湿度に応じて機械/電気的エネルギーを発生する「キチン質薄膜」――蝶の構造から着想

CREDIT: SUTD/SUTD Singapore University of Technology and Design/YouTube

シンガポール工科・デザイン大学は、周囲の湿度に応じて自律的に伸縮する特性によって、機械的な力や電気を発生させることができる、「キチン(chitin)質」薄膜を開発した。この研究成果は、2023年7月6日付で『Advanced Materials Technologies』誌に掲載された。

キチン質薄膜の機能は「パッシブアクチュエーション」の名称で分類され、外部電源や制御システムを使わずに、運動や変形を起こす。この材料は、エネルギー効率の高いシステムなどの需要に応える可能性があり、工学系のコミュニティで大きな注目を集めている。

キチン質の主成分は、甲殻類や昆虫のような節足動物の殻と同じもので、自然界ではセルロースに次いで2番目に豊富に存在する有機ポリマーだ。自然界の多様な生物から、容易かつ持続可能な手段で入手できるため、キチン質は持続可能なスマート生体材料と言える。

蝶の翅(はね)もキチン質からできており、研究チームはその特性に注目した。蝶は羽化の最終段階で、繭から出てゆっくりと翅を広げて完全な姿になる。蝶が翅を広げる間に、キチン質物質は脱水状態になる。一方で血液が蝶の静脈を流れ、その結果、キチン質物質の分子を再編成する力を発生する。

このしくみにより、蝶の翅は、飛行に必要な強度と剛性を確保している。研究チームが開発したキチン質薄膜は、この力、水分の変化、分子の構成の自然な組み合わせに着想を得ている。

この研究のゴールは、生体適合性を持ったキチン質薄膜について、工学的な利用価値を実証することだ。研究チームは、廃棄されたエビの殻からキチン質ポリマーを抽出し、厚さ約130.5μmの薄膜を作成した。

次に、この薄膜を人間の手の構造を模した実験装置に組み込んで、筋肉のような役割を与えた。そこで、環境の変化や生化学的プロセスを通じて、薄膜の分子間水分量を制御した。分子の構成、水分含有量、機械的な特性を変化させ、キチン質薄膜に対する外力の影響を調べた。

実験の結果、蝶が翅を広げる過程のように、キチン質薄膜を引き伸ばすと結晶構造が再編成され、分子がより密に詰まって、水分含有量が低下することが分かった。

この特性により、キチン質薄膜は4.5kg以上の物体を垂直に持ち上げる力を発生する。実際、実験装置がつかむ動作をする上で、十分な力を発生することを確認した。また、驚くべきことに、この把持力は成人の平均握力の半分以上に相当する18kgを記録した。

さらに別の実験では、湿度変化に対するこの材料の反応を利用して、環境の変化から得たエネルギーを電気に変換できることも確認した。応用例として、この薄膜を圧電材料に貼り付けて、湿度変化に応じた薄膜の機械的運動を、小型電子機器への給電に適した電流に変換した。

このキチン質薄膜は、外部電源や制御システム無しに、機械的/電気的エネルギーを発生し、その特性は工学的/生物医学的な応用の可能性がある。例えば、生体システムにシームレスに統合される可能性、人工筋肉や医療用インプラントなどが考えられている。

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