宇宙放射線計測で世界のトップに立ちたい——宇宙航空研究開発機構 永松愛子氏

1969年、アポロ11号によって人類は初めて地球以外の天体に立った。それから約50年経った今、民間人が宇宙で居住可能になるという夢の「宇宙ホテル」も実現が視野に入ってきた。

しかしインフラの整備を進めるだけでは不十分だ。人が宇宙で居住したいと考えるのなら、人体に影響を与える宇宙放射線に対処していかなくてはならない。

宇宙航空研究開発機構(JAXA)の広報部 報道・メディア課で働く永松愛子課長は、昨年まで高精度な宇宙放射線計測装置の開発を先導してきたエンジニアだ。宇宙放射線をめぐる問題にJAXAと永松氏はどのように向き合ってきたのだろうか。女性管理職としてJAXAで活躍する永松氏に、自身のこれまでのキャリアについての話と合わせて伺ってきた。(執筆:杉本恭子、撮影:水戸秀一)

宇宙飛行士を守る宇宙放射線計測装置

――まずJAXAとは、どのような仕事をしている機関なのか教えてください。

JAXAは文部科学省など4府省を監督官庁とする国立研究開発法人です。主な業務として、ロケットなどの宇宙輸送システム、地球観測や通信技術の確立などを目的とした人工衛星や航空科学技術の研究開発、国際宇宙ステーションなどの運用・研究推進、月・惑星探査のミッションの検討にも取り組んでいます。

筑波宇宙センター、相模原キャンパス、ロケットを打ち上げる種子島宇宙センターをはじめ、国内17カ所、海外5カ所に事業所・施設があります。

私は主に筑波宇宙センターで国際宇宙ステーション関連のプロジェクトに携わり、宇宙放射線計測装置の開発に携わってきました。

――宇宙放射線計測装置とはどんなものでしょうか。

宇宙放射線による人体や軌道上環境の被ばく線量を測る装置です。

地球では大気によって遮蔽されていますが、宇宙空間では宇宙飛行士はフライト中、太陽活動や銀河粒子などから発生する宇宙放射線に常にさらされる状態になります。

宇宙飛行士は、初フライトの年齢によって生涯に浴びてもいい被ばく線量が算定されています。その量を越えると引退となることも。宇宙環境でどんなにインフラが整っていても、生涯のフライト期間は宇宙放射線による被ばく線量が決定するのです。それまでに浴びた被ばく線量の履歴から、宇宙滞在可能な日数が割り出され、次のどのミッションを任されるかが決まるため、被ばく線量を高い精度で計測する必要があります。

ガランとした実験室からスタートし、日本の技術を確立

長男は中学校1年生、次男は小学校6年生。「家族の応援が、最大のエネルギー」

――ご出身は奈良先端科学技術大学院大学で、バイオサイエンスが専門だったそうですね。なぜ放射線を専門にするようになったのでしょうか。

大学院の専門はどちらかというと農学や遺伝子工学に近いものでした。修士論文のテーマは、植物を横に倒すと重力を感知して曲がって上に伸びる「植物の重力屈性」。地球上での環境とは異なり、宇宙空間では微小重力環境なので、植物は重力屈性を示さなくなります。その重力屈性を示す/示さないメカニズムを調べることが宇宙実験でも役立つと考えて選びました。

宇宙放射線の仕事を担当するようになったのはJAXAに入って2年目、2000年からのことでした。

日本はアメリカやロシアと比べて、有人宇宙技術分野は後発です。宇宙放射線の被ばく管理についても、以前はNASAやロシアの宇宙機関に依存していました。私には日本独自の技術を確立することが期待されていたわけですが、最初はガランとした実験室の中央に、パソコンと測定装置が1つ置いてあるだけ。そこから業務を立ち上げることがミッションで、3年ほどは基礎研究に明け暮れました。

――それは大変でしたね。基礎研究はどのように進めたのですか。

測定器の精度を高めるために、がん治療などで使われる放射線の加速器を使用しました。既知の線種による線量を当て、当てたとおりの値を示す計測装置かどうか、すべての線種やエネルギーに対して調べることから始めました。

宇宙放射線は、広いエネルギー分布を持つ陽子から鉄核までの放射線粒子が、365度あらゆる方向から飛来します。その難しい条件に対して計測精度を高めなければなりません。

角度を変えたり、エネルギーを変えたりしながら、データを取れば取るほど精度を上げられます。しかし加速器は昼間はがん治療に使用されているので、私たちが実験に利用できるのは夕方5時から朝7時まで。一晩徹しての作業を数日おきに続けました。

そうして完成したのが、受動積算型宇宙放射線線量計「PADLES(パドレス、Passive Dosimeter for Lifescience Experiments in Space)」です。2003年に、国際宇宙機関が集まって実施した放射線検出器の国際比較実験では、PADLESが最も高精度な計測器に選ばれました。

ハード、ソフト、運用、解析――すべてやる

左から宇宙飛行士が身に付ける「Crew PADLES」、生物試料用の「Bio PADLES」、船内に設置する「Area PADLES」

――PADLESはどのように活用されているのですか。

主に3つの用途で使用されています。

国際宇宙ステーションの日本の実験棟「きぼう」の中では、いろいろなライフサイエンス実験が行われています。各実験の環境影響データのひとつとして、生物試料の被ばく線量も計測しているのです。ちなみに当初はこの用途で主にPADLESを利用しようと想定していたので、PADLESの正式名称には「Passive Dosimeter for Lifescience Experiments」という言葉が含まれています。

それがPADLESを開発してみたらとても良いシステムができたため、それまでNASAに頼っていた宇宙飛行士の個人被ばく線量の計測も、PADLESを利用してJAXAで計測するようになりました。これが2つ目の用途です。現在は、日本人宇宙飛行士全員がPADLESを携帯してミッションに当たっています。

3つ目は空間の放射線の計測です。宇宙放射線は太陽活動や遮蔽環境によって変化するため、きぼう船内に設置・交換して、継続的にモニタリングしています。

――永松さんはJAXAに入ってから、主にどのような業務を担当してきたのですか。

何でも――ですね。基礎実験から、ハードウェアとソフトウェアの開発、組み立ての手順書作成、宇宙飛行士への訓練、軌道上での運用、データの解析、国際会議等での発表、チームの育成まで。すべてが私の業務でした。

PADLESは線量計を準備したら読み出しまでの積算線量を測定するタイプの線量計ですが、地上に持ち帰らないと計測できないといった制約がありました。そこで、リアルタイムに被ばく線量を計測できる「D-space」も開発していました。福島の原発事故後、「子どもたちのランドセルに付けられるように」と産業技術総合研究所が開発した装置をベースにして、宇宙で対応できるように検討したものです。

2017年12月に打ち上げ予定の民間月面ローバー「HAKUTO」に搭載され、月遷移軌道を周回後、月面に着陸します。これはJAXAとして初めて、地磁気圏外で宇宙放射線の被ばく線量を測定する機会になります。

主婦、母、エンジニア、大学院生の4役を務めたことも

主婦、母、エンジニア、大学院生の4役時代は「そのときの記憶がないくらい大変だった」

――子育てしながら大学院に通い、日本における宇宙放射線計測分野の博士号取得者の第1号になりましたね。

はい。28歳で結婚・出産しました。大学院と女性のライフイベントが重なってしまうので、博士号と子どものどちらを優先しようかと考えました。その時は子育てがこれほど大変だとは思っていなかったので、両立させようと思って妊娠中に大学院の願書を出しました。

実際、子育てを始めてみると想像以上に大変でした。産後6週間で仕事に復帰し、大学院にも通いました。お互いの両親も遠方で、簡単に支援を受けることはできませんでした。今思うと、どうやって乗り切ったのか……。勤務していた筑波宇宙センターの近くに救急医療の医師たちが利用している24時間保育の保育園もあったので、保育園の先生方や父兄のみなさんにも助けて頂きました。あのタイミングでなければ両立は不可能だったと思います。

JAXAの制度としては、産休の他、授乳のために1日2回30分ずつ取得できる「育児時間のための休暇」、保育園費用の補助、ベビーシッターの支援制度などを活用しました。

――事業所内保育園「ほしの子保育園」の開設にも力を注がれたそうですね。

JAXAの労働組合の副委員長を2年間務める中で、自分の経験から「事業所内に保育園があったら仕事に復帰しやすい」と思ったからです。

職員から保育園を希望する声やどんな保育園がいいかといった要望を集めて、2011年に社員食堂近くのスペースに開設しました。二人の子供も卒園し、私自身はこの保育園を利用することはできませんでしたが、後輩たちが「とても便利、復帰が計画的にできて助かる。」と喜んでくれていますので、がんばってよかったと思います。私が利用させていただいた制度も、先輩方が交渉して、後輩のために作ってくれた制度のはず。次は私がバトンを渡す番ですね。

――研究や開発、労働組合、家庭と、どうしてそんなにどれもがんばれるのですか。

宇宙放射線の分野は、日本ではJAXAでしかできないことです。放射線に関する技術開発や研究は、もともと日本が強い分野ですから、「何とか世界のトップに立ちたい」という思いがあったからでしょう。

保育園も、「あったらいいのに」というみんなの思いが強かったからがんばれたのだと思います。子どもたちが応援してくれるのが、いちばんの励みになりますね。

小学生時代から「宇宙の仕事」を目指していた

国内の研究者との協力を得て新しい研究を立案することや、海外の研究者と共同研究プロジェクトを立ち上げるのはすごく好き。でも、意外と社内調整は苦手だったかも。

――そもそもエンジニアを目指したきっかけは。

母が筋金入りのリケジョだったことが大きいですね。

私は福岡県の出身です。福岡県には化石や断層がすごくたくさんあります。小学校の夏休みの自由研究で化石採集に行くと、普通では終わらないのです。事前に徹底的に勉強をして採集した上に、九州大学の地学専門の教授に、一緒に分類や講義をしていただくというアレンジまでしてしまう母なのです。どんな分野に対しても、納得するまで突き詰めていく人で、私も母と電子工作や自由研究に取り組むのがとても楽しかったですね。

宇宙に興味を持ったのは、小学校の時に鹿児島県の内之浦宇宙空間観測所と種子島宇宙センターに連れて行ってもらったのがきっかけです。「ここから、人が宇宙に行けるようになるのかもしれない」とすごく感動しました。特に種子島宇宙センターは「世界で一番美しいロケット発射場」と言われています。青い海をバックにした射場の光景がとても印象に残りました。

小学校4年生の時に、毛利さん、糸井さん、内藤(向井)さんの3人が宇宙飛行士に選ばれました。特に医師である向井さんは、それまでの日本の宇宙開発では登場しなかった「ライフサイエンス」についても語っておられ、とても興味を持ちました。

――小学生のころから「宇宙の仕事」と決めていたのですね。

そうですね。当時はインターネットもないですし、新しい概念のライフサイエンスの資料もありませんでしたから、小学校高学年から中学生にかけて、宇宙関連の新聞記事をスクラップしていました。それを新聞社が取り上げてくれて、毛利さんが北九州市のスペースワールドを訪れた際に、引き合わせてくれました。そんなこともあって、ますますのめりこんでいきました。

すべての分野の力を結集する宇宙開発

日本の宇宙放射線研究チームの規模は、米露の20分の1しかない。「いずれ研究の仕事に戻り、チームをもっと大きくしたい」

――昨年11月から広報の仕事を務めておられます。

2年前に管理職になりましたが、JAXAの方針で管理職になると他部門を経験することになっています。女性の管理職はまだ少なく、特に研究職から管理系部門に移った後のキャリアパスのモデルがないので、がんばりどころだと思っています。

正直なところ、最初は研究できないことにとてもがっかりしました。それでも、広報部でロケット、人工衛星、探査、国際宇宙ステーションと、毎日社内全体の動きをつかめるようになると、ヘッドクオーター部門に配属されて初めて分かることもたくさんあることに気づきました。特に、理事長をはじめ、経営層の考えを学べる非常に貴重な機会になっています。

また私は報道・メディア対応が主な仕事なので、メディアや世論、経営層、研究者、それぞれが持つ「興味範囲」にギャップがあることも分かりました。ここをうまくつないでいくことで、JAXAの研究開発の成果をどうやって見せていくか、将来の宇宙探査にどうつなげるか、が私の今の仕事ですね。

――最後にエンジニアや、エンジニアを目指している人にメッセージをお願いします。

宇宙開発の分野はまだまだ伸び代がたくさんあります。裾野がどんどん広がり、活躍できる場はますます増えています。

宇宙開発するために「宇宙開発学」という学部や学問があるわけではありません。農学、工学、化学、建築学など、さまざまな分野の力を結集して初めて宇宙開発できるようになるのです。宇宙開発にはどんな分野からでも入ってくることができますし、逆に宇宙に関する研究は地上でも役立てられるものです。

自分の興味がある分野で専門性を伸ばして、どんどん宇宙の世界にチャレンジしてほしいです。その選択肢のひとつとしてJAXAを考えてくれるとうれしいですね。

「D-space」はHAKUTOに搭載され、月で活躍する

子育て・介護による離職はゼロ

技術系に限らず、実業の知識を持っていると強いと思う

JAXAは職員向けの各種支援制度が充実している。例えば子育て支援では、筑波宇宙センター内の保育所「ほしの子保育園」を利用できるだけではなく、女性は妊娠中の休憩や通勤緩和、産前・産後休暇、妊娠中から産後までの健診のための休暇を活用できる。男性にも配偶者の出産、育児参加の休暇が認められている。さらに男女共に、育児のための休暇や子の看護休暇を取得できる。その他、労働時間や労働条件の緩和など、子育てや介護のためのさまざまな支援が用意されている。

2016年4月からは、「女性の活躍の推進」と「職員の働き方の変革」の2つを業務とする「ワーク・ライフ変革推進室」を設置した。女性の活躍の推進というテーマは、前年度までの「男女共同参画推進室」から続く活動だ。一方、職員の働き方の変革では、ライフサイクルに応じて多様な働き方のできる組織になることと、無駄を省いて本質的な業務に集中できる環境を整えることに取り組んでいる。

評価・監査部の部長で、ワーク・ライフ変革推進室長である向井浩子氏は「JAXAでは、女性であることが特段ハンディになることは、今はないと思っています。育児や介護など、女性が担うことが多い場合はありますが、JAXAでは本人の工夫、本人と配偶者の分担、各種制度の利用等によって、仕事を続けられるレベルの負荷にすることが可能です」と語る。

実際、JAXAでは途中で退職する人は少なく、長く働き続けるという意味でほとんど男女差はない。子育て・介護による離職率は、3年連続で0%を維持している。

しかし他の企業と同じように、女性の技術者や管理職はまだ少ない。2016年3月末時点で、女性研究者の在職比率は11.6%(目標12%以上、以下同)、女性研究者の採用比率は13.5%(18%)、女性管理職は7%(11%)だ。

この状況を改善するために、推進していることの1つとしてメンタリング制度がある。経験豊富な先輩職員、しかも直属の上司でない人がメンターとなり、業務やキャリア形成などの課題や悩みなどについて会話することで、成長をサポートする制度だ。

もう1つは人事配置の改善で、部署によって男女比率のバランスが悪いところがあることから、管理側の人の割り振りや人事配置に働き掛ける活動をしている。「女性を優遇するということではなく、無意識にマイナスのバイアスが掛かっている部分を是正していきたい」と向井氏。同時に女性の意識改革も進めたいという。

女性が活躍するために配偶者の協力も欠かせない。しかし男性の育児休業の利用はあまり多くないため、まずは「配偶者の出産に関する特別休暇」の取得率を高めることを目標としている。2015年度の実績によると、1日取得した人は73.4%と多いが、2日取得は67.2%、3日取得は50%。3日取得する人を80%にしたいという。

「少数派でも3割になると『女性の』とつける必要がないバランスの取れた職場になっていくと思います。今はJAXAだけでなく、日本全体が分水嶺のような地点に立っているので、これからどんどん良くなるでしょう。特に技術系の女性は、各社が増やしたいと思っても母数が少ない状態です。もし文系か理系かで迷っているなら、理系をお勧めしたいです」(向井氏)

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取材協力

日本女性技術者フォーラム(JWEF)

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