hallは例年多くのカーメイカーが大きなブースを構え、きらびやかな演出で自分たちの最新技術をディスプレイするところです。ブースの反対側にはWaymoとJohn Deereの巨大なブース(の壁)が見えます(写真8)。

写真8.:ブース中央あたりから見るとWaymoやJohn Deereの壁が……

Waymoと言えば最も進んだ完全自動運転車サービスを展開している企業として有名でしょう。John Deereはその巨大な農業作業車に自動運転技術を大胆に取り入れています(写真9)。

写真9:John Deereの大型トラクターと農薬噴霧器。大きすぎて大きさが伝わらない!

John Deereの大型農業作業車はあまりにも分かりやすい例ですが、つまり欧米社会(とりわけ米国)では「大きい」「強い」ことを「良い」とする価値観が支配的です。そんな彼らを逆さに振っても出てこない「小・少・軽・短・美」という、多くの日本人が持つであろう機能美、つまり「小さいことの美しさ」を端的に表したメッセージを堂々とぶつけたのは素晴らしいです。まさに彼らのアイデンティティを示していて、いやあ気持ちいいですね。これをCES初出展で、それも自動運転技術の巨人がひしめくWest Hallでできてしまうことに、Applied EVの件と同じ思い切りの良さを筆者は感じました。

なおWaymoやJohn Deereの目の前にここ数年に米国で大人気となった軽トラを置いたり、ブース内配置の細かな演出も良い感じです。「小・少・軽・短・美」にしても、元は1998年に彼らが掲げたスローガンなのですが、何も古びることなくブースで輝いていました。出展プラン全体を考えた人とお話ししたくなりました。

定点観測のすすめ

筆者が初めてApplied EVを認識したのは2023年のCESです。写真10ではロボットアームを付けたモデルと、その後方にはデリバリー用途なのか、ウィングボディの荷台を載せたモデルが見えます。

写真10:CES2023でのApplied EVブース

ところで筆者はWaymoに代表される「街の中を走る乗用車」(写真11)ではなく、John Deereの農業機械や建設重機のような業務に特化した車両の自動運転化が、より速く我々の社会を書き換えていく事に期待しています。その意味でCES 2023に見たApplied EVの自動運転EVによる「台車」というアプローチはとても印象に残りました。それから二年経ってスズキのブースで再会したわけです。毎年CESに通って良かったと思える場面です。

写真11:今年のWaymoは2025年に東京でテストするのと同型のジャガーを展示

この数年、多くの企業が自動運転技術の発表をCESで行うようになりました。そうなったきっかけは、CES 2017でNVIDIAが突然自社開発の自動運転車「BB8」を発表したことではないかと思っています(写真12, *2)。

写真12:CES2017でのNVIDIAの自動運転車「BB8」のデモ走行展示

*2 “CES 2017: AI for Self-Driving (NVIDIA keynote part 5)”
https://youtu.be/MF9NwOTLLgE?t=327

NVIDIAはCES 2015では自動運転プラットフォーム「NVIDIA DRIVE」を、翌年にはTeslaに採用された「DRIVE PX2」を発表して、自動運転技術の開発についてアピールしてきました。それでもNVIDIAが前触れなく実走するBB8を出してきたことに多くの人は驚き、それ以来多くのカーメイカーがCESにこぞって出展・発表するようになった印象があります。

カーメイカーがモーターショーではなくCESでEVや自動運転技術を発表することが当たり前になったのは、それが当時の従来的な自動車業界のプレイヤーたちにとって異質な、かつ必ずしも嬉しくない方向性だったからだと考えられます。流麗なデザイン、エンジンの性能やフィーリング、ステアリングを握る楽しさといった、既存の「優れた車」の価値観の真反対をいく電動ロボタクシーの話は、当時のモーターショーにその居場所がなかったのでしょう。

しかしCESは「新技術なら何でもあり」の場です。そしてCTA(CESの運営者)は、そうした状況も考え合わせながら、実にうまく次代のトレンドとなる技術を集め、見せる「場」を作っています。

筆者は情報技術が専門ですが、個人的にCESを見続けることで多くの新しい技術をいち早く捉えることができました。こうした技術見本市は毎年見続けることが重要で、CESはそうした「定点観測」に最適の展示会だと思います。興味を持たれた方は、来年一月のスケジュールにCES 2026の予定を加えられることを強くお勧めします。


プロフィール
京都産業大学 情報理工学部 准教授 安田 豊

京都市北区生まれ。中学校ごろからの電子工作趣味が高じてそのまま情報系学部の教員となる。専門はネットワーク技術だが、アーキテクチャ、システムデザイン全般に関心あり。2000年頃から趣味的に国内外の先端的なスタートアップに取材し、一般誌に寄稿している。


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