60カ国以上で使用されているHAKKOのはんだこて。人工衛星から家電製品まで、ものづくりの最前線で活躍するエンジニアに愛されている。
そのはんだこてを長年開発している白光 R&Dセンター商品開発2課 課長の望月俊和さんは、世界のものづくりのスピードに合わせて、優秀なエンジニアをうならせるはんだこてを開発し続けている。2015年にははんだ吸取器「HAKKO FR-400」でグッドデザイン賞を獲得したほどだ。
そんなはんだこて開発の第一人者である望月さんに、製品開発のヒントになりそうなエピソード、エンジニアのキャリアに関する考え方を伺った。(執筆:狩野哲也 撮影:安田行宏)
白光のはんだこてが必要な現場は、常にものづくりの最前線
――まずは、望月さんが中心となって開発したはんだこての「HAKKO FX-801」と吸取器の「HAKKO FR-400」について、紹介していただけますか?
FX-801とFR-400は、一般には目にすることがないほどの大型部品を扱われるユーザー様が、できるだけ低い温度で、短時間に作業できるように開発した製品です。
――そういった特殊なはんだこてを使用する現場はどんな環境なのでしょうか?
FX-801を開発したきっかけは、大きなコンデンサを実装しているお客様の現場から届いたニーズです。すごく大きな部品をはんだ付けしている現場では、従来の機器では効率が悪く、場合によっては作業自体を断念されていました。
例えば、はんだこてを2本両手に持って作業する現場や、2人掛かりではんだ付け作業をしている現場がありました。
もっと短時間にして作業効率を上げたい、それも半年後までに製品を納品してほしいというのがお客様の要望でした。
300Wの壁に挑戦することで、新しい技術と信頼を獲得
――半年という短時間で製品化するため、工夫した部分は?
大変だったのは、300Wという高出力を扱いつつ、はんだこての先端の温度を一定に保つことと、お客様が希望される作業コストを満たす性能を引き出すことです。
というのも、従来の製品と違ってワット数が大きいんですよ。昔の高容量のはんだこての先端は親指の倍ぐらいの大きさ(下記の写真参照)ですが、作業時の操作性を考えると、もっと小型化を図らなければいけませんでした。
――昔の高容量機種はかなり大きく、全然サイズが違いますね。
そうなんです。これではお客様が作業する現場で使うには大き過ぎます。現在のように小型化するために、中に埋め込むヒーターの構造を作り変えていく必要がありました。
結論から申し上げますと企業秘密なので具体的なことは言えませんが、単にワット数を上げれば性能がアップするわけではありませんので、新しい制御方法とヒーターの構造を採り入れました。
――300Wという出力、本当に必要だったのでしょうか?
実は最初、200W程度が製品化できるぎりぎりのラインで考え提案したのですが、「部品はもっと大型化し、基板は多層化していくよ」とお客様から意見をいただきました。
ワット数が上がると、いろんな安全性に関わるハードルが一気に高くなります。正直、毎日頭を抱えていました。
――もう1つ、はんだこてのこて先の温度を一定に保つ必要があると伺いました。
安定した品質の作業を行っていただくためには、設定したとおり、こて先温度を常に一定に保つことが重要になります。
その上で、今までよりも低い温度に保って作業できるようにすれば、こて先の寿命を長くすることができます。300Wという高出力で作業を高速化したことと併せて、お客様からは「年間数千万円のコストダウンにつながった」と聞いております。
社内の働き方も設計し直す
――HAKKO FX-801とHAKKO FR-400という製品を開発する上で、一番苦労したのはどんなところでしょうか?
半年で納品するというスケジュールですね。
通常、新しい製品を開発するためには倍くらいの時間がかかります。そこを半年で完成させることが求められました。製品開発に必要な大切な作業を省くことはできませんから、チーム内での仕事の取り組み方を工夫し、後戻りしない開発を行ってきました。
――吸取器のHAKKO FR-400は、HAKKO FX-801と同時に開発したのでしょうか?
ほぼ同時ですね。開発が始まってすぐに、お客様から内情をヒアリングして、製品の手直しや解析をするときに「はんだ付けしたものを外す必要がある」ということを伺いました。
これまでははんだこてではんだを溶かしながら、同時に吸取器で外す作業をされていたそうです。その作業が上手くいかなかった場合は製品を廃棄していたと伺いまして、そのプロセスを簡単にする吸取器が必要だと分かり、はんだこての開発とほぼ同時に取り掛かりました。
「デザインとは何か」という問いに向き合うことで会社が一丸となれた
――HAKKO FR-400はグッドデザイン賞を受賞しています。どういう部分が評価されたのでしょうか。
デザインに加え、お客様で今までできなかった作業が簡単にできるようになったこと、トータルでお客様が負担するコストが下がったことが評価されました。
――2013年にも受賞されていますね。
応募のきっかけは、デザインを喜多俊之先生にお願いしたことからです。先生から「デザインというのは何かご存じですか?」という問いから始まり、使ってもらう方がいかに使いやすくなるか、経済的な負担を掛けずに済むかなどを考えて、デザインする必要があると教わりました。自分たちの自己満足の製品ではいけないわけです。
グッドデザイン賞に応募するとたくさんの審査項目があり、製品のデザインだけでなくその製品を開発している企業として、社会に対してどういう取り組みをしているのか、ということまで問われました。その問いに会社として真剣に向き合うことで、社内の意識が変わっていったと思います。
私たちの業界でデザインに注力するという気質はこれまでありませんでしたが、挑戦し続けて良かったです。
早く一人前になりたくて、さまざまな製品の開発に積極的に携わった
――望月さんは、どんな子どもだったのでしょうか?
夏休みの工作に命をかけているようなこどもでした(笑)。木の塊を削って船をつくるとか、そんなことに力を入れていましたね。
化学が好きで、中学校で顕微鏡をのぞいたときに、いろんなものが原子からできていると分かって衝撃を受けました。将来はそちらの分野に進みたいと考えていました。
――大学では理系に進んだのですね。
はい。福岡大学工学部の化学工学科に進みました。
発電所、石油プラント、大型の空調システムなど、大きなシステムを開発することを学ぶ学科でした。当時はプラント設計などの会社に進む人が多かったです。
――貴社にはどんな経緯で入社されたのでしょうか?
人事部長が就職説明会で大学に来られまして、「はんだこてをつくっているメーカーだ」という話を伺いました。大阪の会社に訪問してみたら、若いエンジニアが多くて、どんどん新しい製品をつくっている様子を見て、「ここで働いたらものづくりが楽しいだろうな」と思ったのが入社のきっかけです。
――入社後、どんな先輩から影響を受けましたか?
先輩たちを見ていると、開発と設計ができてかっこいい。あんな風になりたいなと思いました。
1988年の入社以来、OEM製品やホームセンターで販売されている製品など、かなり多岐にわたって開発してきました。「この製品を絶対やりたい」とこだわるタイプというよりは、開発やものづくりが好きなので何でもやりたい性格なんです。「早く一人前になりたい」という気持ちが強かったですね。
いろいろやらせていただいたおかげで、さまざまな知識や経験が身に付いたと思います。
――そのモチベーションは、どこから出てくるのでしょうか?
夏休みの工作に命をかけていた子どものころからものづくりが好きなので、製品開発に携わることができるのが楽しいんです。
製品をつくっていると愛着が出てくるし、「白光のはんだこてファンだ」と仰ってくださるお客様に出会うことも多いので、そういったことがモチベーションになっていますね。
――課長ということで課全体を見る立場です。けれど、まだまだ設計や開発の現場にどっぷりと入ることもありますか?
部下にとって、どうしても壁が高いと感じるときは、壁を越えるために一緒になって設計をすることがあります。
その経験を通して、なぜ越えることができなかったかを自身で考察し、行動できるエンジニアになってほしいと思っています。
良い製品は携わったエンジニアの小さな判断の積み重ねで生まれる
――エンジニアのキャリアアップには何が必要だと思いますか?
ある程度「お客様が考えているのはこういう商品だな」と、頭に思い描けるようになるかどうかが大きいかと思います。
そういうことを思い描けるかどうかは、これまでやってきた仕事の中で、試行錯誤を繰り返した経験の積み重ねで決まります。設計および開発というのは、製品を担当したエンジニアの小さな判断の積み重ねです。
スケジュールを立てて続けていく中で、どうすればいいのか見当もつかなくなり、抜け出せなくなることがあります。そうならないように、日々の細かい判断を積み重ねていく必要があります。例えば、今日の判断が正しかったのかどうか、明日の朝までには検証するようにしているんですよ。
最近では一方向から検証するのではなく、同時に複数の方向から検証するようにして、その中から最終的にベストな選択肢を選ぶようにしています。後戻りしない開発を行う上でとても重要なポイントになります。
――複数の選択肢を検討するようになったのは最近だと言われましたが、どうしてでしょうか?
ご存じのように、製品開発のサイクルが短くなっているんです。
お客様から「こういった仕事をやりたいのですが、何とかなりませんか」と相談を受けて、1年後に完成しているようでは遅いんです。
この時代の流れに対応するためにも、常に複数案を考えてベストの選択肢を導くようになってきました。営業担当や開発メンバーと打ち合わせしながら、常に早い段階で動くようにしています。
――今後はどのように製品づくりを進めていきたいと考えているのでしょうか?
今のお客様のものづくりの体制に合わせて、新しいシステムの開発が始まっています。今はまだ言えないですが、今後は新しい切り口でご提案する予定です。
お客様から信頼いただけると、さらに多くの現場からのニーズをいただくことができます。そのニーズに寄り添って、真剣に向き合っていけば、製品はどんどん進化していくと思いますね。