- 2024-8-30
- 化学・素材系, 技術ニュース
- MaSp1, βシート構造, クモ糸, スピドロイン, マイクロ繊維ネットワーク構造, 次世代型繊維材料, 理化学研究所, 理化学研究所環境資源科学研究センター, 理研, 研究, 糸タンパク質
理化学研究所(理研)環境資源科学研究センターの沼田圭司氏らの研究チームは2024年8月28日、クモ糸が複雑な階層構造を持つ固体繊維に変化する過程を解明したことを発表した。超高性能、低環境負荷の次世代型繊維材料の開発への貢献が期待される。
クモが生成する糸は、生分解性でありながら強く弾力性があり、最も丈夫で強い人工材料と比較しても力学特性が傑出している。これまで多くの科学者が人工のクモ糸を開発してきたが、多くは天然のクモ糸と比較して劣った結果となっていた。
研究では、MaSp1というスピドロイン(クモの糸タンパク質)の最も一般的な成分を生産するためのプラットフォームを作成し、その自己集合の挙動を明らかにすることに挑戦した。高度な繰り返し配列と、両末端にドメインと呼ばれる小さな領域を持つスピドロインであるMaSp1は、クモ牽引糸の主要な成分で、その50~80%を占めることもある。この配列の異なる二つの部分は、クモの糸の形成でそれぞれ異なる重要な役割を果たす。
こうしたことから、自然のMaSp1スピドロインの本質的な機能を保ちながらも、簡略化された配列で人工的なMaSp1を設計することを最初の課題とした。六つの構造的に無秩序な繰り返しドメインと、秩序化された小さなドメインを持つMaSp1 N-R6-C構造体を設計/合成した結果、分子量82キロダルトン(kDa)の二量体として溶液中で安定的に得られることを示した。
次に、クモの体内で糸形成の際に見られる化学的、物理的環境の変化に対するMaSp1の挙動を調査した結果、MaSp1がクモ糸の大瓶状腺(糸の成分をためる分泌腺の一つ)で見られるイオンの濃度勾配に応じて、液-液相分離(LLPS)を容易に行うことがわかった。また、他のスピドロインであるMaSp2と比較しても、MaSp1のLLPSの傾向が強いことがわかった。
異なるスピドロイン成分が同様の環境変化に対して全く異なる相分離挙動を示す可能性があるが、将来の研究で、異なるスピドロイン(アミノ酸配列の異なるMaSp)が化学的、物理的な環境変化に対して独立に応答し、別々の構造に自己集合するのか、それともすべての場合で相乗的に作用するのかといった重要な問題を解決する必要があることを示唆している。
さらに、わずかに酸性の条件(pH5.0~5.5)でLLPSが誘導されると、MaSp1が微細なマイクロ繊維ネットワーク構造を形成するが、これらのマイクロ繊維ネットワーク構造の形成は迅速であり、これまでの研究では観察されなかった。
研究では画期的な成果として、MaSp1の自己集合をモニタリングする方法を開発した。蛍光標識されたMaSp1と高速顕微鏡を使用し、バイオミメティック(生物模倣)な化学的勾配の形成を誘導して、リアルタイムで形態の微細な変化を観察した。
リン酸塩イオン水溶液の界面に応じて、MaSp1はLLPSを経て、タンパク質液滴の成長と融合が徐々に進行し、酸性条件下でのイオン水溶液の界面では、MaSp1のタンパク質液滴がわずか数秒で微細なマイクロ繊維ネットワークに変換された。
この結果、人工スピドロインシステムで、初めてこのような迅速な高次構造の形成が観察された。また、LLPS状態と階層的な繊維構造の形成との明確な関係が確立された。これはマクロスケールのクモの糸の組織の基礎となる。
また、天然のクモ糸形成条件を参考にし、化学的条件に対するMaSp1の応答の違いをマッピングした。その結果に基づいて、濃縮MaSp1水溶液を使用してマクロスケールの人工のクモ糸を調製したところ、マイクロ繊維の束を持つ階層構造を示した。また、引っ張りなどの力学変形に応じて、βシート構造が形成されることも示された。
MaSp1の自己集合から複雑な階層構造を持つ繊維への組み立て(自己組織化)を決定するパラメータを特徴付けることで、自然のクモ糸の構造と力学特性を模倣した人工クモ糸の生成に一歩近づいた。また、他の自己集合型のバイオ素材や、生体模倣材料の設計にも応用できるとしている。