農研機構は2019年4月2日、豊田工業大学との共同研究で、ミノムシの糸の強さが高度に形成された秩序性階層構造に起因することを明らかにしたと発表した。ミノムシ糸の産業化が、今後一層進むことが期待されるという。
現在、持続可能な成長社会実現のために、石油に頼らないバイオ素材の生産に注目が集まっている。タンパク質の繊維は生物機能を利用した工業生産が可能であるうえ、タンパク質は地中で分解することから、生産工程・生産物ともに環境に優しい素材として関心が集まっている。タンパク質の繊維には羊毛、羽毛、シルクなどがあるが、天然の長繊維はシルクのみだ。
シルクの中でもクモ糸は強くて伸びる究極の繊維として、これからの繊維が目指す目標の1つとされている。しかし、生きたクモから直接採糸することは実験室レベルでは成功しているものの、クモは共食いをするため、量産化が難しい。そこで、クモの糸を構成しているタンパク質と類似のタンパク質を人工的に合成し、繊維化することで、人工クモ糸として量産化しようとする試みが世界中で進んでいる。
このような中、農研機構の研究ユニットでは、カイコ以外のシルクを作る昆虫の探索や、既に知られてはいるものの産業利用されていない昆虫由来シルクの利用法の開発に取り組んでいる。昨年12月に農研機構と興和は、世界最強と言われているクモの糸よりも、ミノムシの糸が弾性率、破断強度、タフネス(繊維が破断するまでに吸収するエネルギー)の全てで上回ることを発見した。さらに、ミノムシの習性を利用して1本の長い糸を真っ直ぐに採糸する方法を開発し、産業上の有用性を示している。
そして今回、農研機構と豊田工業大学は、ミノムシの糸の成分であるタンパク質の1次構造(アミノ酸配列)や2次構造(コンホメーション)、高次構造(結晶構造やその凝集状態)を詳しく調査。その結果、他のシルクと比べ、ミノムシの糸は圧倒的に高い秩序性を有する階層構造から成ることが判明した。
1次構造については、ミノムシの糸を構成するタンパク質(シルクフィブロイン)を分泌する腺に存在するフィブロイン遺伝子の塩基配列を調べることで、フィブロインの特徴的なアミノ酸繰り返し配列(1次構造)を決定。 ミノムシのフィブロインを構成するアミノ酸としては、グリシン(Gly)とアラニン(Ala)が占める割合が多く、それぞれがほぼ等しく約40%を占めていることを明らかにした。 加えて、1次構造はAlaが20~22残基連続する部分(アラニン連鎖領域)と、Gly-AlaやGly-Gly-Alaが繰り返される部分(アラニン非連鎖領域)とで構成されていることも分かった。
また、ミノムシ糸のX線回折測定で2次構造、結晶構造を調査。その結果、フィブロインの2次構造としては分子鎖が伸びたβストランドというコンホメーションを形成し、それらが互いに集合してβシート構造から成る結晶を形成していた。加えて、結晶を形成していない非晶も存在し、結晶と非晶が繊維方向に沿って周期的に配列していた。ミノムシの糸はカイコやクモのシルクに比べはるかに規則的なアミノ酸特徴配列を取っており、この配列が秩序だった結晶と非晶の周期構造形成に寄与していることを明らかにした。
さらに研究グループは、放射光施設SPring-8の高輝度X線を利用した広角・小角X線散乱同時測定により、引っ張られる糸束が切断に至るまでの構造変化を調べた。その結果、繊維切断まで秩序性階層構造を維持していることが判明。ミノムシの糸が強い理由は、規則的なアミノ酸配列に基づいたβシート結晶と非晶との高い秩序性階層構造により、繊維に加わる応力が個々の結晶にまんべんなく分散されること、およびこの機構が繊維切断まで続くためであることが明らかになった。
今回ミノムシ糸の強さのメカニズムが明らかにされたことで、ミノムシの糸の産業利用への注目が一層高まると考えられる。また、研究成果はタンパク質合成や発酵、遺伝子組換え生物などによる生産といった強い繊維の人工合成の設計指標となり、今後の目指すべき繊維の指針として活用されることが期待されるという。