理化学研究所(理研)は2019年2月15日、光量子工学研究センターのテラヘルツ量子素子研究チームが、非平衡グリーン関数法に基づく第一原理計算を用いることで、テラヘルツ量子カスケードレーザーの高出力化と高温動作性能の向上に成功したと発表した。
テラヘルツ量子カスケードレーザーは、テラヘルツ光を光源とする半導体レーザーだ。小型ながら高出力、連続動作、狭線幅などの特長がある。しかし、現行の3.2THzの量子カスケードレーザーは最高動作温度が199.5K(-73.65℃)と低い。その上、199.5K時の出力が低温時(-263℃)の出力よりも2、3桁低いという問題がある。
そこで研究チームは、非平衡グリーン関数法に基づく第一原理計算により、テラヘルツ量子カスケードレーザーの発光層構造の電子密度分布、電流分布、光利得(レーザー媒質中の光の増幅量)を直接計算する方法を開発。テラヘルツ量子カスケードレーザーの性能向上を目指し、これらが液体ヘリウム温度(4K、-269℃)から室温までの間でどのように変動するかをシミュレーションした。
研究では、発光層構造の全てのエネルギー領域のサブバンド準位を同時に考慮し、各サブバンド準位間の相互作用とその影響を総合的に解析。その結果、発光過程に直接寄与しない遠距離の高エネルギーサブバンド準位へ上位発光準位からリーク電流が生じていることを発見した。このリーク電流は、周期nの上位発光準位と隣の周期n+1の高エネルギーサブバンド準位とが揃っていることにより発生しているという。
非平衡グリーン関数法により、高エネルギーサブバンド準位を最適化したところ、上位発光準位からのリーク電流が減少することが分かった。リーク電流が減少したのは、上位発光準位と隣の高エネルギーサブバンド準位とが揃っている状態が解消されたからだという。リーク電流が抑制された結果、低温領域での最高光利得が大きく改善し、液体窒素温度(77K)まで高い最高光利得が保たれることも明らかになった。
研究チームはリーク電流の抑制効果を評価するため、テラヘルツ量子カスケードレーザーと液体窒素デュワーを組み合わせたレーザー発振システムを作製した。その結果、4K(-269℃)で350mW、80K(-193℃)で50mWというピーク出力、4Kで3.2mW、80Kで0.45mWという平均出力が実現された。従来のテラヘルツ量子カスケードレーザーでは、ピーク出力が4Kで250mW、80Kで10mW、平均出力が4Kで2.3mW、80Kで0.09mWだったという。