世界で初めて実用レベルの完全ワイヤレス給電を実現したエイターリンクに聞く__FA、ビルマネジメント、メディカル領域を革新する空間伝送型ワイヤレス給電技術とは

写真左から、エイターリンク株式会社 代表取締役兼CEO 岩佐 凌氏、代表取締役兼CTO 田邉 勇ニ氏


製造業ではFAやデジタルツインの導入に向けた取り組みが加速しています。それに伴って、工場設備や施設内に多数のセンサーデバイスが設置されますが、デジタル機器への電力供給は「配線とバッテリー」によって、大きな制限を受けているとも言えるでしょう。センサーからの信号同様に、無線電波によって電力供給が可能であれば、工場内の装置レイアウトの自由度も、メンテナンス性も飛躍的に向上させることが可能です。

今回は、スタンフォード大学発のワイヤレス給電技術を使い、FAやビルマネジメント、メディカル領域における課題解決を支援する、エイターリンク株式会社の田邉 勇ニ氏と岩佐 凌氏に、最新のワイヤレス給電技術の現状と市場動向、同社の技術、求められるエンジニア像などについてお話を伺いました。(執筆:後藤銀河 撮影:編集部)

――最初に御社の事業概要と「ワイヤレス給電」についてご紹介いただけますか?

[岩佐氏]弊社は、米国スタンフォード大学発のスタートアップです。田邉が取り組んできた「バイオメディカルインプラントデバイス」の研究を通して獲得した、空間伝送型ワイヤレス給電のノウハウを活かし、FA、ビルマネジメント、メディカルの3領域で商用利用を進めています。

弊社の空間伝送型ワイヤレス給電技術は、世界で初めて実用レベルの完全ワイヤレスデジタルデバイスを実現したもので、「高効率の給電」「角度依存性なし」「超小型化技術」という、他にはない3つの特徴を備えています。

[田邉氏]ワイヤレス給電といえば、Qi(チー)規格と呼ばれるスマートフォンなどの非接触充電や、磁界を用いた電磁誘導方式のものが広く知られていますが、弊社の技術は「マイクロ波」と呼ばれる無線電波を使った給電方式になります。これは、電流を電磁波に変えて920MHz帯の電波として送信し、受信側で共振回路、整流回路を通して直流電流に変換するという仕組みです。

弊社の製品「AirPlug™」は、受信側にパワーマネジメント回路やスーパーキャパシタなどの蓄電装置が入っていて、蓄電されたエネルギーを使ってセンサーやマイコンを動かし、得られたデータを今度は送信側として送り返すことができます。この一連の動作をデバイス側にバッテリーなどの電源が不要な無線給電で行えるのです。

マイクロ波による電波受電は20年ほど前に市場に出てきた技術ですが、遠距離への電力供給が可能という特徴があります。これまでキラーアプリケーションがなかったことから、事実上、弊社の「AirPlug™」には競合がないと言えるような状況にあります。

――既存の技術を組み合わせているとのことですが、これまであまり製品化されていないのはどのような理由があるのでしょうか?

[田邉氏]ビジネス的な視点による理由が考えられます。ワイヤレス給電技術を使って製品を開発しようと考えたら、まず、利用者の多い携帯電話の充電など、分かりやすいニーズの課題解決にフォーカスすることになります。マイクロ波を使うと遠距離への送電が可能というメリットがありますが、一方で送信できる電力が少なく、とても消費電力の大きな携帯電話を充電できるレベルではありません。近距離で給電できる非放射型電磁誘導方式の充電器は15年ほど前に商品化されていますが、マイクロ波方式で携帯を充電すると丸1日かかり、充電の速さを求めるユーザーのニーズに合わないため、これまでほとんど普及していなかったのです。

ワイヤレス給電でIoTデバイスの配線がない、完全デジタル化を目指す

[岩佐氏]近年、半導体の集積化や低消費電力化が進み、IoTデバイスが急速に普及しています。世界中で年間1兆個のセンサーが生産され、2040年ごろには45兆個の市場規模になるという見方も出ています。これだけの数のセンサーを使用するとなると、もうバッテリーと配線でデバイスを動かす形態は限界を迎えるでしょう。

弊社のミッションは「ワイヤレス給電によって、配線のない”デジタル世界”を実現する」ことであり、空間中に無数に配置された低消費電力のセンサー全てに、一括して電力を供給できるプラットフォームを提供しようとしています。そして、2022年5月26日に総務省が「電波法施行規則等の一部を改正する省令」 を官報に掲載したことを受けて、WPT(空間伝送型ワイヤレス電力伝送機器)である「AirPlug™」の販売を開始しました。

マイクロ波によるワイヤレス給電で完全デジタルデバイスを可能にする「AirPlug™」
資料提供:エイターリンク

規制があるからこそ挑むという、チャレンジ精神で勝機をつかむ

――御社の起業は2020年で、その時点ではマイクロ波によるWPTはまだ誰もやっていない中、起業されたということでしょうか?

[岩佐氏]それまでワイヤレス給電専用の局は存在していませんでした。RFID用のものはありましたが、出力が250mWの特定小電力無線局ですから、無線給電するのは難しかったと思います。それが先ほどお伝えしたように、2022年5月の電波法施行規則等の一部改正によって、920MHz帯で1Wの送信出力が可能になったのです。

起業時には当然、専用の局がないことが障壁になることは分かっていました。事前に総務省にも訪問して調査を行い、改正されるだろうという確信を持った上で起業に踏み切りました。海外ではワイヤレス給電技術を実験的に導入している国もありますし、総務省も基本的には導入に向けて動くというスタンスでしたが、国内では実際に利用したい事業者がいるのかどうかという点は、パブリックコメントなどを通して情報を収集して感触を掴み、事業化できるだろうと考えました。

私は、規制があるからこそ、挑戦することに意味があると思っています。最初に参入できれば必ず先行者利益を得られますし、他社にとっては強烈な参入障壁になります。弊社はスタートアップとして、逆張りこそがアイデンティティだと考え、ワイヤレス給電のパイオニアになるべく努力してきたからこそ、事業が爆発的に伸びる可能性を掴めたと思っています。弊社が取り組むFA、ビルマネジメント、メディカルの3領域で、しっかりデファクトスタンダードをとっていくことが、非常に重要な戦略だと考えています。

具体的な戦略としては、弊社の送信機をいかに多く設置するかということになります。送信機は基地局であり、インフラとして機能しますから、その給電空間にどんなセンサーが入ってきても情報が取れるという形までできています。あとはここをしっかりと深掘りし、グローバル展開含めてパラレルに事業として進めていこうと考えています。しっかりとマーケットニーズを捉えて、その期待を超えるようなプロダクトを確実に提供していくことが、基本的な事業戦略になります。

――WPTの具体的な活用イメージをご紹介いただけますか?

[岩佐氏]FAの領域でお伝えすると、例えば生産現場では1メートルの間隔で設置された産業機器ごとに多数のセンサーが使われていますが、これらのセンサー全てに電線を使って電力を供給していると、機器の繰り返し動作による干渉などで、毎日どこかで断線が発生する状況になります。ある自動車メーカーの試算では、1分間に300万円の価値を生み出している生産ラインが、断線によって毎日60分停止しているそうで、これでは毎日数億円を捨てているようなものです。こうした状況に対して、WPTによってロボットハンド先端部など「断線しやすい可動部」「配線しにくい箇所」のセンサーへのワイヤレス給電を実現することにより、この課題を解決することができます。断線が原因のライン停止がなくなるというメリットが市場のニーズにフィットし、それが弊社の業績にも反映されていると考えています。

もう一つはビルマネジメント領域で、通常の給電方式だと1フロアに数個の環境センサーの設置が限界で、十分な空調管理が難しいという課題があります。これを解決するため、ワイヤレス給電を使ってフロア内の多数の環境センサーに給電することを考えており、竹中工務店と2020年11月に実証実験を行い、これに成功し、製品化を進めています。

タスクアンビエント空調のイメージ図 資料提供:エイターリンク

[岩佐氏]弊社ではこれを「タスクアンビエント空調」と呼んでいますが、有線ではなくワイヤレス給電にすることでフロアのレイアウト変更にも容易に対応できますし、100台以上の環境センサーに同時に給電することが可能になります。

ワイヤレス給電市場の成長性という点では、総務省が出しているデータによると、FA業界におけるワイヤレス給電の市場規模は7,500億円ほど、我々の狙うビル用途、メディカル用途、物流小売用途まで含めると1.5兆円程度の市場になるだろうと試算しています。

複数台のセンサーがどこにあっても給電できる空間を作り上げること

――920MHz帯を使ったWPTを実現するにあたり、どのようなところが技術的に難しかったのでしょうか。

[田邉氏]これまで920MHz帯で電力を送信する基地局は認可されていなかったので、全くの新市場と言えます。つまり過去の事例がないので、開発においてどんな問題が起こりえるのか、誰にも予測できないところが一番大きな課題です。例えば、回路を作っていても予期せぬ謎の現象が無数に起きますし、電波干渉の問題も起こります。我々もRF(Radio Frequency:高周波)回路開発のバックグラウンドのある人やアナログ設計の経験者などの意見を聞きながら、少しずつ課題を解決している状況です。また、ワイヤレス給電の活用方法にも課題があると感じています。我々が想定していないユーザーの使用方法もたくさんあり、プロダクトや製品に落とし込む段階で、そこを定義しきれるかという点が非常に難しいのです。製品を開発しても、数年間は常にバージョンアップを繰り返す必要性がありそうです。

――製品やプロダクトを開発する上で、どのような課題感がありますか?

[田邉氏]我々はお客様のニーズにフィットした製品やプロダクトを開発するために、複合的な技術開発というアプローチ手法をとっています。例えば送信機にしても、設置する場所やお客様の要望によって、細長いデザインにする必要があったり、アンテナも直交方向の電波をカバーする必要があったり、筐体に使うプラスチックの電波損失が大きいなどの課題が出てきます。こうした個々の状況に対応することが意外に難しく、状況に合わせてこれまで無かったようなアンテナを独自に発想して作ったり、効率を最大化するために化学系の材料メーカーと素材を共同開発したりしているのです。また開発においては、アンテナ単体がどうかという視点ではなく、それが空間内に複数台あった場合の最適化をどう実現するか、それをどのようなアルゴリズムで考えるのかなど、複数の技術を総合する力が必要となります。こうした領域はあまりプレイヤーがおらず、学問としても成立していないので、我々がトップランナーだという自負はあります。

また、回路の消費電力を下げることも開発における非常に重要なポイントです。センサーデバイスの低消費電力化が進んだと言いましたが、そのセンサーで取得したデータをいかに低い電力で送り返すのか次第で送信距離が伸びますから、この一連の動作を低消費電力化すれば送信機自体の数を減らせます。我々の技術は、ワイヤレス給電の理論値に近いほぼ限界に達してきているので、あとはやはりシステムレベルでの複合的な開発能力が重要になると考えています。

当社の強みは、1個の送信機で数個の受信機に給電するのではなく、アンテナの形状と配置に工夫を凝らして空間全体をワイヤレス給電化し、受信機がいくつあっても、どのように動いてもまとめて安定した給電ができるような、デッドスポットのない給電空間を作り上げたという点で、技術的に価値のあるものだと考えています。

――今後の事業拡大に合わせてエンジニアも増やしていくと思いますが、ワイヤレス給電という技術領域で、どのようなスキルを持つエンジニアが求められているのでしょうか?

[田邉氏]弊社は、ハードウェア高周波関連無線に強いエンジニアが中心でした。これからはファームウェア関連や、製品評価品質管理保証体制の構築といったところが重要になると考えています。

ただ、一言でエンジニアと言ってもジェネラリストからスペシャリストまで幅が広いと思いますが、どのレベルであるかに関わらず、本当にこの事業に取り組みたいというパッションを重要視しています。先ほど申しましたように、誰もやっていない、今までにないプロダクトを作っていこうという会社なので、それまで自分がやってきたことのないような仕事がどんどん降りかかってくるわけです。それに対して、やったことないからできません、ではなく、どのように解決しようかを考え、行動に移す力を持っているエンジニアが必要です。与えられたミッションをやるのは当然で、「それ以上のことをやるんだ」という挑戦意欲や覚悟が欲しいですね。

[岩佐氏]弊社のようなスタートアップは事業メインでやっていますから、事業内容が変われば開発もそれに合わせて柔軟に変える必要があります。時には、朝の会議で決めたことを夕方に変更し、夜までに実装、確認、評価する、といった動きをすることもあり、大手の製造業とは開発のスピード感が全く違う点は特徴ですね。多くの会社ではシリアルに一つひとつ進めていくことが多いと思いますが、弊社は製品化のために必要なことを全てパラレルで進めています。

私はエンジニアではありませんが、グローバルでナンバーワンになれるような会社を目指しています。いつか自分がエイターリンクを去る日がきても、本当にやってよかった、少しでも世の中を便利にすることができた、と思えるような事業をやろうとしていますし、それを達成するための仲間を探しています。

優秀な人材が集まってくる中で、自分をどう磨けばいいのか、無線だけでもデジタルだけでもこの事業は成り立ちませんし、より高いゴールを目指してお互いに影響し合い、達成に向かって取り組んでいけるようなチームを作りたいと思っています。


<プロフィール>

エイターリンク株式会社 代表取締役兼CTO 田邉 勇ニ氏

米国スタンフォード大学にて、バイオメディカルインプラントデバイスに関する研究に従事。 電波を通しづらい人体において、体内10cmの距離に配電できるワイヤレス給電技術を開発。本技術を応用することで、商用利用向けのワイヤレス給電の開発及び販売事業を開始(室内空間では20 mの配電を行うことに成功)。2020年に、エイターリンク株式会社を設立。


エイターリンク株式会社 代表取締役兼CEO岩佐 凌氏

田邉氏とはシリコンバレーにて出会い、当該事業におけるビジネス・事業戦略を兼ねる。 2015年からの商社経験により、新規要素技術を製品アプリケーションへのエンジニアリングしていくプロジェクトを多数経験。2020年にエイターリンク株式会社を設立。


取材協力

エイターリンク株式会社



ライタープロフィール
後藤 銀河
アメショーの銀河(♂)をこよなく愛すライター兼編集者。エンジニアのバックグラウンドを生かし、国内外のニュース記事を中心に誰が読んでもわかりやすい文章を書けるよう、日々奮闘中。


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