新開発の「原子分解能磁場フリー電子顕微鏡」を用いて、従来観察が困難だった鉄鋼粒界の原子直接観察に成功 東京大学と日本製鉄

東京大学は2023年12月6日、同大学大学院工学系研究科附属総合研究機構の研究グループが日本製鉄と共同で、新開発の電子顕微鏡により、原子レベルでケイ素鋼の結晶粒界を直接観察し、原子配列を解明したと発表した。観察結果と理論計算を組み合わせ、粒界の原子配列が単純な周期をもたない非整合構造であることを明らかにしている。

電磁鋼板は磁性材料の一種で、重要なエネルギー変換材料となっている。電磁鋼板として用いられる鉄鋼材料のケイ素鋼は、変圧器やモーター、発電機の鉄心に利用されており、より高効率な電気エネルギーの利用において極めて重要なエネルギー変換材料であると考えられている。

鉄の結晶には、磁化しやすい磁化容易軸が存在し、鉄心として用いられる際、磁界のかかる方向に磁化容易軸を揃えた結晶粒とすることで、高いエネルギー効率を有する鉄心を製造できる。しかし、結晶方位を揃えた材料組織を作り込むために重要だと考えられている結晶粒界の制御について、原子配列が未解明だった。

最先端の走査透過電子顕微鏡法(STEM)により、セラミックスなどの結晶粒界における原子配列は直接観察できるが、鉄鋼材料のような磁性材料の観察は、電子線のレンズとして磁界レンズを用いるため極めて困難で、直接観察された例がなかった。

研究グループは今回、ケイ素鋼の結晶粒界観察に、試料位置を無磁場条件に保ちつつ、原子分解能を観察できる新開発の原子分解能磁場フリー電子顕微鏡(MARS:Magnetic-field-free Atomic-Resolution STEM)を用いた。試料として、2つのケイ素鋼の単結晶を接合し、人工的にΣ9粒界を作製し、観察したところ、明瞭に粒界での原子配列を直接観察できた。

Σ9粒界の原子配列は、多くの先行研究により、理論的に最安定となる原子配列が予測されていた。しかし、今回の観察結果が従来の予測とは異なる原子配列を示したため、新たな理論計算手法を用いた粒界の安定原子配列を研究した。その結果、奥行き方向の周期がケイ素鋼の結晶構造周期の8倍のときに、観察結果と良く一致する安定な原子配列が出現。先行研究の予測原子配列よりも、安定になることがわかった。

ケイ素鋼粒界のSTEM像
(a)ケイ素鋼Σ9粒界を110方向から観察したSTEM像。図中の矢印は結晶方位を示す。
(b)結晶粒界の複数の同一原子配列部分を平均したSTEM像
(c)先行理論研究により予測された安定原子配列
(d)直接観察結果(b)と先行研究の予測原子配列(c)を重ねた比較。粒界直上の原子配列がまったく異なることがわかる。

さらに、シミュレーティッド・アニーリングの計算結果を詳細に解析したところ、粒界の多面体の配列を変化させても、ほぼ同等の粒界エネルギーを示した。この結果は、現実の結晶粒界では、多面体が単純な周期をもたない非整合配列となっていることを強く示唆している。

さらに、非整合配列ではフェイゾンと呼ばれる自由度により、特異な配列ゆらぎが生じている可能性があることから、分子動力学計算により、一定温度での8倍周期配列の時間変化を観察した。その結果、局所的な原子位置の変化で、簡単に異なる多面体配列に遷移できることがわかった。これにより、従来考えられてこなかったエントロピーによる結晶粒界の安定化機構の存在が強く示唆された。

今回の研究により、従来の理論予測よりもΣ9粒界が安定な構造であることが明らかとなった。さらに、フェイゾン自由度に関連した特異なエントロピー利得による付加的な安定化機構が存在することを解明した。この成果は、結晶粒界は周期的な原子配列をもつという従来の常識を覆すとともに、鉄鋼材料の精緻な組織制御への原理的な理解を深め、より高度な制御に資するものと考えられる。

関連情報

新型電子顕微鏡で鉄鋼粒界の特異な原子配列を発見 ―高性能鉄鋼材料の開発を加速―|プレスリリース | UTokyo-Eng

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