- 2019-1-15
- 機械系, 研究・技術紹介
- ASTROSCALE(アストロスケール), CAM-H, DCAM, IDEA OSG1, IKAROS, JAXA, RISESAT, はやぶさ2, イリジウム33号, コスモス2251号, シングルイベント, マイクロラブサット1号, ミッションカメラ, リュウグウ, 宇宙ごみ(スペースデブリ)
地球近傍小惑星 「リュウグウ」の探査を続ける小惑星探査機「はやぶさ2」。この日本が誇る宇宙機は多くの最先端技術によって支えられているが、はやぶさ2に搭載されているミッションカメラには、東京理科大の木村研究室の技術が活用されている。しかも木村研が開発するカメラは、民生用デバイスを使い、絶対壊れないではなく、壊れても使える小型で安価なものだという。
宇宙ごみ(スペースデブリ)回収をメインテーマとし、その要素技術である宇宙船やロボットの自律制御の研究、実際の人工衛星に搭載されるミッションカメラの「製作所」でもある木村研。東京理科大学が2017年に宇宙飛行士の向井千秋氏をセンター長として開設したスペース・コロニー研究センターの副センター長も兼任する東京理科大学 理工学部 電気電子情報工学科 木村真一教授に、お話を伺った。(執筆:後藤銀河、撮影:川島彩水)
――木村教授の研究室では、「宇宙ゴミの回収」を目指しているとのことですが、宇宙ゴミとはどのようなものでしょうか?
木村教授:宇宙ゴミはスペースデブリとも言われ、使用済みの人工衛星そのもの、あるいは打ち上げ時のロケットなどから放出される破片などのことです。
木村教授:この宇宙ゴミの厄介な点は2つあります。1つ目は、軌道運動をしているあらゆる物体は秒速数キロメートル、弾丸の約10倍というスピードで飛んでいるということです。この宇宙ゴミが人工衛星や有人宇宙船と接触して大事故を起こすというのが、最も深刻な問題です。2つ目は、接触した場合に大きなエネルギーを発生して周囲に無数の破片を撒き散らしますから、宇宙ゴミがどんどん増えていく、そのどれもが高速で運動する危険な物体になるということです。
しかも人工衛星が打ち上げられるのは低軌道や静止軌道などのほぼ決まっている軌道上なので、特定の軌道に多くの人工衛星が密集するため、デブリとの衝突リスクは非常に高まっていると言えます。
スペースデブリは宇宙開発にとって障害になり始めている
木村教授:2009年2月には、運用を終えて宇宙ゴミとなっていたロシアの軍事用通信衛星「コスモス2251号」と、現役のアメリカの通信衛星「イリジウム33号」が衝突するという重大事故が発生しています。太陽電池セルが突然機能しなくなるといった、宇宙ゴミとの接触が疑われる事案は決して少なくありません。
ある専門家が10cm以上の宇宙ゴミの数の推移を計算したところ、1997年から使用済みの衛星は必ず廃棄する軌道に入れて、衛星の数は増加しないと仮定した場合でも、宇宙ゴミは衝突などによる増殖を繰り返して数が増えてしまうと予測されています。1年間に「2個」の衛星を回収したとしてもデブリの増加を止めることはできず、1年間に「5個」の衛星を回収して、ようやく増加を止めることができるといわれています。
実際には、1997年からこれまで、回収された宇宙ゴミの数は「ゼロ」。この20年間、宿題を放置していたことになります。宇宙ゴミはこれからの問題ではなく、今あるものを何とかしなければ、人類が宇宙に出られなくなるリスクがあります。
宇宙ゴミを回収するロボット衛星
木村教授: こうした状況に対処するため、木村研では宇宙ゴミを回収するロボット衛星の研究を進めています。ロボットや遠隔操作、衛星を接近させる技術などは、これまでかなり研究をしてきたのですが、大きな課題として残っているのは、対象に接近しないとロボットアームが使えないという点です。
宇宙ゴミの位置は、地上のレーダー網で探知できますが、その精度は数キロといったレベルで、ロボットアームの手の届く範囲に近づくためには精度がまったく足りません。しかも宇宙ゴミとなった衛星はすでに機能喪失しているため、位置情報を把握できません。そのため、ロボット衛星は、宇宙ゴミを自分で見つけて、安全かつ確実にアームの届く数メートルの距離まで近づく必要があります。
木村教授:それに加えて、たとえ安全のためでも、最先端の人工衛星打ち上げなどとは異なるゴミ拾いという目的にはお金をかけるのが難しい。どのようなものでも宇宙開発には高額なコストがかかるものですが、コストをかけずに安全確実に相手に近づくこと、これを実現しないと宇宙でのゴミ拾いはできません。
宇宙向けの部品は、高価で大型という常識を打ち破る
木村教授:研究室を立ち上げた後、2002年に宇宙航空研究開発機構(JAXA)の「マイクロラブサット1号」という衛星で実験する機会を得ました。宇宙ゴミを回収するためには、ゴミを見つけて処理するための目と頭脳、すなわちカメラと計算機が必要です。ところが、宇宙での使用に耐えうるカメラは数億円もするほど高価で、しかも直径50センチ程度の小型衛星には搭載できないほど大型のものしかありませんでした。加えて宇宙で使える計算機は、故障しないように信頼性を高めている反面、性能は低く、例えば画像処理には不向きなものでした。
――人工衛星用に使う部品は、特殊なものということでしょうか。
木村教授:宇宙空間という真空環境で、放射線にも晒されますから、普通の部品では故障してしまうと考えられていました。とはいえ、コストが高くサイズも大きい、性能も不足しているのでは、実験に使えません。そこで、使いたいと思う部品が本当に使えないのかを、試してみようと思いました。壊れるかもしれませんが、壊れ方を調べてそれに対応できないかと考えたわけです。
民生品を放射線試験にかけて選別
木村教授:宇宙というと、絶対零度というような極限環境を想像する方も多いでしょうが、実際に人工衛星の部品として耐える必要がある温度範囲は、使用される環境にも寄りますが、宇宙機本体との熱交換がありますから、マイナス40℃から上は60℃くらいで、自動車用部品のスペックとほとんど変わりません。ただ、宇宙では放射線の影響が大きいため、それに耐えられることがポイントになります。
そこで、カメラや計算機向けに民生品として入手できる高性能な部品に放射線を当てる実験を繰り返したところ、部品の製造ロットによって壊れ方に差があることがわかりました。そこで、放射線試験をパスしたデバイスを使って宇宙カメラや制御装置を製作し、実際に衛星に搭載して宇宙空間で作動したものと同じロットのデバイスを管理することにしました。
木村教授:放射線による部品の壊れ方については、高エネルギー粒子が通過することでメモリのビット反転を起こしたり、粒子の影響で擬似的なショート状態に陥ったりするもので、これは「シングルイベント」と呼ばれています。こうした偶発的な故障は、ソフトウェアで対策したり、短時間でリセットしたりすることで、永久故障は回避できます。こういうことがわかってくると、故障しないのではなく、故障しても働くように設計することができます。こうした考えに基づいて、宇宙機向けのカメラや計算機を研究室で制作するようになりました。
生物学の知見、ニューラルネットワークの考え方を宇宙開発に応用
――絶対に壊れない部品を使って壊れないものを作るのではなく、壊れにくい部品を選別し、状況に対応できるように作るということですね。どういった経緯でそのような考えに至ったのでしょうか。
木村教授:実は私は薬学部の出身で、大学院までは生物の研究をしていました。生き物は怪我をしても、それを庇いながら歩くことができます。当時ニューラルネットワークが出始めの頃で、制御的な観点から研究していたのですが、これは宇宙でも使えるのではないかと思い、宇宙開発の世界に飛び込みました。
これが「生物屋っぽい発想」をしている所以なのですが、生き物は絶対に怪我をしないという前提には立ちませんし、怪我をしたらどうしようとも考えません。すべての怪我に対応するためのルールを予め用意しようとすると、莫大な数の可能性を考える必要があるからです。
木村教授:つまり、生き物のように故障が起きた時にそれに適用する非常に小さなルールを作って、これを階層的に積み重ねていく。部分的に適応することで、全体として機能するようになる。このような考えで設計・開発を進めてきました。
宇宙用機器の製作所としての木村研
木村教授:これは、2010年に打ち上げられた小型ソーラー電力セイル実証機「IKAROS」に搭載したカメラです。IKAROSは、太陽風と呼ばれる太陽から飛来する粒子を受けて航行する世界初の宇宙ヨットですが、1辺20メートルほどの巨大な膜を宇宙空間で展開する様子を見るために、少し離れた位置からIKAROSを撮影する必要がありました。
そこでカメラを分離して全体像を撮ることができるのではないかとJAXAのメンバーがアイデアを出し、木村研で製作しているような小型カメラなら搭載できるとして、依頼を受けました。
木村教授:これがそのときの写真です。このDCAMを子衛星としてIKAROSから射出し、膜を展開するIKAROSを「自撮り」したものです。
木村教授:こちらが、IKAROSに搭載されたもうひとつのカメラ「CAM-H」です。IKAROSの膜の状態を詳しくみるために、メガピクセルカメラの部品を使い、高解像度で撮影できる宇宙カメラとして開発しました。CAM-Hは、500MIPS程度の小型計算機を搭載しているので、画像データをカメラ内で圧縮してから地球に送信することが可能です。
これとほぼ同じものが、「はやぶさ2」にも搭載されていて、リュウグウの画像を撮影しています。今後インパクターで小惑星に穴をあけるときの映像撮影も、このユニットが担っています。
――実際に宇宙開発で使用されているカメラを、こちらの研究室で制作されているのですね。
木村教授:2018年度にイプシロン4号ロケットで打ち上げ予定の国際理学観測衛星「RiseSat」という衛星があります。これはJAXAの革新的衛星技術実証プログラムにおける「革新的衛星技術実証1号機のテーマ公募」に選ばれたもので、東北大学などが取り組んでいるプログラムです。
木村教授:この衛星に搭載する「全周囲撮像システム」をJAXAと共同開発しています。120度程度の視野角を持つ6台のカメラを6方向に配置していて、これをうまく合成して全周囲画像を撮影しようという実験です。これはずいぶん長いプロジェクトで、当初は木村研の第2期の学生が担当し、彼が卒業後に引き続き進めていたものです。先日最終確認があり、あとは打ち上げを待つばかりになっています。
技術を蓄積しつつ宇宙ゴミの回収を目指す
木村教授:このように、宇宙カメラの開発でよく知られるようになってきましたが、研究の目的は宇宙ゴミの除去だというところは変わっていません。
シンガポールにASTROSCALE(アストロスケール)という宇宙ベンチャーがあり、世界で初めて宇宙ゴミの除去を会社の目的としています。これは私たちの狙いとも一致していますので、同社の日本法人立ち上げ時から技術顧問として参加しています。
これは宇宙ゴミの計測を目的とした衛星「IDEA OSG1」ですが、この衛星の心臓部である計算機は、うちの研究室で学生と一緒に開発したものです。ASTROSCALEでは、使用済み衛星の除去のデモンストレーションミッションを計画しており、協力しながら進めています。
本物のプロジェクトに参加し、鍛えられることで本物になる
――研究室の学生も、実際の宇宙開発プロジェクトに参加しているわけですね。
木村教授:「本物のプロジェクト」に参加することは、とても大きな経験になります。私自身、JAXAなどの専門家が進めているプロジェクトに携わることで、ものすごく勉強し、成果を出すことができました。本物のプロジェクトに参加して、必死になって頑張ることで、自分も本物の研究者として扱われ、自然と本物の研究者になっていく。この経験が非常に重要だと実感しました。
本物の現場に学生を参加させることは、大変なことですが、モチベーションがすごく高まります。そういう中で、単に何かのスキルだけでない、いろいろなものを吸収できます。こうしたプロジェクトを大学でやることに、非常に大きな意義があると思っています。
――卒業後はやはり宇宙関係を目指す学生が多いのでしょうか。
木村教授:入学当時からここの研究室を目指し、宇宙関係に就職したいという学生も増えてきています。分野も広がってきて、重工系や電機系に加えて、通信系、ソフトウェア系など関連する分野へ就職する学生も増えてきています。
カメラはデバイスだけ、回路だけでは作れません。光学系もわかる必要がありますし、学生たちは電子工学専攻ですが、構造設計から自分たちで考えて進めています。カメラに載せるソフトウェアも重要ですし、さまざまな分野の知識を結集して宇宙カメラを作り上げるという過程を経験しています。
システム開発を経験することで、高い応用力が身につけられる
木村教授:宇宙は打ち上げという期限が明確に決まっています。それにリソースも限られていて、重量や大きさにも厳しい制限があります。そうした条件の中で最適設計をしなければならない。これはとても良質なシステム設計の問題なのです。これは宇宙に限ったことではなく、いろいろなところに応用が可能で、教育面でも大きな意義があると思っています。
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ライタープロフィール
後藤 銀河
アメショーの銀河(♂)をこよなく愛すライター兼編集者。エンジニアのバックグラウンドを生かし、国内外のニュース記事を中心に誰が読んでもわかりやすい文章を書けるよう、日々奮闘中。