- 2020-10-20
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~ 「水素社会」の実現に向けて、FCVと燃料電池の最新事情をエンジニアリングの視点から読み解く~
本記事は、エンジニア専門の人材紹介会社メイテックネクストへの取材を通じて、FCVと水素社会に関する技術動向と転職市場を連載でお伝えしていきます。
今回は「FCVと燃料電池が目指す水素社会」と題し、究極のエコカーとも言われる燃料電池車開発の最前線や、日本が国策として取り組む水素社会実現に向けての課題、求められているエンジニアなど、最新技術や関連業界を目指すエンジニアのキャリア形成に参考となる情報をお届けしていきます。
第1回目では「水素社会の実現に向けた官民の取り組み」を取り上げ、水素エネルギー利活用の意義や水素社会実現に向けた様々な活動に触れました。第2回目となる今回は「FCVと燃料電池の現状と課題」について、メイテックネクスト 代表取締役社長の河辺真典氏にお話を伺いました。
――長年内燃機関を中心としてきた自動車産業ですが、EV化の流れの中で勢力図が塗り替えられようとしています。FCVでも同じようなことが起きるのでしょうか。
[河辺氏]今の自動車産業のピラミッド構造が壊れるところまでいくかどうかは分かりませんが、業界には危機感はあるでしょうね。EVでは突然テスラのようなカテゴリーキラーも登場してきましたし、中国では地元資本の中小EVメーカーが乱立しています。最新のEVというだけで、従来の自動車の品質評価基準で言えば、取り立てて優れているわけでもない自動車に大金を払う人がいるわけです。これまで同価格帯の高級車のイメージとして、内装の質感やドアの開閉音などに自動車メーカーは長年取り組んできましたが、新興EVメーカーは、そういうところで戦っているわけではありません。別の価値観に基づいた自動車を作っているのです。
ただ、FCVでもそれが起きるかというと、(新興メーカーが参入するのは)難しいのではないのでしょうか。燃料電池セルの開発にしても、先駆者のトヨタも相当苦労している状況の中、例えば中国の中小企業がいきなり作れるとはとても思えません。仮にFCVを作るとなると、大半はトヨタかトヨタ系列から供給を受けることになるでしょう。大量生産によって、FCVの製造コストを低減することができますから、業務提携という形は可能性があるかもしれません。
――FCVはEVほど簡単に作れないということですね。どのような技術課題があるのでしょうか?
[河辺氏]FCVでは、航続距離を延ばすために気体の水素を70kPaという高圧でタンクに格納します。ところが、水素には高圧にすると金属を腐食させる「水素脆化」という問題があります。水素分子は直径が小さいため、圧力が加わると金属の結晶構造の中に容易に浸透していくわけです。これで微小な組織破壊や亀裂が生じ、金属を脆くしてしまう。一般的なプロパンガスのボンベに高圧の水素を貯蔵したら、タンクがボロボロになって水素が漏れてしまいます。そのため、水素と触れる部分には水素脆化を起こさないような材料、例えば金属であれば水素脆化に強いタイプの特殊なステンレス鋼などを選ばなければなりません。トヨタのMIRAIに搭載されている水素タンクは金属製ではなく、樹脂製のタンクを炭素繊維でグルグル巻いて強化したものが使われています。高圧の水素を貯蔵し、制御する場合、どういう材料が必要でどういう構造にするべきなのか、というのが一つの大きな技術課題です。
また、燃料電池は水素と酸素を反応させています。自動車に搭載されている燃料電池は、固体高分子形燃料電池(Polymer Electrolyte Fuel Cell:PEFC)と呼ばれるものですが、PEFCでは特にカソード(正極)での酸素還元反応を促進するために、高価な白金を触媒として大量に使用しています。FCVのコストを下げるために、このような貴金属の使用量を削減する、あるいは使用しないための研究が行われています。他にも、PEFC内部では水素が酸素と結合して水が発生するわけですが、この水は次の水素の反応を阻害するため、いかに速やかにセル外に排出するのか、そうした設計手法も重要になります。
[河辺氏]EVが台頭してきたとき、それまで自動車の中心だったエンジンがなくなり、駆動系もシンプルになりました。燃料はガソリンから電気へと変わり、ガソリン自動車では数万点の部品が使われていたのが、EVではおよそ3分の1程度と部品点数が圧倒的に少なくなりました。これで、部品サプライヤのビジネスが縮小していくのではないかという懸念が指摘されていますが、FCVに向けても部品サプライヤは多くの準備をする必要があります。
――FCVを開発、生産するために、新しい技術が必要になる、今はその移行期にあるということでしょうか。
[河辺氏]水素の貯蔵法にしても、水素ステーションの数が限られている現状では、MIRAIもクラリティ フューエル セルも70KPaの高圧水素タンクを搭載していますが、多孔質の合金に吸着させて保存する水素吸蔵合金を使うという方法もあります。それぞれに水素脆化や重量などメリットデメリットがあるわけですから、それを踏まえて構造的な知見、材料的な知見、またシステム全体を制御する知見と、これまで自動車業界には十分になかった知見が求められています。
――水素の製造や供給に関してはいかがでしょうか。
[河辺氏]前回、石油の採掘や生成プロセスで発生するような、産業で発生する水素をベースにして考えることが極めて現実的だと申し上げました。EVの電力にしても大半が天然ガスによる火力発電所で作られているわけですが、石油由来の水素については、同じ矛盾を抱えていると言えます。太陽電池と風力発電から電気を作り、それで水を電気分解して水素を作るようなイメージをもって、将来像を描いていこうとするとズレていくわけです。
石油由来の水素があるという前提の中で、技術者として何を考えるのか、水素燃料にどう貢献するのか、二酸化炭素を発生しない水素をどう作るのか、を考える必要があります。前回、日豪褐炭水素サプライチェーンプロジェクトについて触れましたが、これは低品質なため国際的には発電用途で利用されていない安価な褐炭を原料として水素を製造し、日本へ供給しようとする実証実験プロジェクトです。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクトで、事業主体は川崎重工業、電源開発、岩谷産業、シェルジャパンなどによる「技術研究組合CO2フリー水素サプライチェーン推進機構(HySTRA:ハイストラ)」となっています。水素製造時に発生する二酸化炭素は、オーストラリアが進めているCCSプロジェクトと連携し、地中に貯蔵することでCO2フリーを実現するというものです。
――石油プラントや運搬船、貯蔵タンクなどの経験をもつ企業が参加し、褐炭を原料とする二酸化炭素フリーの水素製造、輸送、貯蔵などを研究しているわけですね。
[河辺氏]水素を効率よく輸送/貯蔵するためには、気体としてではなく、-253℃という極低温で液化する液体水素法というプロセスが必要になります。産油国であるサウジアラビアやUAEが水素の利活用を推進しようとするように、石油依存から脱却し、水素社会を実現するのは、新しい人たちが無から作り上げるわけではありません。自動車業界でも、MaaS (モビリティ・アズ・ア・サービス)によって新たな移動の概念が生まれ、カーシェアリングなどの新たなサービスが生まれていますし、「CASE(Connected、Autonomous、Shared、Electric)」の領域で技術革新が進んでいくでしょう。商流や儲けるポイントが販売からサブスクリプションへと変わる可能性はありますが、自動車そのものがなくなるわけではありません。当面は、ガソリンで走る従来の自動車、石油由来の発電方式で作った電気で走るEV、そして石油由来の水素で走るFCVという、3つのソリューションがパラレルにあると考えています。
――次回は、「FCVと燃料電池に関連する求人事情」と題して、お話を伺います。
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河辺 真典(メイテックネクスト 代表取締役社長)
生産技術エンジニアとして5年、リクルートエージェントでキャリアコンサルタントとして8年の勤務経験あり。
弊社のコンサルタントは、転職支援のノウハウと業界・技術知識の両方に長けております。
その上で、単に転職先を決めるだけでなく、
転職先でご活躍いただく「失敗しない転職」をご支援するように心がけております。
取材協力
ライタープロフィール
後藤 銀河
アメショーの銀河(♂)をこよなく愛すライター兼編集者。エンジニアのバックグラウンドを生かし、国内外のニュース記事を中心に誰が読んでもわかりやすい文章を書けるよう、日々奮闘中。