シリコン膜表面の酸化で熱放射が倍増 東京大学

東京大学生産技術研究所の研究グループは2024年5月9日、フランス国立科学研究センターと共同で、シリコン膜の表面をわずかに酸化させるだけで、プランクの熱放射則で決まるとされていた熱放射が倍増したと発表した。理論計算により、表面フォノンポラリトンが、この熱放射の増強に寄与したことを明らかにしている。

高性能半導体デバイスなどの電子デバイスは、局所的な発熱による性能や信頼性の低下があるため、熱管理が課題になっている。熱の伝わり方には、伝導、対流、放射の3種類があるが、誘電体薄膜は、4つ目の伝わり方として表面フォノンポラリトンが活躍することが知られている。

誘電体の単一薄膜は、表面フォノンポラリトンにより、放射波長より薄い薄膜からの面内方向の輻射熱は黒体輻射限界を上回るが、形状維持が困難で、より扱いやすい丈夫な支持構造を有する構造では実現されていなかった。

研究では、表面フォノンポラリトンを利用し、シリコンから空間への熱放射を増強する目的で実験を実施した。厚さ10μmのシリコン(非誘電体)の表面を30nmだけ酸化して、表面フォノンポラリトンを発生させる誘電体を形成し、2つの構造を10.7μmのギャップを有して対向する構造を作製した。

表面フォノンポラリトンによる熱放射を測定するためのデバイス構造。
A.作製したデバイスの概念図。厚さ10μmのシリコンを、薄いシリコン酸化膜で挟んだ3層構造が対向している。それぞれに電圧を印可できるよう金属線が形成されている。片方に電流を流してヒーターとして温度を上昇させ、発生した表面フォノンポラリトンが、もう片方の構造に向かって放射される。その放射エネルギーを受け取ることで上昇する温度を、センサーとして機能する金属線で計測する。B. 作製したデバイスを上から撮影した電子顕微鏡写真。3層構造間は10.7μmのギャップで隔てられている。

金属線を2つの3層構造上に形成し、ジュール熱により加熱されるヒーターと、電気抵抗の温度依存性を利用した温度センサーを作製し、2つの3層構造間の輻射熱輸送(熱コンダクタンス)を評価した。測定の結果、シリコンだけの場合は、プランクの熱放射則に従って、温度上昇に伴い熱コンダクタンスが上昇した。

一方、表面フォノンポラリトンを利用できる3層構造は、その2倍程度大きな値となり、黒体輻射限界を上回った。これはプランクの熱放射則では説明できず、表面酸化膜の形成で発生した表面フォノンポラリトンの寄与が考えられる。

裏付けを得るため、3層構造内の表面フォノンポラリトンの伝播、空間への放射、吸収を理論的に計算したところ、これまでに知られていた単一薄膜からの熱輸送とは異なるメカニズムの輻射熱輸送の増強を引き起こすことが分かった。

表面フォノンポラリトンによる輻射熱の増強を示す測定結果。
2つの構造間の輻射熱コンダクタンスの実測値(丸)と、理論計算値(実線)。シリコンのみの場合の測定値が青丸で、プランクの熱放射則による理論的計算値が青い実線で示されている。一方、3層構造における実測値が赤丸で示されており、シリコンのみの場合と比べ、約2倍大きい値を示している。3層構造の対向面間について、プランクの熱放射則による推測値は緑の領域であり、3層構造における熱コンダクタンスの増加はプランクの熱放射則では説明できない。表面フォノンポラリトンの効果を考慮した理論計算により算出された値が赤い実線となり、実測値とよく一致していることから、表面フォノンポラリトンが構造からの熱放射を倍増させていることが分かった。

従来、プランクの熱放射則を上回る熱輻射は、誘電体膜を数十ナノメートルまで薄くしないと得られないと考えられていたが、研究の成果によって、丈夫で扱いやすい支持構造を有した半導体からでも、より効率的に空間への放熱ができることが分かった。今後、電子機器での熱管理、輻射ヒーターや宇宙空間での放熱などにも応用が期待される。

関連情報

【記者発表】シリコン膜からの熱放射の倍増に成功 ――半導体デバイスの排熱問題の解決に期待―― – 東京大学生産技術研究所

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