名古屋大学大学院医学系研究科の原田研究員(現筑波大学助教)、加藤昌志教授らの研究グループは2022年8月31日、高効率かつ迅速に水に含まれる硫化水素を吸着できる安価な浄化材を開発したと発表した。硫化水素を除去することで、水生生物の生存率を向上できる。
無色の有毒ガスである硫化水素(H2S)は、地下水だけでなく、排水処理場、埋立地、石油精製場等の水にも含まれている。硫化水素は、水中では硫化水素イオンとして存在し、水生生物を非常に低い濃度(0.003-2 mg/L)でも死滅させるため、硫化水素が陸上養殖に使用される地下水にあると、養殖されている水生生物が低濃度でも大きな被害を受ける。
また、水中の硫化水素イオンが硫化水素として空気中に放散されると、腐卵臭を持つ有毒ガスとしてヒトの健康を障害し、死に至らしめることもある。
硫化水素による被害を軽減する対策は、活性炭等の浄化材で空気中の硫化水素を吸着し、除去する方法が知られているが、硫化水素の主要な発生源である水中から、高効率に浄化できる材料は限られている。そこで、ヒ素等の有害元素の吸着材として発明した独自の水質浄化材「ハイドロタルサイト様化合物(MF-HT)」を用いた水中硫化水素の吸着除去効果を調べた。
まず、異なる吸着時間、異なる硫化水素初期濃度による吸着量の変化を調べたところ、MF-HTによる水中硫化水素吸着は45分後に吸着平衡に達した。吸着は化学的反応だけでなく、物理的反応にも関わることが示唆された。また、Langmuir等温吸着式により、MF-HTでの水中硫化水素の最大吸着量は146.5mg/gであると推定。これらの結果から、過去に報告された水中硫化水素吸着材と比べ、最も優れた吸着能力と速い吸着平衡時間をMF-HTが有することが明らかになった。
次に、MF-HTによる実際の環境水中に含まれる硫化水素の浄化効果を確認した。地下水サンプル(n=16)を日本国内4地域から採取し、MF-HT処理前後での地下水サンプル中の硫化水素濃度を測定。その結果、地下水サンプル中の硫化水素濃度が、60分間のMF-HTでの浄化処理で、平均23.9mg/Lから0.56mg/Lに減少。硫化水素を約97.6%除去できた。
さらに、MF-HTでの浄化処理後の地下水サンプルの安全性を評価。微細藻類と微小甲殻類(ミジンコ)に対する毒性を調べたところ、浄化された地下水サンプルの微細藻類に対する生長阻害率が96.1%(2倍希釈時)減少した。ミジンコに対する遊泳阻害率は82.5%(4倍希釈時)減少している。これは、水生生物に対するMF-HTの安全性を示している。
また、吸着前後のMF-HTをXRD、FTIR、SEM-EDX解析を実施し、水中硫化水素の吸着メカニズムを解明。硫化水素吸着後のMF-HTは、炭酸ナトリウム溶液でリサイクル使用できることがわかった。
MF-HTの応用によって今後、効率的に水中硫化水素を除去し、空気中への放散を防止することで、ヒトに対する健康被害の予防や生態環境の保全ができる。また、陸上養殖によく使われる地下水からの硫化水素除去にも有効なため、実用化が期待される。