原点はウォークマン。オーディオ開発を貫き、たどり着いた“音が生み出す体験”――ソニー 鈴木伸和氏

毎日の暮らしの中で、最もリラックスできる場所が自宅のリビングという人は多いことだろう。ソニーは、そのリビングの空間をさらに心地よく、快適にする家電を開発する「Life Space UX」というプロジェクトを始動。いくつかの新商品をこれまでに送り出してきた。

Life Space UXのキーワードは、「新しい体験」。さまざまな主張を持つ商品自体の魅力に加えて、その商品を置くことによって“空間”の価値を高め、新たな楽しみ方を提案する映像・音響製品を打ち出していこうとしている。

現在、Life Space UXの商品群として登場しているのは、リビングの壁際に置いて最大147インチの映像を投射できる4K超短焦点プロジェクター「LSPX-W1S」(500万円・税抜)、ソケットに差し込むだけで音と光が降りそそぐ空間を実現できるLED電球スピーカー「LSPX-103E26」(オープン価格)、超短焦点レンズを採用して場所を取らずに壁やテーブルなどに映し出せるポータブル超短焦点プロジェクター「LSPX-P1」(オープン価格)、有機ガラス管を震わせて透き通るような音色で部屋中を満たすグラスサウンドスピーカー「LSPX-S1」(オープン価格)の4商品。

これらの商品群の開発に携わったエンジニアは、どんな人物なのだろうか。今回はソニーTS事業準備室コンスーマーエクスペリエンスプロデューサーの伊良皆杏奈さん、Life Space UXの商品群の中でもグラスサウンドスピーカーを開発したソニービデオ&サウンドプロダクツ サウンドシステム開発部 音響開発1課 アコースティックマネジャーの鈴木伸和さんに、話を伺った。
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ウォークマンって素晴らしい。中学からの思いを貫き、就職で選考を受けたのはソニーだけ

――鈴木さんは、どのような理由があってエンジニアになろうと考えたのでしょうか。

鈴木伸和さん(以下、鈴木さん) 中学生時代に、カセットテープタイプのヘッドホンステレオ「ウォークマン」を使い始めました。とにかく使ってみた印象が素晴らしく、最初に買ったウォークマンをかなり長い間、使い続けることになりました。

「ウォークマンってすごいな」という印象は大学時代まで持ち続けていました。大学に入ってからは音楽にも関わるようになり、その思いはさらに強くなりました。

就職先を考えるとき、自然と「ぜひソニーで働きたい」と思い、就職活動時の選考はソニーだけしか受けなかったほどです。

――ソニー入社後のキャリアを教えてください。

鈴木さん ソニーに入社したのは1997年のことです。入社時から「オーディオの開発がしたい」と要望を出していました。

しかし、入社してから「今年はオーディオのセクションから、人材はあまり求められていない」と人事に言われ、頭が真っ白になりました。それでも意思を貫き、何とか開発部門に配属してもらえることに。私は学部卒で、大学院卒のスキルや知識を身に付けていませんでしたが、「やりたい」という気持ちを会社に買っていただけて、それで何とか道が開けたのです。

それ以来、ずっとオーディオ部門に籍を置いています。最初はスピーカーではなく、ハイエンドオーディオであるスーパーオーディオCDの開発セクションで業務に当たっていました。その後、スーパーオーディオCDの業務が一区切りつき、スピーカー開発を担当することになりました。

そのころから、「今までにない全く新しい製品が作れないか」と模索するようになりました。本来の仕事とは別に、コツコツと自分のアイディアを具現化するため原理試作に取り組み、グラスサウンドスピーカーの前身となった「Sountina(サウンティーナ)」の開発に至りました。

開発中には「透明な筒から音を出すなんて、本当に出来るのか?」と言われた時期もありましたが、Sountinaの発売後、オーディオ評論家からは「今までにない音楽体験を感じることができ、しかもデザイン性にも優れている」という評価を受け、自分のやってきたことは間違っていなかったと感じました。

現在もサウンドシステム開発部でスピーカーの開発に取り組んでいます。主にスピーカーの音響構造や駆動システムの開発、または今回のグラスサウンドスピーカーのような商品の音作りを行っています。

「スピーカーの前で聴く」音楽を360度均一に届けられるように

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――エンジニアとして、グラスサウンドスピーカーを開発した際、こだわった点は?

鈴木さん グラスサウンドスピーカーは2008年に発売したSountinaで培った技術をさらに向上させました。ソニー独自のスピーカー駆動技術「バーティカル ドライブ テクノロジー」というものですが、この製品では音質が飛躍的に向上し、透明感のある音色を実現しました。

音の出方としては、従来のスピーカーの振動板に当たるのが透明な有機ガラス管です。その有機ガラス管の下に低歪み、高応答性を追求した新開発の加振器を3個設置しました。この加振器でガラス管の端面を加振すると駆動原理により、人の細かな息遣いや楽器の音色が360度広がります。

円筒状のガラス管は音響部品として非常に重要な為、開発レベルで材料やサイズ、厚さなどもしっかり吟味しながら設計しました。その他のデバイスも、音響特性にふさわしいものをそろえています。

また、ろうそくのように包み込むような温かい光を放つフィラメント型LEDと、その色と調和するようにボディにはペールゴールドのアルマイトを施すなど、デザイン面にもこだわっています。「住空間に溶け込む」というプロジェクトのコンセプトにもマッチしていると思います。
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――どんなジャンルの音楽を聴くのに、このスピーカーは合うのでしょうか。

鈴木さん その質問をたくさん受けるのですが、一番合うのはボーカルの入った曲や、弦楽器・打楽器メインの音楽。この製品の特徴を特に引き出すことができます。

加振器が有機ガラスの端面を叩いて振動させますから、「叩く」という原理は打楽器の「叩く」や弦楽器の「弾く」ことに近い。目の前で演奏をしているかのように聴こえます。

それ以外にも、基本的にどのジャンルも合います。さらに、ラジオのDJなどの声も明瞭に聴こえるので、その場で喋っているようなライブ感を感じることができます。

グラスサウンドスピーカーは、「新しい体験ができる」ことが最も大きな価値だと思います。円筒状の有機ガラス管が音源となっていることから本体を中心に、しかも離れた距離でも音の減衰が少なく、クリアな音が広がります。つまり、これまで音楽は「スピーカーの前で聴く」ことが普通でしたが、グラスサウンドスピーカーを使えばどの場所にいても360度均一に音が届けられるのです。

例えば、レストランなどで従来はスピーカーに近い人は音が大きく聴こえ、遠くの人には聴こえないということがありました。グラスサウンドスピーカーでは、その傾向が大きく軽減されました。音以外にも「LEDの光が昔の真空管を思い起こさせ、ノスタルジックな雰囲気がある」という評価もいただいています。アナログっぽいところに温かみを感じられているようです。

リラックスできる居住空間を活用しながら、新しい体験を届ける「Life Space UX」

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――Life Space UXについて、プロジェクトの狙いを教えてください。

伊良皆杏奈さん(以下、伊良皆さん) 私たちにとって、一番リラックスできるところは今ある家庭の居住空間ではないでしょうか。その空間を活用しながら、新しい体験を届けていくというのがコンセプトです。

例えば今までは、お客様が映像を見る場合はテレビを買って、それを配置すると部屋全体が「テレビを見るための部屋」の配置になり、生活スタイルも部屋の配置によって制限されてしまいました。けれど、家電と空間の在り方は、それでいいのでしょうか。新しい体験を届けながらも、生活空間を最大限に生かせるような部屋であるべきなのではないでしょうか。そこで部屋の中でならどこにいても楽しめて、究極のリラックスを手に入れられる製品を生み出そうと考えて開発した製品群がLife Space UXになります。

プロジェクトは 2年前にスタートしました。現在4つの製品があり、最初に発売したのは4K超短焦点プロジェクターの「LSPX-W1S」です。続いて2015年5月にLED電球スピーカー「LSPX-100E26J」を、2016年2月に、グラスサウンドスピーカー「LSPX-S1」と、ポータプル超単焦点プロジェクター「LSPX-P1」も販売を開始しました。そして、今年の5月23日にはLED電球スピーカーの後継機「LSPX-103E26」を発売しました。LED電球とスピーカーを一体化することで、空間をそのまま生かしながらワイヤレスで音楽などを再生できる商品です。

今後もこれらの商品に続いて、新しい使い方ができる商品、新しい体験ができる商品の開発に取り組んでいく方針です。また、映像と音に関連した製品以外にも、壁や天井や床など、居住空間を生かすことができて、スペックが高い上に五感にも響くようなものを商品化していきたいですね。

――ソニーにおけるこのプロジェクトの位置付けは。

伊良皆さん これまでと同じく、「高付加価値化を進めていく」というソニーのものづくりの姿勢は変わりません。

一方で、ユーザーのニーズが多様化する中で、このプロジェクトでは「何ができるか」を新しく提案していくことに重点を置いています。また、当プロジェクトで発売した商品に対しては、すぐに売上を求めてもいません。

それだけに、新たな販売ルートを広げるという意味も込めて、インテリアショップや素晴らしい居住空間が備わったホテルなどへの導入にもチャレンジしています。

デザイン性も高く、さらに機能面でもソニーの技術を継承しています。単なるおしゃれ家電とは一線を画して、デザインも機能も優れた商品として広く認識していただいています。
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――これまでの購入者の層は。

伊良皆さん ホテルやレストランで使われるほかに、実売価格が7万4000円前後と手頃な価格であるため、個人ユーザーが購入するケースもあります。こちらのスピーカーは透明感のある高音質に感動されるだけでなく、間接照明として多くの方が使用しています。年齢でいうと今のところ限られた時間を充実させたい30代以上の女性や40代以上の男性の方が特に多いですね。

持ち運ぶのにも便利であることから、リビングで音楽を楽しんだ後、寝室に持っていき、スリープタイマーを使ってまた音楽を聴きながら眠りにつくといった使い方をする利用者もいるようです。その方からは「ライフスタイルが変わった」という意見もいただきました。
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まだ伸びしろがあるバーティカル ドライブ テクノロジーの改良にチャレンジ

――グラスサウンドスピーカーの今後の展開について、教えてください。

伊良皆さん とにかく商品を体験していただくことが先決だと考えています。そのための体験の場を増やしています。

銀座、名古屋、大阪、福岡天神のソニーストアなどで展示していますが、さらに充実させたいですね。海外でもラスベガスで開催のCESや ベルリンで開催のIFAなどの世界的な展示会に出品して、日本以外のユーザーにも体験してもらう機会を増やしています。

――今後のエンジニアとしての目標について教えて下さい。

鈴木さん グラスサウンドスピーカーはさらに進化できると考えています。既存のスピーカーは長い期間を積み上げてきた技術の歴史がありますがグラスサウンドスピーカーに搭載したバーティカル ドライブ テクノロジーは、2008年に商用化した新しい技術で、まだ伸びしろはたくさんあります。バーティカル ドライブ テクノロジーを使ったスピーカーをさらに進化させ、部屋中どこでも上質な音楽を楽しめコミュニケーションが図れる新たなスタンダード製品を創ることが、今の目標です。

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