カメラを愛するエンジニアが手掛けた、フルサイズミラーレスカメラZ 7、Z 6 。妥協せず性能を高め、手軽に使えるカメラを追求する――ニコン 岸本崇氏 市川芳樹氏 

2018年に発売を開始した、ニコン初となるフルサイズミラーレスカメラ「Z 7」、「Z 6 」。多くのファンに支持されるカメラを提供し続けてきたニコンが、「ニコンのミラーレスはどうあるべきか」を議論し尽くして作り上げた「Z シリーズ」は、過酷な環境下での使用にも耐えうる信頼性を継承しつつ、徹底して光学性能を追求したものだ。

カメラのボディーとレンズの連結部分であるマウントの内径は55mmという大口径、集めた光を電気信号に変換する撮像素子とレンズマウントの距離(フランジバック)は16mm。1959年に登場した名機「ニコン F」から60年にわたって使用されてきた「Fマウント」が、内径47mm、フランジバック46.5mmであることを考えると、このシステムの変更が大きな挑戦であったことは明白だ。新たに開発した「Zマウント」により、光学設計上の自由度を大幅に高め、非常に高い光学性能や「NIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noct」のような明るいレンズの開発を実現した。

新たに開発した「Zマウント」を搭載したZ 7

カメラ好きの人には、スマホやコンパクトデジタルカメラではなく、一眼レフで撮影することの満足感、ファインダーを覗いたときの没入感、シャッターを切る感触など、一眼レフの楽しさは格別のものだろう。Z シリーズでは、ミラーレスながらそういった「カメラらしさ」も大切にしている。例えば、光学ファインダーと遜色ない電子ビューファインダー(EVF)の見え方、ボディーの各種操作ボタンのレイアウトやクリック感、レンズのフォーカシング等に使用するリングのなめらかな動きと心地良い抵抗感など、ニコンの妥協のない追求によって、本製品は生み出されている。

今回は、このZ シリーズのボディー設計に携わった、映像事業部 開発統括部 第一設計部 第四設計課長の市川芳樹氏、レンズ設計に携わった、光学本部 第二開発部 第一設計課長の岸本崇氏に、設計・開発の醍醐味やZ シリーズの開発における、エンジニアとしてのこだわりなどを聞いた。(執筆:杉本恭子、撮影:水戸秀一)

イメージが形になり、触れることができるのが機械系エンジニアの仕事の魅力

――なぜ機械系のエンジニアになろうと思ったのですか?

[市川氏]子どもの頃から機械が好きで、よく製品を分解したりしていました。機械を作りたいという思いは小さい頃からありましたね。機械は頭の中で考えていたものが実際に形になる。もちろん、うまくいかないこともありますが、イメージしたものが目の前に現れて、想定どおりに動いてくれるとすごくうれしい。それがメカ設計の醍醐味ですね。

[岸本氏]私は父が電気系のエンジニアだったこともあり、子供の頃から自分もエンジニアになりたいと考えていました。幼稚園のときに将来なりたい職業を聞かれて「お母さんの役に立つロボットを作る人になりたい」と答えたことを今でもはっきり覚えています。実際、母は私が開発したレンズを使ってくれているので、子供時代の夢を叶えることができました。

旅行が好きな市川氏。「旅先でニコンのシャッター音を聞くと、つい見てしまいます」

――ではカメラという分野を選んだのは。

[市川氏]自動車やバイクもそうですが、カメラは「愛機」と呼ばれることもあり、お客様にとても大切にしていただける製品です。そんなユーザーに大切に使ってもらえる製品を設計できたら、設計者冥利に尽きるだろうなと思っていたのです。ニコンには、信頼性や精密機械の分野で最先端の開発を行っているというイメージを持っていましたし、過酷な環境でも壊れないカメラを作っているニコンで、その信頼性を支える機械設計に携わりたいと思い、入社を決めました。当社には半導体や顕微鏡などカメラ以外の製品もありますが、運良く希望していたカメラ設計部に配属されました。それ以来、フィルムカメラから今のZ シリーズまで、ずっとカメラ設計に携わっています。

[岸本氏]私は中学、高校の6年間、ずっと美術部に所属して油絵を描いていました。大学では機械工学を学びましたが、大好きな芸術と機械工学が重なるのは、写真という芸術作品を生み出す機械、つまりカメラだと考えたのです。

ニコンを選んだのは、自分の感覚ではニコンのカメラが一番かっこいいと思ったから。ニコンのカメラは、1971年にアポロ15号に搭載されて以降、度々宇宙に行っています。NASAに信頼されるニコンの製品はすごい。自分もそんな製品をつくっている企業で仕事をしたいと考え、ニコンに入社しました。

印象深いのは最後のフィルムカメラ、新機構のレンズ

――お二人とも長くカメラの開発に携わってこられた中で特に印象に残っていることは。

[市川氏]カメラには、これまでにいろいろな変革の波がありました。一番大きかったのは、フィルムからデジタルへの波、もう一つは、デジタル一眼レフからミラーレスへの波でしょう。

私はフィルムからデジタルへ切り替わる時期に、ニコン最後のフィルムカメラ「F6」の開発に携わりました。当時私は20代後半で、初めてミラーの駆動系を担当し、シャッターの感触、レリーズの音や感触にこだわり、実験室にこもっていたことをよく覚えています。特に印象深いのは、F6で機構部分に携わったときの機種リーダーの方です。シャッターを切ったときの感触や音を大切にしたいという強い思いを持たれている方で、私がトライ・アンド・エラーを繰り返していたとき、そのリーダーの方には毎日一緒に計画図をチェックしていただくなど、親身に指導いただきました。その経験は今の自分の考えの柱にもなっており、メンバーから相談を受けたときは、自分がしてもらったように、しっかり対応するよう心掛けています。

カメラの大きな変革期に携わり、そこで得た経験は私にとって大変貴重な経験になりました。

「信頼」を自分たちの手で生み出していくのは、機械系ならではの醍醐味と語る岸本氏

[岸本氏]私にとって印象深いのは、一眼レフ用のレンズ「AF-P DX NIKKOR 18-55mm f/3.5-5.6G VR」です。これはFマウントレンズとして初めてフォーカス用アクチュエータにステッピングモーターを採用したもので、それに伴ってシステムもすべて作り変えています。

このステッピングモーターの採用はオートフォーカスによる駆動音の静音穏化と動作の高速化、そしてレンズの小型化を目的に、私から企画部門に提案させてもらいました。初めて一眼レフカメラを購入していただく方がセットで購入するキットレンズだったため、今までスマホやコンパクトデジタルカメラに慣れた方でも違和感なく使えるようにすることで、カメラを好きになってもらいたいという思いがあったのです。

そして、ステッピングモーターの採用が決まり、ボディー、電気、ファームの担当者など、非常に多くの方と協力してシステムを作り上げました。そのノウハウは、今回のZ シリーズにも活かされています。自分で提案し、部署を横断するチームを結成し、プロジェクトとして進めていくことができたのは、私にとってとても良い経験になりました。実際製品として形になって、市場から良い評価をいただいたときには、それまでの苦労が報われました。

――Z シリーズの開発でも、いろいろなご苦労があったと思います。

[市川氏]大口径のマウントや、今までとは桁違いの情報通信量をはじめ、まったく新しいシステムを一から作るのは本当に大変でしたが、この機会にできることはすべてやろうと取り組みました。何十年に一度、あるかないかという大きな節目に関わることができ、とてもやりがいのある仕事でした。

マウントの大きさについては、社内でかなり議論したポイントです。マウントを大きくすることは光学設計の面では良いのですが、ボディーの大型化や重量の増加につながってしまうからです。

ミラーレスでもファインダーは大事。妥協はしたくなかった、と語る市川氏

[岸本氏]議論して、考えて、ニコンとしてのベストの解を導き出しました。おかげで光学設計の自由度は圧倒的に高くなりました。今までのFマウントでは、制約上できない設計もありましたが、そのジレンマから解放されたのです。

プロのフォトグラファーにお会いしたり、ファンミーティングでお客様とお話しをすることにより、ユーザーのニーズも集めています。また、われわれ自身もユーザーの立場で製品を見るために、部署で撮影会を開くなどの取り組みも行っています。そうすることで、いろいろな改善点も見えてきますし、ユーザーの要望に対する理解も深まります。

[市川氏]数値では表しにくいボタンの操作感や、手に馴染む感触なども大事なので、「いい感じ」を見出すことにもかなり力を注いでいます。シミュレーションなどの技術も進歩してきましたが、感覚の部分は試すしかないことも多く、「ここまでやるか」というくらい試作を繰り返しました。

企画から量産まで、設計担当者が関わるメリットは大きい

――カメラの設計という仕事には、どのような面白さ、楽しさがありますか。

[岸本氏]大きな製品は、どうしても一部分だけの設計になってしまいがちですが、カメラのレンズ設計担当者は製品全体の設計はもちろん、企画から試作、量産まですべての工程に関わることができます。「これは私が設計した製品」と明確に言えることが、カメラ設計の面白さだと思います。

[市川氏]ボディーの開発は数人のチームですから、すべてのメンバーが開発の全体像を把握することができます。またニコンの特徴かもしれませんが、設計担当者は、企画段階から設計、量産まですべてのフェーズに携わることができるのもいいところですね。

「自分たちが設計した製品」という思いが強いこともあって、旅先などで、ニコンのカメラを使っている人を見かけるとうれしくなります。シャッター音を聞いただけで、ニコンのカメラだとすぐに分かりますよ。

[岸本氏]そうですね。私たちが作ったカメラを世界中の方が使ってくれて、いろいろな人が写真を残し、それをまた大勢の人たちが見る。そういう感動の連鎖の中で、橋渡し的な役割を担えることは、美術好きの私としてはとてもうれしいことです。

「NIKKOR Zで実際に撮れた写真を見て『このレンズはすごい』と思った」と市川氏。「EVFのイメージを覆すZ シリーズのファインダーのきれいな見え方に衝撃を受けた」と岸本氏

――設計担当者が企画から設計、量産まで関わるとのことですが、それはどのようなメリットや強みになっていますか。

[市川氏]生産現場のことを理解しているので、生産しやすい設計を考えられることですね。組み立て易さやコストの大部分は設計で決まります。それを考えて設計するのは大変ですが、エンジニアとしての強みにつながると思います。

また企画段階から参加することで、自分の考えや思いを企画に反映できることもメリットですし、やりがいでもあります。ニコンの風土かもしれませんが、設計から提案することも多いんですよ。それに、設計のメンバーはカメラ好きが非常に多いので、こうした点も良い製品づくりにつながっていると思います。

[岸本氏]企画から量産までトータルに見ることで、全体最適を見出す能力が養われると思います。企画段階では想像力をフルに働かせて、ユーザーに喜んでもらえるものを考えますが、そのままではとんでもないスペックになってしまいます。われわれエンジニアはそこに実現性を加味して企画を決めなくてはなりません。また、生産現場のことを考えて設計することも大切です。組み立てが難しいと、生産現場では事故を誘発する可能性が高まりますから、誰でも簡単に組み上げられる設計を心掛ける必要があります。いろいろな視点から最適な着地点を見出すバランス感覚が養われると思いますし、そこが製品全体を見るエンジニアならではの強みでしょう。

また企画から生産までずっと携わることで、非常に多くの部門、関係者と共に仕事することになるので、それぞれの相手の立場に立って物事を考えた上で、プロジェクト全体を俯瞰する能力も磨かれましたね。

[市川氏]エンジニアはハブ的な役割を担っています。マーケティング、光学設計、工場、原価企画などさまざまな部門からの要望を、最終的には設計部門で調整していくので、その過程で調整能力も磨かれました。

カメラが大好きなお二人にとってZ シリーズは「大事に育てた子どものようなもの」

――最後に、これからどのようなことをしていきたいか、聞かせてください。

[市川氏]なるべく多くの人に、手軽にカメラを持ち歩いて欲しいと思っています。Z シリーズはかなり小型軽量にできましたが、より軽くて小さくて、でも画質や信頼性などでは妥協しないカメラ開発に、もっと挑戦してみたいと思っています。

[岸本氏]ニコンのカメラのキーワードは、やはり「信頼」です。信頼の一つは、「壊れにくいこと」。旅先でカメラが壊れてしまったら、大切な一瞬を切り取るという役目を果たせません。もう一つの信頼は、「ニコンのカメラで撮影すれば、間違いなく良い写真が撮れる」という信頼感。ニコンのカメラを買って良かった、と思っていただけるカメラをこれからも追求し続けていきます。

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ライタープロフィール
杉本 恭子
幼児教育を学んだ後、人形劇団付属の養成所に入所。「表現する」「伝える」「構成する」ことを学ぶ。その後、コンピュータソフトウェアのプログラマ、テクニカルサポートを経て、外資系企業のマーケティング部に在籍。退職後、フリーランスとして、中小企業のマーケティング支援や業務プロセス改善支援に従事。現在、マーケティングや支援活動の経験を生かして、インタビュー、ライティング、企画などを中心に活動。心理カウンセラー。


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