熱力学を駆使して高温融体と過冷凝固の理論化に取り組むパイオニア――千葉工業大学 先端材料工学研究室

千葉工業大学工学部 先端材料工学科教授 小澤俊平氏

長年に渡って日本の基幹産業を支えてきた鉄を中心とした金属素材の研究は、歴史ある鉄鋼工学や金属工学といった学問として体系化され、確立されてきた分野と言えるだろう。また、最近では古典的で重厚長大なイメージを払しょくするため、非鉄・無機材料を中心とした研究へとシフトする流れもある。

千葉工業大学工学部の先端材料工学科も、金属はもちろんのこと、半導体やセラミックスを含む無機材料全般を扱っているが、大きな特徴は、鉄や合金に関連する未解明の課題や現象に対し、従来とは違う新たな視点から取り組んでいることだ。

熱力学や物理化学を駆使し、これまで知られていなかった高温材料の特性を明らかにしつつ、新たな機能や特性を備えた材料の開発を目指す、千葉工業大学工学部 先端材料工学科 小澤俊平教授にお話を伺った。(執筆:後藤銀河、撮影:水戸秀一)

――主な研究テーマについて教えて頂けますか?

[小澤教授]うちの研究室で扱っているテーマは、多岐にわたっていて、まとめて説明するのは難しいのですが、その1つに「アルミニウム合金のろう付け」があります。

自動車のラジエターやエアコンなどに使われている熱交換器は、軽くて熱伝導率が良いアルミニウム合金を使って作られています。これは冷却水や冷媒が流れるパイプの周囲にアルミの放熱フィンを接合した構造をもっていますが、この接合に「ろう付け」と呼ばれる方法が使われます。

アルミニウムを多く含む合金を大気中で溶解すると、多量の酸化被膜が生成します。そこでアルミの接合には酸化物などの不純物を除去するため、フラックスを使う必要があります。ところが、このフラックスはろう付け後に洗浄しても、完全には除去できないことがあります。熱交換器に残留したフラックスが、他の部品などに悪影響を与えて故障を引き起こすことがあるため、安全上の問題から、フラックスを使わないろう付けプロセスを研究しています。フラックスが無くなれば、コストも下がりますし、工業的にもとても有意義な研究です。

極低酸素分圧下でフラックスを使わないアルミの接合プロセスを実現

――アルミは酸化しやすいので、溶接や接合は難しいというイメージがあります。

[小澤教授]大気中の酸素濃度は25%ほどですが、酸素分圧をどんどん下げていくと、実はフラックスを使わなくても接合できるようになります。イメージとしては、大きな体育館の中に酸素原子が1個あるくらいのレベル。それでもアルミは酸化してしまいますが、ちゃんと接合できます。ただ、酸素を減らしていく機械が大変高価なため、工業化には至っていません。

極低酸素分圧環境を作る酸素ポンプ実験装置の前で。酸素分圧を極限まで下げることで、フラックス無しでのアルミのろう付けが可能になる。

――アルミの酸化具合と関係があるのでしょうか?

[小澤教授]ろう付けのプロセスがどうなっているのか、これまで実際に見て解析した人がいないんです。そこで2018年に実験装置を作製し、直接見ています。ろう付け後の組織を見るのではなく、まさにその場を観察できるような装置になります。

ろう付けプロセスで何が起きているのか、実際に観察するための試験装置。

[小澤教授]この装置を使って、接合しようとする板の隙間に、ろう材が延びていく様子を観察しました。どういう条件のときに流れが良く、接合できるのかを調べ、ろう材と母材を改良することが出来ました。

このプロセスには、酸素が少なくなって酸化しにくくなることに加え、「表面張力」が影響していることが見えてきました。ろう付けの流れは表面張力によって変わり、その表面張力は酸素によって変わるということです。この表面張力も、当研究室の重要なテーマです。

――ろう付けのプロセスを研究する中で、溶融金属の表面張力に着目されたわけですね。

[小澤教授]液体の表面張力に違いが生じると、液体内では対流が起こります。これは「マランゴニ対流」と呼ばれる現象ですが、分かり易い例として「ワインの涙」と呼ばれる現象を説明しましょう。

きれいなワイングラスにワインを注ぐと、グラスの壁をワインがのぼって流れ落ちる「ワインの涙」と呼ばれる現象が起きる。

[小澤教授]ワイングラスの壁の張り付いた薄い部分のアルコールが蒸発することで、そこのアルコール濃度が薄くなって、表面張力が高くなります。上に引っ張る力がさらに強くなるため壁をのぼっていきますが、そのうちに重くなって下に落ちていきます。これが涙のように見えることから、「ワインの涙」と呼ばれています。

――金属というと固体のイメージが強く、流れや対流と言っても想像しづらいように感じましたが、ワインが例だと分かり易いですね。

[小澤教授]表面張力を知ることで、液体の対流を理解することができるわけです。ただ、低融点の物質なら表面張力の測定も簡単ですが、高温の金属の表面張力の測定は、とても難しい問題でした。

――金属の表面張力はどのように測定するのでしょうか?

[小澤教授]静滴法と呼ばれる方法では、板の上に液体を乗せ、その形状から計算します。ところが高温の金属を測定しようとすると、この方法では板材と反応してしまって、不純物が混入してしまい、正しい表面張力が測定できません。

溶鉄の表面張力の測定値は、年代とともに値が変わってきたという。

[小澤教授]この図は横軸に年代をとった溶鉄の表面張力ですが、こんなに値が変わってきています。おかしなことですが、おそらく昔は鉄の純度が低かったことや、表面張力に影響を与える雰囲気中の酸素の検討が不足していたためと考えています。

電磁浮遊装置を用いて金属高温融体の表面張力を測定

[小澤教授]より正確に表面張力を測定するため、基板との接触のない「無容器プロセス」という技術がありますが、その一例として、電磁浮遊炉による表面張力測定について説明します。

コイルで試験片を浮遊させながら溶融する電磁浮遊装置。

溶けた金属試料をローレンツ力によって空中に浮かせて観察できる。

[小澤教授]この方法では、直径5ミリほどの金属球に、IHヒーターと同じような原理でコイルを使って電流を流して加熱すると同時に磁場を発生させ、ローレンツ力によって浮かせています。壁などに接触しない状態なので、試料と測定治具との化学反応について考慮する必要がなく、より高い温度での測定が可能になります。そして、溶けた金属球の表面の振動数を測定することで、表面張力が計算できます。

酸素の影響があることで、温度と表面張力の関係は3次元的になる。

[小澤教授]このようにして測定した表面張力-温度-雰囲気酸素分圧の一例が上のグラフです。純粋な状態では青線のように直線となりますが、酸素分圧が高くなると酸素吸着によって、赤線のようなブーメラン形の表面張力挙動となることが、初めて実測できました。

――高温金属の表面張力を知ることで、例えばどのようなメリットがあるのでしょうか。

[小澤教授]溶接や接合といったプロセスは、これまで経験豊富な職人の技として、経験的に条件を決めてやっていました。ところが高齢化のため職人が少なくなり、付加価値の高い加工が難しくなったり、これまで出来ていたことも出来なくなっているという課題があります。これを解決するため、シミュレーションをやろうとしていますが、そのシミュレーションに必要な表面張力のデータを、このような測定によって得ることができます。

溶接時にシールドガスに酸素を混ぜることで溶け込みが深くなることは経験的に知られていたが、これは表面張力とマランゴニ対流の関係から説明できる。

[小澤教授]鉄に含まれる酸素の量が多いと、表面張力は低くなります。しかし温度が高くなるにつれて鉄から外に逃げる量が増えると、表面張力が高くなることがわかりました。

アーク溶接では溶けた金属の形状、溶接池といいますが、この形状は溶接品質と関連しています。酸素が多い場合の表面張力は,溶接時にはアーク直下の温度が高いところで高くなり、溶接部周囲の温度が低いところで低くなります。これが、溶け込みが深くなる理由。つまり、溶けた金属の対流が変わるため、溶接池の形状が変わるということです。これは実際に酸素量を変化させた溶接部の断面形状をよく説明しています。

――溶接に使うシールドガスの組成を変えると溶け込み深さが変わることは知られていますが、それが酸素分圧や表面張力による対流のためだと突き止めたわけですね。

[小澤教授]溶接業界では、この現象について長きに渡って議論されていたと聞いています。当研究室が国のプロジェクトに参加し、初めて表面張力を測定したことで、表面張力によって溶接部の形状が変わることの証拠を見つけました。

この無容器プロセスでは、表面張力の測定の他に「過冷却」も実現できます。

――過冷却というと、0℃以下でも水が凍らないという現象のことでしょうか?

[小澤教授]はい、不純物のない水を、振動を与えないようにしながら静かに冷却していくと、0℃以下でも液体のまま固体化しません。これを過冷却と言います。ここでは、高温の金属融体が凝固点以下の温度でも液体のままでいるということです。金属の温度と表面張力の関係を示すグラフの傾きを知るためには、出来るだけ幅広い温度範囲での測定が必要で、それには高温側だけでなく、低温側も重要です。この低温側を測るために必要なのが過冷却です。

高温金属融体の表面張力データは、これまでほとんど測定されていないという。

[小澤教授]固体化、結晶化は、主に容器の壁から起こりますが、液体試料を浮かせた状態で保持できる浮遊法にはその壁がないため、過冷却の状態にし易いという特徴があります。溶けた金属を過冷却状態にすることで、融点から200~300Kくらいまで温度を下げても、液体として表面張力を測定することができます。

また、普通に平衡状態で凝固させて作る金属間化合物については、非常に多く調べられていて、新しい化合物を見つけるのは容易ではありません。同じ組成の原料を使っても、過冷却した状態から凝固させることで、今までとは違う、これまで知られていない新しい特性を備えた材料ができる可能性があります。

一例として、過冷却プロセスによって、磁性と誘電性を併せ持った材料を生み出すことに成功しました。まだ工業的に利用するためには課題がありますが、新材料としての可能性があるものです。

溶融金属の温度を測定しながら形状をモニターすることができる。

――今後の主軸としてお考えの研究テーマは何でしょうか。

[小澤教授]何か興味深い新しいテーマがあればとも思いますが、ご紹介したアルミの接合と表面張力については、当面研究を続けようと思っています。特に酸素分圧まで考慮した表面張力のデータは他にはなく、様々な業界から必要とされているものです。

日本国内で、こんなに高温まで金属融体の表面張力を正しく測っているところは、ほとんどありません。これまでは実験装置もありませんでしたし、理論的な説明も出来ていませんでした。私自身も、最初に酸素分圧の大小で傾きが逆になるという実験結果を初めて見た時は、何かの間違いだろうと思ったくらいです。それまでの定説とは異なる新発見なので、発表するときには葛藤もありましたし、論文発表したときは、かなり議論を呼びました(笑)

――先生が研究者として目指したいことを教えてください。

[小澤教授]新しい学問を作りたいですね。高温融体の表面科学というものは、非常に難しいもので、確立されたものとはいえません。過冷却も同じで、新しい化合物ができたあとに、なぜそれができたかという理由は大抵わかります。ところが、やる前にその結果がすべて予測できるとは限りません。これが過冷凝固の科学です。理学的、学問的なこともやりながら、例え狭い分野でも産業界の困っていること、ニーズを解決できればと思っています。

――最後に学生の方に対してメッセージをお願いします。

[小澤教授]目に見える現象に興味を持ったら、なぜだろうと考えてみる。これを何度も繰り返していくことで、研究に対する理解が深まっていきます。うちの研究室では、失敗を恐れるのではなく、学生のやりたいことを自由にやらせています。とにかく自分で繰り返し考えてみることを習慣にして欲しいですね。

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ライタープロフィール
後藤 銀河
アメショーの銀河(♂)をこよなく愛すライター兼編集者。エンジニアのバックグラウンドを生かし、国内外のニュース記事を中心に誰が読んでもわかりやすい文章を書けるよう、日々奮闘中。


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