複合機の組み込みソフト開発から、SIerへ。広い知見と培った技術、多種多様な視点で新たなエンジニア人生を切り開く――情報戦略テクノロジー 浅葉喬史氏

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株式会社情報戦略テクノロジーは、クライアント企業のシステム内製支援をおこなうSIer。クライアント先内部に常駐し、お客様の要求に応えて開発するだけでなく、「システムのプロ」としてソリューションを提供したり、改善を提案したりする。ゲームの開発を学んだことがエンジニアの入り口だったという、ソリューション本部 技術部 課長の浅葉喬史氏は現在、技術部のマネージメント業務を行いつつ、エンジニアとして客先で仕事をしている。(執筆:杉本恭子、撮影:水戸秀一)

――専門学校ではゲーム開発系の学科で学んだそうですね。

小学生の頃からゲームが好きで、高校に入学したころからコンピュータに興味を持ち、IT系の仕事に就きたいと考えていました。

高校卒業後にいったん大学の理工系の学部に進学しましたが、仕事に繋がる具体的なイメージが描けず2年生の時にやめてしまい、専門学校に入り直しました。ゲームの開発は大きくわけると企画、システム、描画という仕事がありますが、私は企画やシステムの仕事がしたいと思っていました。

しかし学んでいくうちに、ゲームの開発はアルゴリズムやシステム設計、アニメーションをリアルにするための数学や物理の複雑な計算など、かなり泥臭い作業が2~3年続くことがわかってきました。これを続けていたらゲームを好きでなくなってしまう。趣味のままのほうがいいと考えるようになり、就職先には、いろいろな業界でシステム開発の経験が積めそうなエンジニア派遣の会社を選びました。

――最初の仕事は。

ビジネス複合機のテストでした。テスト管理も含めて4年ほどテストの仕事をしましたが、やはり開発がしたいと思い、組み込みソフトウェアの研修を受けました。

次の派遣先も複合機で、トナー切れなどをセンターに通知する機能の基本設計から結合テストまでを担当しました。その後、通知機能の拡張に携わりましたが、カウンタやプリンタの状態など他のチームに依存する多くのデータを集めなければならず、データの受け渡しや入力など、手作業のミスに起因する障害が多発。手作業の部分は可能な限り自動化したいと考え、客先のマネージャーに提案して自動化に取り組みました。当時4~5機種の開発が同時進行していましたが、1機種あたり開発工数を200時間、障害数を約80%削減することができました。

エンジニアとマネージャーの仕事はかけ離れたものではない

「いい意味で面倒くさがり屋」。だから開発現場でも社内の仕組みでも、非効率なことは改善したくなる

――32歳のときに、情報戦略テクノロジーに転職されました。組み込みソフトとは分野の異なる業務システムについて、不安はありませんでしたか?

複合機の開発をしていて、仕事の範囲があまり広くないと感じていました。転職にあたっては、それまで培った技術で異なる分野へ挑戦することになる訳ですから、怖さもありましたが、私は限られた範囲の仕事をそのまま続けていくことの方が不安だったのです。業務システムの開発も、データベースを扱うのも初めてでしたし、失敗もしましたが、仕事をしながら学んでいきました。

――転職後はずっと金融関連のシステム開発に携わっていますが、自ら希望したのですか。

実は当社に入社した時点では、Web関連の開発をしたいと思っていました。金融関連の案件を担当したきっかけは、当時依頼のあった最初の案件が、私が前職で培ったC/C++の技術が必要とされていたので、私がアサインされたのです。異業種が立ち上げた金融の業務システムで、システム自体の開発のほか、開発の仕組みの自動化や効率化といった改善も担当しました。

またその頃から個人的な興味で、金融・会計などビジネス面の勉強もしはじめており、そこで得た知識が今の仕事につながっています。

この案件での仕事ぶりはもちろんですが、その頃勉強したビジネス知識を評価していただき、その後は銀行の外貨預金のシステムを続けて二社担当。近年はFinTech(フィンテック)とも言われる、Webを活用した新しい金融サービスが登場しており、結果的に私の仕事も、当初希望していたWeb開発に近くなってきています。

――今は、客先に常駐するエンジニアとしての仕事と同時に、課長として技術部のマネージメントもされているのですね。

はい。私が所属している技術部は、メンバーがそれぞれ持っている技術的な強みを活かして、新しいお客様を開拓していくという役割を担っています。私は、常駐先では当社のエンジニアを取りまとめるリーダーでもありますが、業務後は毎日自社に戻って、それぞれ別のプロジェクトで活動している他のメンバーのプロジェクトの進捗管理や、目標管理等のマネージメントも行っています。

今私は40歳ですが、当社に入社する時点で、将来マネージャー、リーダーになるポジションだったこともあって、この年齢には完全なマネージャー職になっているかなとイメージしていました。エンジニアとしてシステムを開発したり効率化したりすることは好きですし、マネージャーの視点で業務を改善することもおもしろく、私の中では、両方の仕事はそれほどかけ離れたものではないですね。

エンジニアの能力は多種多様であってほしい

座右の銘は「自らの欲するところをもって、まずは行え」

――ご自分の強みはどのようなことだと思っていますか?

経験のないことでも、既存の知識を応用して対応できることかなと思います。組み込みの仕事をしていた時も、Web系など組み込み以外の世界にも視野を広げて知識を深めるように心がけていました。それがあったことで、後々業務に適応できたりとか、得た知識を活用して、もっと広い分野を学ぶことができたように思います。

――では、浅葉さんが考えるエンジニアにとって必要な能力はなんでしょうか。

多種多様な視点や考え方を受け入れる柔軟性が必要だと思います。企業としても、業界全体としても、いろいろな人がいて、いろいろな観点があったほうがよいシステムができると思います。

エンジニアを続けるという意味では、少しでも自分が興味をもったことを学び続けることは大事だと思います。学ぶことで今よりもっといろいろなことができるようになるし、仕事の幅が広がると思います。それには、そもそもものづくりが好きでないと難しいですね。

今は、学ぶ環境がとても充実しています。たとえば、インターネットで講義を受けることもできますし、実践環境も構築しやすくなっている。この学びの環境をうまく活用していきたいです。

5歳の女の子の父である浅葉氏。「娘にはどんどん外の世界を経験させたい、海外の大学に入るのもいいと思う」

――今後どのようなことをしたいですか。

これまで金融関係のシステム開発に携わってきましたが、当社は、新たな事業の立ち上げに積極的な考えを持っていますから、金融の分野、もしくは自分が持っている技術を活かして、何か新たに事業化できたらいいなと思っています。経営にも興味があるので、10年後ぐらいには、その新規事業によって多くのエンジニアやスタッフを動かせるようになっていたいですね。

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ライタープロフィール
杉本 恭子
幼児教育を学んだ後、人形劇団付属の養成所に入所。「表現する」「伝える」「構成する」ことを学ぶ。その後、コンピュータソフトウェアのプログラマ、テクニカルサポートを経て、外資系企業のマーケティング部に在籍。退職後、フリーランスとして、中小企業のマーケティング支援や業務プロセス改善支援に従事。現在、マーケティングや支援活動の経験を生かして、インタビュー、ライティング、企画などを中心に活動。心理カウンセラー。


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