- 2020-10-15
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~「水素社会」の実現に向けて、FCVと燃料電池の最新事情をエンジニアリングの視点から読み解く~
本記事は、エンジニア専門の人材紹介会社メイテックネクストへの取材を通じて、FCV(燃料電池自動車)と水素社会に関する技術動向と転職市場を連載でお伝えしていきます。
これまで、「物流の自動化」や、「アグリテック」 「AI」など、製造業の最新トレンドにスポットをあててご紹介してきました。
今回は「FCVと燃料電池が目指す水素社会」と題し、究極のエコカーとも言われる燃料電池自動車開発の最前線や、日本が国策として取り組む水素社会実現に向けての課題、求められているエンジニアなど、最新技術や関連業界を目指すエンジニアのキャリア形成に参考となる情報を連載でお届けしていきます。
第1回目となる本記事では、「水素社会の実現に向けた取り組み」について、メイテックネクスト 代表取締役社長の河辺真典氏にお話を伺いました。(執筆:後藤銀河、撮影:編集部)
――水素社会に向けた取り組みの背景や現状について、ご紹介いただけますでしょうか。
[河辺氏]最近の状況、世間の見方として、「FCVはEV(電気自動車)に勝てない」という意見があります。トヨタが2014年に燃料電池自動車「MIRAI」を発売し、ホンダも2016年に「CLARITY FUEL CELL(クラリティ フューエル セル)」を発売しましたが、街中で走っているのをほとんど見かけません。2017年に策定された「水素基本戦略」 では、2020年にはFCV4万台、水素ステーション160カ所を実現するというロードマップがありましたが、とても計画に乗っているとは言えないでしょう。
新型コロナウイルスの影響もあって、ある意味、水素社会普及の飛び道具だった東京オリンピック・パラリンピックも延期され、FCVを積極的にプロモーションする機会が失われている感があります。一方で、2020年7月には、テスラの株価が急伸して時価総額が22兆円にもなりトヨタを超え、日産が新型EV「アリア」を発表、航続距離は610kmとガソリン車と比べてそん色ないレベルになってきたりと、EV関係の話題が盛り上がっています。
――出だしから水素社会実現の難しさが感じられるようなお話ですが、やはり課題が多いのでしょうか。
[河辺氏]欧州での脱化石燃料に向けた急速な動きと、中国が国策としてEV関連産業を保護、助成していることが、EVに対する大きな追い風になっているところはあります。だからといって、すべての自動車がEVに替わるかというと、それは難しい。まず電力事情の問題があり、EVを動かすための電力をどうするのか、EV自体はクリーンでも、化石燃料に依存した発電方法で作った電気を使っていたのでは、二酸化炭素排出や環境汚染問題の解決にはなりません。
[河辺氏]もちろん、それに対して再生可能エネルギーだけで発電し、その電気をEVに貯めて、必要に応じて還流する蓄電システムを利用したスマートシティのような発想もあります。ですが、全ての自動車をEVにしようとすると、ニッケル・コバルトといったレアメタル、ネオジム・ジスプロシウムといったレアアースなど、EV向けの蓄電池やモーターを作るために必要な原材料が不足してしまいます。「FCVよりもEV」という考え方には、ここに矛盾があるわけです。
また、経済産業省・資源エネルギー庁が発表した「エネルギー白書2020」には、世界の石油確認埋蔵量について、2018年の石油生産量を元に試算した可採年数は50.0年だとしました。こうなると、経済合理性から考えてもEVへと急激に舵を切る必要性は乏しいと言えるでしょう。
――全ての自動車をEVにしようとしても、電池やモーターを作るのに必要な原材料はないし、当面は石油資源が枯渇するという危惧はない。つまりEV化が正解だとは必ずしも言えないと?
[河辺氏]EVかFCVか、という二者択一ではなく、経済状況や環境に合わせて使い分けていくことが重要です。自動車メーカーによっては、電動化への明確なシフトを打ち出しているところもありますが、新興国のモータリゼーションを支えるためにはガソリン車は絶対に必要です。
例えば、かつてインドが経済発展を遂げたとき、スズキの車がどんどん売れるようになりましたが、同じようにアフリカ諸国もあっという間に経済発展を成し遂げ、モータリゼーションも進化するはずです。新型コロナウイルスの影響や経済摩擦など難しいところもありますが、まだ電力インフラが整っていない国々が多いことを考えると、石油由来のガソリン自動車は、新興国では有効なのです。
持続可能な企業経営には、低炭素への取り組みが不可欠
[河辺氏]ただ、地球環境問題が顕在化してきている昨今、ESG投資(Environment、Social、Governance:環境、社会、ガバナンスという要素を考慮した投資)やSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)が企業経営のサステナビリティを評価する指標とされるようになりました。こうした流れに沿うように、自動車産業も環境を汚さないという前提でいろいろな戦略を用意しています。例えばマツダには、スカイアクティブエンジンで内燃機関の燃焼効率を高め、最適な駆動エネルギーを得ようとする発想があります。全ての自動車がEVになる訳ではないと考えれば、いろいろなソリューションを用意し、適材適所で対応していくという戦略が必要になるわけです。
――内燃機関の進化も含めて、自動車の進化にはバリエーションが必要だということ。中でもFCVは、低炭素社会実現のために外せないということでしょうか。
[河辺氏]ほとんどのエネルギーを輸入に依存している日本にとって、環境問題とエネルギーセキュリティを同時に解決してくれる水素は、次世代エネルギーの本命と言えるでしょう。2050年を視野に入れて、将来目指すべき姿や目標、ビジョンをまとめた「水素基本戦略」が、2017年12月に閣議決定されています。これが水素社会を目指すための国策の基本にあり、関連企業もこのロードマップを意識した事業計画を進めています。
[河辺氏]冒頭に述べた2020年にはFCV4万台、水素ステーション160カ所という数字はこれがベースになっています。この数字を達成するべく、2019年1月にNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)が音頭を取り、トヨタとホンダが参加する「FCV課題共有フォーラム 」を開催してFCVの普及を進めています。FCV燃料電池の技術課題の協調領域について情報交換を進めるなど、良い流れになっています。FCVの普及台数について、2030年で80万台と、乗用車全体6200万台に対して1%強としており、これは現実的な線と言えるでしょう。
こと燃料電池車については、日本の水素・燃料電池技術は世界最高水準にありますから、新たな成長産業として位置づける必要があります。複数のエネルギーポートフォリオを用意するという意味でも水素は外せません。
――では、具体的にどのように水素を確保していくのでしょうか?
[河辺氏]水素は、燃焼時に二酸化炭素を出しません。現在の化石燃料を使うプロセスを置き換えることで、究極の低炭素社会が実現できるわけですが、すべての水素を再生可能エネルギーだけを使って確保するという前提に立つと、それは難しい。
水素というと、私たちが学生時代に化学の実験で試験管を使って集めたような、水を電気分解して作る水素、というイメージがあると思います。実は、石油化学コンビナートの中では、日常的に必要なプラスチック、有機合成物質を作っていて、その中で石油由来の水素が大量に生まれています。石油精製や石油化学におけるプロセスには、水素の製造、利用は必然であって、石油を採掘するとメタンが出ますし、石油を精製する際にも水素を使った水素化処理が必要ですし、プラスチックなどの高分子を製造する過程でも水素が利用されており、水素を製造するインフラはすでに大規模なものが存在しているのです。
石油化学関連産業では水素は普遍的な消耗品として、大量に製造、供給するインフラがある
――産業的には水素は珍しいものではなく、石油由来の水素であれば、多量に使われているのですね。
[河辺氏]もちろん、水素を他の再生可能エネルギー同様に、新エネルギーの選択肢にするためには、調達コスト、供給コストを大幅に引き下げる必要があります。世界的にみると水素に真っ先に着目したのは、実は産油国であるサウジアラビアです。国営石油会社のサウジアラムコは、原油を水蒸気改質して水素を取り出し、発生する二酸化炭素はCCS(Carbon dioxide Capture and Storage:二酸化炭素回収貯留)装置で除去し、将来的に二酸化炭素フリーの水素を供給する計画を明らかにしています。サウジアラビアやUAEなどの産油国は、自国で石油の井戸を採掘し、いわゆるオイルマネーで経済を回しているわけですが、石油をそのまま売るのではなく、石油製品として加工して付加価値を高めて売ろうとしているわけです。
――将来的には再生可能エネルギーによる水素製造の実現を目指しつつ、まずは化石燃料+CCSで二酸化炭素フリーな水素を製造、供給するというサプライチェーンの構築を目指しているわけですね。
[河辺氏]石炭や石油を産出する国々も、将来的な水素社会の実現に向けて取り組みを始めています。サウジアラビアやUAEでは、石油由来の水素を使うFCVのプロジェクトを進めています。日本では、ブルネイと組んで採掘時に利用されていない未利用ガスから水素を製造し供給する国際実証実験が始まっています。オーストラリアとも組んで、褐炭をガス化して水素を取り出し、液化水素として日本に供給するプロジェクトを開始しました。褐炭というのは、不純物の多い茶色の石炭で、火力発電には使いにくい資源でしたが、それを水素源として有効活用しようというものです。
[河辺氏]このように、石油の生産に依存してきた産油国においても、水素を軸に世の中を良くしようという実験プラントの建設が進んでいます。エンジニア的には、太陽電池で作ったエネルギーで水を電気分解して水素を作るというプロセスより、発電した電気をそのまま使うほうが効率は良いと考えるかもしれません。ですが、水素をすべて電気分解で作る必要はなくて、すでに石油化学を中心とした産業界には水素を大量に製造するプロセスもインフラも既に存在していることを理解する必要があります。これを前提にすると、水素社会をどのように実現していくのかというロードマップも、より現実的なものとして捉えることができるでしょう。
――次回は、「FCVと燃料電池の現状と課題」と題して、お話を伺います。
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河辺 真典(メイテックネクスト 代表取締役社長)
生産技術エンジニアとして5年、リクルートエージェントでキャリアコンサルタントとして8年の勤務経験あり。
弊社のコンサルタントは、転職支援のノウハウと業界・技術知識の両方に長けております。
その上で、単に転職先を決めるだけでなく、
転職先でご活躍いただく「失敗しない転職」をご支援するように心がけております。
取材協力
ライタープロフィール
後藤 銀河
アメショーの銀河(♂)をこよなく愛すライター兼編集者。エンジニアのバックグラウンドを生かし、国内外のニュース記事を中心に誰が読んでもわかりやすい文章を書けるよう、日々奮闘中。