場所や環境に左右されず、様々な形状にメッキが可能。オンサイトプレーティング技術で顧客の課題を解決――港メッキ工業所

日本には、約22万もの工場があります(総務省・経済産業省 平成28年経済センサス―活動調査 製造業に関する結果。従業者数4人以上の製造事業所数)。その99%以上が従業員数300人以下の中小企業。いわゆる「町工場」などが含まれます。本コラムでは、そんな町工場の持つ技術や取り組みについて、元機械設計エンジ二アの工業製造業系ライターがお伝えします。

今回訪れた有限会社港メッキ工業所は、70年以上の歴史を持つメッキ工場です。大型の銀メッキ槽を持ち、ホテルから依頼される銀食器や銀器のメッキ修理を中心に、各種メッキ加工を行っています。近年では、メッキ槽を使わず、現地で各種素材のメッキ加工が行える、オンサイトプレーティングの技術により、事業の幅を広げています。社長代行の田口泰輔氏をはじめ、弟の洋輔氏、社員の山谷氏に工場、会社の特色やオンサイトプレーティング技術の詳細をお聞きしました。(執筆:馬場吉成)

インタビュー 有限会社港メッキ工業所 社長代行 田口泰輔氏、田口洋輔氏、山谷創太氏

左が社長代行の泰輔氏。右が弟の洋輔氏

――工場の特色を教えてください。

[泰輔氏]当社では、銀食器や銀器のメッキ修理などの一般のメッキと、現地に出向いて各種メッキ加工を行うオンサイトプレーティングを行っています。戦前には軍刀の製造を行っていましたが、終戦と同時に廃業しました。その後、昭和25年(1950年)に軍刀の研磨、メッキの技術を活かして、メッキ工業所を創業しました。昭和62年(1987年)に今の場所に移転して、法人組織として有限会社港メッキ工業所となりました。

[山谷氏]現在の仕事は、食器関係のメッキがメインとなっています。ホテルからの注文は時期が重なる傾向があり受注件数に波があります。そこで、事業の安定化を狙って15年ほど前からオンサイトプレーティングを始めることになりました。今はそちらの方が、受注数が伸びています。

銀器は再メッキの後、仕上げ研磨を行う。

――オンサイトプレーティングとはどのような技術なのでしょうか?

[泰輔氏]一般的なメッキは、メッキをしようとする金属イオンが含まれるメッキ液が入ったメッキ槽に、処理品を入れます。メッキしたい金属を陽極、処理品を陰極として電流をかけることで、電気分解反応によりメッキが行われます。オンサイトプレーティングはメッキ槽を使わずに、移動できる電極とメッキ液を用いて、現地で各種のメッキ加工を行う技術です。似た技術に筆メッキというものがありますが、オンサイトプレーティングはそれをより高精度にした工業版と言えます。アメリカのSIFCO社の技術を採用して、当社で一部改良を加えました。

[山谷氏]メッキ槽を使わないので、基本的にメッキのできる大きさの制限はありません。必要な部分に必要な厚みのメッキができます。場所や環境に関しての制約も少ないです。電極を入れることができない狭い場所などでなければ、電極の形状を改良することで、大体の形状や大きさのものにメッキが行えます。航空機のランディングギアへのコーティング、発電所のタービンの補修やブスバーへの銅メッキ、石油プラントの油圧シリンダーのクロムメッキ部分の内径への肉盛り、印刷用シリンダーの補修、船舶のディーゼルエンジンのシリンダーブロック摺動面の補修など、様々な場所、製品にメッキを行っています。

オンサイトプレーティングよる板材へのメッキ。溶液をしみこませた電極を滑らせる。

[泰輔氏]この技術は、もともとは軍事用に使われることが多かったのです。例えば、飛行機の車輪の軸には腐食防止のために耐塩性のカドミウムメッキが施されています。補修の際には、飛行機の足を外してメッキするわけにはいかないので、飛行機のある場所へ赴き、部分的にメッキを行わなければなりません。他にも、シリンダーで直径が1000mm、2000mmのように大きく、スペアロールもないようなもので、傷や打痕が入ってしまったような場合も、その場に行って部分的なメッキを行い補修します。

また、大型の部品の場合、無電解ニッケルメッキを海外で施し、その後日本に持ってくることが結構あります。製造の工程で、設計変更や寸法修正が必要になってしまって削ることになったり、輸送中に事故でぶつけてしまうこともある。そうすると、一部分だけメッキが剥離してしまったり、削ってしまったところは地金が出てしまうことも。もう一回メッキ工場に持って行って、全部はがして再メッキを行うのは大変です。そういうときに、当社の技術を使って部分的に補修ができます。

傷の補修では、肉盛り溶接という方法もありますが、やはり溶接ですから、高熱が加わります。そうすると、部品が熱で歪んでしまう。しかし、メッキによる肉盛りだと40度から50度ぐらいの熱で済むので、熱歪みがおきません。また、肉盛り溶接だと厚みのコントロールが難しいのですが、オンサイトプレーティングならば電流の調整で、ミクロンオーダーで厚み調整ができます。当社のオンサイトプレーティングは、一般的に使われているメッキだけでなく、合金にも対応しています。硬度の高いニッケルタングステン合金のメッキを、現場に行って、部分的にミクロンオーダーで施すことが可能です。

オンサイトプレーティングによる傷の補修。 写真提供:港メッキ工業所
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――どのような分野からオンサイトプレーティングの依頼があるのでしょうか?

[洋輔氏]施工例からすると、特定の分野が多いということはなく、多種多様な分野から依頼があり、その多くが新規の案件です。この技術を知った会社から、これをやってほしい、これができないかと依頼がきます。対応した依頼は、メッキ槽では対応が難しい大きいものや、装置に組み込まれてしまっていて分解が難しいものなど、様々です。採用後に、当社の技術を評価していただき、リピートしてくれる会社が多いですね。大きなメーカーで、10年以上お付き合いのある会社もあります。

コバルトメッキによるシャフト補修の様子。 写真提供:港メッキ工業所

[泰輔氏]オンサイトプレーティングの技術を知ってもらうため、自社のホームページを作成しています。そこからこの技術を知った、宇宙航空研究開発機構(JAXA)からの依頼もありました。疑似的に宇宙空間を作る設備に使用される、2畳分ほどの大きな部品に金メッキを施したいと。それも、片面だけにメッキを施して金の性質が欲しいというものです。国内で、そのサイズの金メッキに対応した大きなタンクを持っているところはほとんどありません。また、部品の中に配管が走っているので、その中に液体が入るのを嫌っていました。これらの条件をクリアするのに、当社のオンサイトプレーティングの技術が最適だったのです。

船内での現場補修の様子。 写真提供:港メッキ工業所

――今後取り組みたいことや、エンジニアの方々に向けてのメッセージをお願いします

[洋輔氏]先ほどのJAXAからの依頼のように、一部だけメッキを施しつつ耐食性・耐摩耗性など機能を加えたいときに補修に限らず一つの新しい加工方法として、このオンサイトプレーティングの技術を提案していきたいです。新品同様に戻すのは当たり前であって、さらにプラスアルファの価値も付加できる技術として、もっと利用していただければと思います。従来の固定観念にとらわれず、オンサイトプレーティングならばできる。そんな選択肢の一つとして提案していきたいと考えています。

[山谷氏]今後もオンサイトプレーティングの可能性積極的に提案していきたいです。また、お客様から、「こういうことができないか」と相談をいただければ、それに対しての方法を我々の持つ技術で解決させていただければと思います。新しい技術の一部に、我々のオンサイトプレーティングを是非入れていただければと思います。


オンサイトプレーティングの作業動画 動画提供:港メッキ工業所

新しい技術を取り入れ事業の多角化と安定化

港メッキ工業所は、長い歴史があり、一見昔ながらのメッキ工場でありながら、新しい技術を積極的に取り入れている先進的な工場でした。仕事の波や将来性を考え、海外の新技術を取り入れて多角化を行うことは、大企業でも躊躇することがあります。メッキという、自社が長年積み重ねてきた技術と経験の中に、新たな技術をうまく取り込み、事業の安定化に成功している事例として、興味深い点が数多くありました。

また、インターネットを使ってその技術を宣伝することで、新しい顧客の開拓にも成功しています。お客様が必要としている技術や製品を用意し、それを宣伝して知ってもらうという、現在の中小企業が苦手とするサイクルがうまく回っていました。オンサイトプレーティングの技術がどのような活用のされ方をしていくか、今後も注目していきたいと思います。

工場基本情報

社名 有限会社 港メッキ工業所
事業内容 メッキ業 銀食器・銀器メッキ修理、オンサイトプレーティング
所在地 〒124-0014 東京都葛飾区東四つ木4-49-1
ホームページ http://mm-ag.jp/index.html
Mail info@mm-ag.jp
電話番号 03-3696-3731
FAX 03-3696-8845
従業員数 6
設立 1950年
設備リスト
大型光沢銀メッキ槽(2000L)

オンサイトプレーティングにより、大型機器や設備等を分解する事なく、必要部位をメッキにて補修


ライタープロフィール
馬場 吉成
工業製造業系ライター。機械設計の業務を長く経験。元メカエンジニアで製造の現場を直接知るライターとして製造業向け記事、テクノロジー関係の記事を多数執筆。大学時代にプロボクサーをやっていて今はウルトラマラソンを走り、日本酒専門の飲食店も経営しているので時々料理や体力系ネタ記事も書いています。


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