理化学研究所(理研)は2019年1月25日、東京大学と共同で、電子間に働くクーロン相互作用(電子相関)が極めて強い場合でも、電子の移動度が極めて高い「ディラック半金属」の状態が、ペロブスカイト型結晶構造を持つイリジウム酸カルシウム(CaIrO3)で生じていることを発見したと発表した。電子相関により電子間の反発が強まると電子の移動度は下がるのが普通だが、今回の発見はその常識を覆すものだという。
ディラック半金属は、相対性理論の運動方程式に従う特殊な電子(ディラック電子)が電気特性を担い、「移動度が極めて高い」「電気抵抗の起源となる不純物による散乱を受けにくい」「エネルギーロスが少ない電流を流す」など、通常の物質と異なる電気伝導特性を示す。そのため、電子デバイスの高速化や省電力化につながる可能性がある。特に注目されるのは、電子相関が強くなっても電子の移動度が落ちないことだ。通常の金属や半導体では電子相関が強くなると、電子が互いに反発し合い動きにくくなり、場合によっては絶縁体状態になることさえある。
ディラック半金属が示す物理現象は物性物理学の最先端の課題の一つだが、強い電子相関で高い移動度のディラック電子を持つディラック半金属を実際に証明した研究はこれまでほぼなかった。そこで共同研究グループはその候補として、ペロブスカイト型結晶構造を持つCaIrO3に着目。その単結晶の合成成功を報告した研究は従来なかったが、超高圧合成法を駆使した作製法を新たに開発し、精密物性測定を行えるCaIrO3単結晶の合成に成功した。
研究グループが、その電気伝導度を測定したところ、極低温の0.12K(約−273℃)で極めて高い電子移動度(6万cm2/Vs)を示すことが分かった。この値は既存の酸化物半導体ではほぼ最大値となる。さらに磁場中で電気伝導度を測定したところ、「シュブニコフ・ド・ハース振動」という高移動度電子に特徴的な電気伝導現象が見られた。その現象を詳しく解析したところ、ディラック電子のバンド分散(電子のエネルギーと運動量の関係)の特異点がフェルミエネルギーのごく近傍に近接したディラック半金属状態が生じていることが判明した。
研究チームは、この結果から「電子のキャリア密度と見かけの重さである有効質量が極めて小さくなり、高い移動度の起源となっている」と考え、精密な理論計算を行いその起源を探った。その結果、電子相関によりディラック電子のエネルギーが変化することで、この電子状態が生じていることが判明した。電子相関が強まるほど、バンド分散の特異点のエネルギーがフェルミエネルギーに近づくことが明らかになった。また、実験結果と比較することで、実際の物質では電子相関の強さが2eV程度であることが分かった。既存の多くの物質では、この強さの電子相関が働く場合には、電子の移動度は極めて小さいため、そのことからもCaIrO3の特異性がうかがえるという。