テスト品質を向上させて「ブランドの信頼」をつくる——ルネサスエレクトロニクス 横澤早智子氏

自動車において、半導体が果たす役割はますます大きくなっている。ルネサスエレクトロニクスで働く横澤さんは、自動車のエンジンやモーターを制御する半導体の「テスト品質」に関わるエンジニアだ。

とても好奇心・探究心旺盛で何かに集中して取り組むのが好きな一面と、周りに目を配って全体として良い仕事をできるように考える視野の広い一面を併せ持つ横澤さん。子育てと両立しながら、半導体の品質と信頼をつくっている。(執筆:杉本恭子、撮影:水戸秀一)

最善のテストを追求する

――今どのような仕事に携わっているのか、教えてください。

担当している製品は、自動車のエンジンやモーターの制御に使用される半導体です。仕事の内容を一言で表すならば、「テストの品質を向上させる」こと。最終的なミッションは歩留まりの改善です。

テストは良品と不良品を選別する工程です。テストのプログラムが良くなかったり、テスト環境が不安定だったりすると、良品を不良と判定したり、不良を良品と判定したりしてしまいます。

特に自動車向けの半導体では、市場で不具合が出てしまうと命に関わる恐れもあります。不良品をしっかり判別できるテストでなければなりません。

またテストの感度が良くないと、良品とも不良品とも判定できないグレーなものが増えてしまいますから、できるだけ白か黒かはっきり検出できるテストが理想です。

半導体のトレンドも、工場の環境も変化するので、その時々に最善のテストができるように、日々取り組んでいます。

――とても責任ある重要なお仕事ですね。

そうですね。歩留まりを高めて収益を改善することももちろん重要ですが、常に良品だけを市場に送り出すことで会社の信用を積み上げることができる、と私は思っています。

ですから、「テストの品質を向上させる」という今の仕事は、当社ブランドの信頼を積み重ねていく仕事、1度失ったら絶対に取り戻せないものをつくり出す仕事だと思っています。

「原子サイズの半導体が可能になったら、どうなるんだろう」

「研究に没頭する仕事も、幸せなのかも」と考えることも

――子どものころから、理系が好きだったのですか。

黙々と何かをすることは好きでしたね。小さいころは、レゴで遊んだり、石ころを拾ってきてツルツルになるまで磨いたり。1人で集中して遊んでいた記憶があります。

私の両親は中学校の先生をしていて、父は理科の先生でした。父が読んでいた『Newton』という雑誌を開いてみると、「超ひも理論」や「超粒子」について、とてもきれいな絵を使って説明していました。中身は分かりませんでしたが、「こういう世界ってすごくきれい。素敵!」と思いました。これが理系のことに興味を持ったきっかけだったと思います。

電子や原子など、物事の根本的なことを知りたいとも思っていました。エボラ出血熱が流行した時期には、感染しても死なない「宿主」を探すということを知って、さらに理系に興味を持ちました。また地震や火山も好きでそういう研究にも惹かれましたし、宇宙や星の世界に対する憧れもありました。やってみたいことはいろいろありましたが、漠然と理系分野で研究する人になりたいと思っていました。

――感染症、地震、宇宙開発という道もあった中で、半導体を選んだ理由は。

自分にとって一番近くて、手が届きそうな世界だと思ったからです。大学では、基礎工学研究科 電子応用工学専攻で、学部4年から修士2年まで研究室に所属して、化合物半導体のデバイスシミュレーションをしていました。

半導体は、どんどん小さいものが作られるようになり、すでに「ナノ」レベルになっています。もう少し進んでいけば、いつか物質の最小単位である原子サイズになるのだろうと思います。

それが研究や論文上では可能だったとしても、実際に世の中の期待にはどう応えていくのか。また製品化し、量産する工程まで落とし込むときにはどういう苦労があり、どうやってブレークスルーをするのか。そうしたことにとても興味があります。

――大学1年のときは、北海道の長万部で寮生活だったとか。

はい。1部屋3~4人で、寮全体では15人くらいで生活空間を共有していました。入学当初はホームシックで泣いていましたが、ゴールデンウィークに帰省するころには、みんなと離れるのが寂しくなるくらいに楽しかったですね。

先生方も、私たちを1人前の大人として扱ってくださって、私が試したい実験について本気でディスカッションしてくれたり、普通は入れない有珠山の火口近くで地層の研究を体験させてくれたり。「研究者になるって、こういうことなのかな」と感じたことが印象に残っています。

納得できる仕事をするためにフルタイムに

ご主人との出会いは、吹奏楽部。2人ともクラリネット奏者だった

――4歳の娘さんがいらっしゃいます。仕事と両立するために、これまでどのような制度を活用してきましたか。

2013年8月に出産し、産休・育休を経て、2014年5月に短時間勤務の制度を使って仕事に復帰しました。2015年11月からは、フルタイムに切り替えて今に至っています。その他、子どもが病気の時に使える「子の看護休暇」、誰でも使える制度であるフレックスタイムなどを活用しています。

――仕事に復帰してから1年数カ月で、短時間勤務からフルタイムに切り替えたのはなぜですか。

ある程度キャリアを積んで、一定のポジションをつくってから出産した方は、職場に戻ってくれば以前の実績をベースにした仕事があります。でも私の場合は入社後4年というまだ「使えない人」の段階での出産だったので、復帰後は「使える人」になって実績をつくることから始めなければなりませんでした。

短時間勤務をしていると、テスト環境の整備などが中心です。やはり責任の重い仕事はできず、もっと納得できる仕事をしたいと思ったのです。実際フルタイムに切り替えてからは、それまでの仕事に加えて、エンジニアとしての仕事も任されるようになりました。

でも、短時間勤務中にテスト環境を整えるような仕事を経験したおかげで、そういう仕事には部署全体の効率を向上させる重要な役割があることも分かるようになりました。

誰かを頼ること、助けてもらうことも重要

好きな歌のお気に入りのフレーズは『I’m free to be the greatest, I’m alive.』。「すごく勇気が出る」

――フルタイムで仕事をするに当たって、地域の支援の仕組みも活用しているそうですね。

はい。娘の保育園の送り迎えなど、夫にも協力してもらっています。夜8時までの延長保育、お迎えやお留守番保育、夕食などを支援してくれる「ファミリー・サポート・センター」、無料相談にも応じてくれる「子育て支援センター」といった地域の仕組みも活用しています。「ママ友」というコミュニティも、異業種交流会&お悩み相談のようで、私には大切な場です。

いろいろな支援の仕組みは、私がエンジニアとして仕事をするために必要な手段です。子育てをしながら自分もキャリアアップしていくには、誰かを頼ること、助けてもらうことも重要だなと思います。

――忙しい毎日の中で、自分を解放できるような時間はありますか。

興味があることを徹底的に調べるのは好きなので、今はインターネットの情報サイトや、動画サイトにはまっています。半導体のトレンドも含めて、世の中がどう動いているのかがある程度見えてきます。動画サイトを見ていると、私より若い世代がどんなことに心躍るのか分かってきて、すごく面白いです。

英語も上手になりたくて、以前は英会話レッスンにも通っていました。今も好きな英語の歌の動画を見ながら、よく一緒に歌っています。英語も上手になって、音楽も楽しめて、ストレスを発散できますね。「こういうときは、こんな風に言うんだ!」などと発見もあって、いろいろ勉強になることも多いです。

エンジニアのパフォーマンスを引き出す仕事もしてみたい

車が好きという横澤さん。「車の室内空間にいるとホッとできる」

――仕事上で尊敬している人は。

周りにいるエンジニアはみんなすごい人たちばかりで、かなわないなと思っています。特に、定量的に理詰めで説明すれば納得してくれるエンジニアに対して、自分で大量のデータを処理して「定量的」「理詰め」という条件を満たした上で、それを相手に分かりやすい定性的な表現を使いながら安心感を与えるように説明してくれる人にはかないません。私には絶対まねできないなと思います。

――では横澤さんなりに、これからやってみたい仕事はありますか。

技術的なことも好きですが、エンジニアが最高のパフォーマンスを出せるようにフォローする仕事、エンジニアを光らせるような仕事もしてみたいと思っています。

私自身もそれがどういう仕事なのか、まだ明確な説明ができないのですが、全体を俯瞰して困っている人や悩んでいる人のところに飛んでいく潤滑剤のようなイメージです。

エンジニア1人1人を光らせるには、一般的なスキル開発の手法をそのまま実践しても上手くいかないと思います。エンジニア1人1人を見て、その人に合うように一般的な手法をカスタマイズしなければなりません。現場を知っていないとできないことだと思います。

私は小学生のころから、人の良いところを見つけるのが得意でした。人が気づかないことに気づいてしまって、悩むこともよくあります。それはちょっと人とは違う特殊なセンサーがあるからなんでしょう。私のそういう部分と、エンジニアとしての経験を生かして、エンジニア1人1人のパフォーマンスを引き出す仕事をしたいと考えています。

がんばらないように、がんばる?

「将来の振り幅が大きくても、チャレンジさせてもらえる方がうれしい」

――横澤さんがエンジニアを続ける原動力となっているのは何でしょう。

私には小さいころから「研究者になりたい」という漠然とした思い込みがありました。それが原動力となって、自分で敷いたレールを全力で走ってきたような感じです。その世界にどっぷり浸かって突き詰めていくことが好きですから、ストレスを発散するために見ているはずの動画も、つい全力で見てしまいますね。

いい意味で仕事も生活もボーダーレスになって、自分の本心から興味を持てるテーマを1日中追い掛けるような仕事も、死ぬまでに経験してみたいなと思います。

――最後に、仕事をする上で大事だと思っていることを教えてください。

体も心も、健康第一で安全第一です。がんばり過ぎず、自分で自分を守れる人になることですね。

ただ私も、自然とがんばってしまう傾向があるので、がんばり過ぎないようにするにはどうしたらいいか分からないのが正直なところです。「がんばらないように、がんばる方法を、がんばって見つける」と言ってしまいそうです(笑)。今の私自身の課題でもありますね。

関連リンク

ルネサスエレクトロニクス株式会社
製品ページ

取材協力

日本女性技術者フォーラム(JWEF)

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