業務用イメージスキャナで世界シェアNo.1を誇る、富士通のグループ会社PFU。先行技術開発統括部 フェロー(※)の小箱雅彦氏は、長くスキャナの開発に従事し、現在は私たちの「一歩先の便利さ」を生み出している。被災地や結婚式のムービーで活用されている、プリントされた写真を簡単にデジタル化できる「Omoidori」も開発。いろいろなことに好奇心を持ち、今まで世の中になかったものを作り出すエンジニアの醍醐味と楽しさを語ってくれた。(執筆:杉本恭子、撮影:水戸秀一)
(※)先進的な技術開発を主導する役割を担う
スキャナの開発を中心に歩んできたエンジニア人生。失敗は山ほどある
――小箱さんは伝統工芸が盛んな石川県の出身ですね。
はい。私も子どものころから工作などは好きでしたね。伝統工芸の道に進んだ友人もいますが、私は工学系に進み、PFUの前身のであるユーザック電子工業に就職しました。新しいものが好きだったので、未来的な匂いのするITの分野に惹かれたのだと思います。
――就職してから、どのような仕事をしてきましたか。
私が入社した1983年は、Apple社が「Lisa」というコンピュータで、世界初のGUI環境を世に送り出した時期で、超音波式マウスの開発に挑戦させてもらいました。1年近くかけて一定の精度になりましたが、価格や安定性の問題から製品化には至りませんでした。
その後2年ほど、ドキュメントスキャナの開発を経験した後、オフィスコンピュータ向けのI/Oデバイスの開発に携わり、1994年以降はスキャナのアーキテクチャや基盤技術の開発を担当しました。1998年の新たなスキャナでは、ADF(Auto Document Feeder)が紙を2枚重ねて搬出してしまうダブルフィード検出の機能を開発。超音波で検出するのですが、この時、あの超音波マウスの技術をそのまま活かすことができたのです。昔の失敗が役に立つことがあるんだなと実感しましたね。
――スキャナには、20年近く関わってこられましたね。
そうですね。その間に、スキャナのアーキテクチャは成熟してきたので、むしろ自分の仕事は変化をつけていくことではないかと考え、コンパクトなスキャナの開発や、スキャンした画像を綺麗に加工するソフトの開発も行いました。
2010年頃からは、イメージング技術を応用した、それまでとは毛色の異なるドキュメント製品に携わるようになり、現在に至っています。
東日本大震災で「思い出を残す」価値が腑に落ちた
――2016年に発売した「Omoidori」は、iPhoneを使って写真をデジタル化する製品ですね。
本や写真をスキャンするというアイデア自体は、10年ぐらい前からありました。一つの方法として、本やアルバムのページの間に下敷きのような薄い板を挟んで、裏表の2ページ一度にスキャンするという技術に挑戦したこともあります。しかし、板のちょっとした浮きや、アルバムのフィルムの歪みなどへの対応が難しく、挟めるほどの薄さにすることはできませんでした。
また私自身は、デジタルカメラが浸透している中で、アルバムの写真をスキャンする意義についても疑問を感じていました。
――では、なぜ「Omoidori」という製品が生まれたのでしょう。
きっかけは、2011年3月の東日本大震災でした。一時帰宅をした方が、位牌と写真を大事そうに運び出してくる光景を見て、それまで疑問を感じていた意義が腑に落ちる感じがしました。思い出を残すという価値は大きいし、これまでお世話になった「イメージング」で何か恩返しがしたいと。それから、本腰を入れて開発をスタートしたのです。
――「Omoidori」の製品化までは、どのような苦労がありましたか。
最初は、写真の上に何かを滑らしたり、転がしたりしてスキャンすることを検討しましたが、それではパソコンを扱える人にしか使えないものになってしまいます。
次に、普及してきていたスマートフォンを使う方法を考えましたが、今度は、テカりが問題でした。装置を押し当てる方法なら、外の光が入らないのでテカりませんが、スマートフォンやカメラで撮影すると、いろいろな方向から光が入って、どこかがテカってしまう。真っ暗ならばテカりませんが、写真自体が撮れない。写真は光を写し撮るものですから「光をコントロールできたらかっこいい」と思っていろいろな試作品を作りましたが、どうしでも無理でした。
そこで負けを認め、デジタルの力を借りることにしました。暗箱の中で2方向から光を当て、テカっていない部分を合成する方法です。「これだ!」と思った試作品を企画担当者に見せたところ、最初は「技術はすごいけど、この黒い塊では売れない」と言われましたが、その機能をベースに、どのような人が、どう使うかを考えていった結果、今の製品が完成しました。
「プロのエンジニア」として、「聞く」より「見る」
――画期的な技術や製品を開発しておられますが、エンジニアとして大事にしていることは何ですか。
私は、スキャンやイメージングの「プロ」としての自覚があります。当然お客様の声も聞いていますが、ニーズとして声になっているものだけ作るのでは、今の延長でしかありません。「プロ」は、お客様の背景にある、まだ声になっていないことを感じ取らなければいけない。そのためには「どうして欲しいか」と聞くのではなく、使っている様子を想像したり、見たりするほうが大切だと思っています。自分の想定と違うところで操作に迷っていたり、使いにくそうにしていたりする様子を見ることで、改良への気付きを得られるのです。
――そうして、一歩先を提案しているのですね。新しいものを生み出す原動力となっているのは何でしょう。
好奇心ですね。与えられたコンテンツから選ぶことも楽しいですが、何もないところから作り出すのはもっと楽しい。楽しいことだらけです。
私たちは奇跡定なタイミングで、人類始まって以来のめまぐるしい変化の中にいるのですから、いろいろなことに興味を持ってほしいですし、もっと夢を語ってもいいのではないかと思いますね。
叱られて、追い詰められた。だからこそ成長できた
――今までの仕事の中で、特に成長させてくれたと感じる出来事は。
特に記憶に残っているのは、叱られたことや、追い込まれたことですね。ミスをして真剣に謝り、相手も真剣に叱ってくれたこと、アイデアが出てこなくて、苦しんで絞り出したことなどがあったから、成長できたのではないかと思います。
失敗しないと分からないことはたくさんありますが、開発のスピードが速くなって、今の若いエンジニアは十分に失敗を経験する時間がありません。時には時間にしばられずに、納得いくまで考えたり、試行錯誤したりしないと、強くなれない。働き方改革の流れもあり、効率的に仕事をするのは当然ですが、ある程度自由な時間の使い方ができる柔軟さも欲しいと思いますね。
――最後に、これから開発したいと考えているものをお聞かせください。
お客様の様子を見たり、空想したりしながら、できれば「ああ、それね」ではなく「なにそれ?!」と言われるものを作りたいですね。
もう1つはアナログ的な、人の感性に響くような製品を作りたいと思っています。現在、情報があふれて「便利」にはなっていますが、「豊か」にはなっていないような気がするのです。AIやロボット化がどんどん進み、人が自由に使える時間が増えたならば、デジタルではない、創造的な時間の使い方をしたくなるのではないでしょうか。そういう欲求をアシストできるような製品の開発ができれば、楽しいと思います。