光学設計から鉄道設備管理まで。AI研究がもたらす技術革新――近畿大学 理工学部 電気電子工学科 柏尾(ソフトコンピューティング・光学設計)研究室

近畿大学 理工学部 電気電子工学科 准教授 柏尾知明氏

近年、人工知能(AI)ニューラルネットワークという単語を日常的に目にするようになったが、実際その適用範囲は多岐にわたり、産業界からもデジタルトランスフォーメーションによる事業課題の解決手段として大きな期待が寄せられている。
今回は、AIやシミュレーション技術を駆使して、光学設計や鉄道設備管理の領域で産学共同研究に取り組んでいる近畿大学 理工学部 電気電子工学科准教授 柏尾知明氏にお話を伺った。(執筆:後藤銀河)

――研究テーマについて、概要を教えていただけますか?

[柏尾准教授]専門は、「LEDパッケージング」「ソフトコンピューティング」で、主として、光学シミュレーションと機械学習を組み合わせたLEDパッケージングの最適設計や、鉄道用テレメータシステムのビッグデータ解析などの研究を行っております。

LEDパッケージングを最適化し、光の取り出し効率を高める

――LEDのパッケージングを研究されたのはどのようなきっかけですか?

[柏尾准教授]私はもともと青色 LEDで知られている日亜化学工業株式会社で、LEDパッケージングの設計を担当していました。大学時代の専攻が情報系だったこともあり、LEDパッケージングの設計をコンピュータ上のシミュレータを利用して、情報系の切り口から考えようとしたことがきっかけで研究活動を始めました。現在、このテーマは民間企業との共同研究として進めています。

日亜化学工業でLEDパッケージングの設計をしたことが研究のきっかけと語る柏尾准教授

[柏尾准教授]研究内容としては、LEDパッケージングの最適設計を、光線追跡シミュレーションや、AI(機械学習)などのソフトコンピューティングで行っております。LEDパッケージングの構造であれば、例えば白色ダイオードであれば、青色のチップがパッケージングの中に収められています。チップ周りの樹脂に黄色や赤色、緑色などの蛍光体が入っていて、チップからの青色光がそれぞれの色に変換されて光が混ざり合うことで人間の目には白く見えるわけです。私の研究の目的は、パッケージングの構造や材料をうまく選ぶことで、蛍光体による変換効率を高め、パッケージングによる光の吸収などのロスをできるだけ少なくして、パッケージングからの光の取り出し効率を高めることです。

光線追跡シミュレーションを使って、LEDパッケージの最適化を研究している

――発光ダイオードを包んでいる樹脂や蛍光体の構造を最適化する研究なのですね。

[柏尾准教授]はい、そうです。LEDのパッケージを作成するためにはマイクロメートルオーダーの高い精度の加工技術が必要となり、また、試作品ひとつ作るにも射出成形金型、打ち抜き金型などが必要です。そして、最適設計を実現するためには、設計の良し悪しを確認するために、いろいろ設計パラメータを変えた試作品を作る必要がありますが、いちいち試作していたのでは時間もお金もかかりますので、3Dモデルを作ってコンピュータ上のシミュレーションで光学設計の確認を行うわけです。

シミュレーションを駆使して開発期間、コストを短縮する技術

[柏尾准教授]シミュレーションには、Synopsys社の照明設計解析ソフトウェア 「LightTools」を使い、実サンプルに合わせるように、シミュレーションモデルを改善しています。気の長い話ですが、同じタイプのパッケージについて、3年程かけてパラメータを振りながらモデルの更新を重ねています。最近ではかなり精度の高いシミュレーションができるようになってきました。

LEDパッケージングのパラメータを変え、光の取り出し効率が高くなる条件を調べる

[柏尾准教授]例えば、パッケージの中でリフレクタとして機能する面の角度や形状によって、光の取り出し効率が変わります。そこで、光線追跡シミュレーションを使って、角度、形状や蛍光体、添加剤の濃度などに応じた光学特性を調べ、どれくらい取り出し効率が高くなるのか、全光束の値がどれくらい上がるのか、さらには、どのようなパラメータの組み合わせが最適なのかなどを調べて、具体的な条件を導き出していきます。

そしてもうひとつ、ディープラーニングを使って、LEDの画像から明るさを予測するという研究をしています。

AIにLEDの光学特性を予測させる

――様々な形状のLEDの画像を認識させて、その光学特性を予測するということでしょうか?

[柏尾准教授]例えば、白色LEDの明るさですが、光源となる青色LEDチップの光学特性が固定されているとします。すると蛍光体の量やレンズの形状によって、光の取り出し効率が変わり、白色LEDの明るさが決まります。つまりLEDの画像情報には、蛍光体量やレンズ形状が記録されていますので、その明るさを決める情報が含まれているということになります。パッケージ設計の経験者が見れば、こちらの形状のほうが明るそうだとか、この条件だと黄色味が強くてダメだろうとか、何となく分かるのですが、それでも正確な数値を予測できるわけではありません。

ニューラルネットワークを使い、パッケージングの画像から光学特性を予測させている

[柏尾准教授]LED画像をたくさん用意して、そのサンプルに対応するLEDの光学特性も用意して、畳み込みニューラルネットワーク(Convolutional Neural Network: CNN)に学習させると、画像データを与えただけで明るさや色度などの光学特性が予測できるようになります。今後CNNが、私たちが気付いていないような特徴量を見つけ出し、まだ設計者が認識していない重要な設計パラメータを教えてくれる可能性もあるのではないかと考えています。

シミュレーションのプロセスもAIで自動化を狙う

――最初のお話は、シミュレータを使って光学特性を予測するというもので、次のお話は、実物の写真から光学特性を予測するということでした。

[柏尾准教授]そうです。実は狙いはモデルの再現性をどうやって高めるのか、というところにあります。シミュレーションにとって、モデルの再現性は実物の測定結果と同じ結果を得るために最も重要なことですが、データを取るだけで2、3日、場合によっては1カ月以上かかるものもあります。そこで、このシミュレーションの代理、サロゲートモデルをAI(機械学習)で構築するということに取り組んでいます。

シミュレーションで大量のデータを作成し、機械学習モデルに学習させる。将来的にシミュレータの画像から光学特性を予測できることを狙っている。

[柏尾准教授]LEDの光学特性を予測するには、実サンプルのデータがあれば一番良いのですが、どうしても数が限られてしまう。そこで、代わりにシミュレーションで機械学習用のデータを「水増し」して、機械学習モデルに学習させるわけです。

一度、機械学習モデルに学習させてしまえば、蛍光体の量や、樹脂の屈折率、チップの明るさなど、いろいろなパラメータを与えたときに、白色LEDの明るさや色度が分かるようになります。つまり、ニューラルネットワークなどの機械学習モデルを使ってシミュレーションの代理を実現しようというものです。将来的にはシミュレータ上の3Dモデルによる画像からもLEDの光学特性を予測できるようにしたいと考えています。

――シミュレーションと画像認識がそうやってリンクしていくわけですね。膨大なパラメータが必要になりそうです。

[柏尾准教授]パラメータが2次元や3次元であれば、最適なポイントはシミュレーションですぐに分かります。しかし、実際にはパラメータはもっと多次元で、最適なパラメータを見つけるためには、パラメータ同士の複雑な関係の中から最適なポイントを探し出す必要がありますが、AIを使うことでより少ない計算量で実現可能になると考えています。

今はシミュレータとAIを組み合わせるための準備段階にあり、年間何千というシミュレーションを実行して、データを蓄積しています。また、共同研究先の企業からLEDサンプルの画像と、色々なパラメータを組み合わせたサンプルのデータを提供してもらっていますので、それらを機械学習モデルに学習させて、実現性を確認してきました。今後は実サンプルのデータとシミュレーションデータを組み合わせて、学習させていく予定です。

――どのような産業分野に使われる技術になりそうですか?

[柏尾准教授]照明用LEDは市場が広がりきって価格が下落していますが、代わりに自動車用ヘッドライトなどが業界を牽引しています。LEDを自動車用ヘッドライトに用いるためには、かなり高い光度が必要ですし、一般のディスプレイ用や照明用のLEDよりも高い信頼性が求められます。一般的に、明るさと信頼性はトレードオフの関係になりますが、信頼性を保ちながら明るさも高めるという両立設計を実現するため、私の研究を活かせないかと考えています。

鉄道設備の異常を監視するテレメータシステムの高機能化

――もうひとつの研究テーマは、鉄道用テレメータシステムに関するものと伺いました。

[柏尾准教授]これは、JR四国(四国旅客鉄道株式会社)が全路線に敷設している光ファイバー網を使って各鉄道設備から収集したビッグデータを、様々な手法で解析し設備のメンテナンスに活かすという研究で、JR四国と徳島大学、新居浜工業高等専門学校、本学の4者で行っている共同研究になります。

JR四国が導入しているテレメータシステム。ここから得られるビッグデータをAIで解析し、設備の故障を示す特徴的なデータを見つけ出す

――こちらは、どのようなことを狙った研究になりますか?

[柏尾准教授]JR四国の路線には山間部も多く、人による設備の監視が難しいという状況があります。そこで、全線に光ファイバー網を施設して、あらゆる設備に関するデータを吸い上げて、高松にある指令所に送り、蓄積するというテレメータシステムを導入しています。このシステム上で膨大なデータが蓄積され始めているので、それらのデータを使って、設備が故障したことを自動判定したり、設備の寿命予測をしたり、といったことを研究しています。

例えば踏切の遮断機についているバー、遮断桿と言いますが、これが結構な頻度で折れます。現在は気が付いた通行人の方に通報してもらったり、職員が直接確認したりして、初めて折れたことが分かるようになっているため、長時間踏切が危険な状態になっていることもあります。テレメータシステムでは、遮断桿を上げ下げするサーボモーターや整流器の電流、電圧などのデータを常時取得していますので、遮断桿が折損したときの負荷の変動による微細な信号の変化を、信号処理やAIで検出できないか、という研究を行っております。

――モーターの電流値の変化などから、遮断桿の破損を検知するということですか?

[柏尾准教授]現在は、設備の故障記録と、それに対応したデータを照合して、遮断桿が折れるとどのようにデータに影響するのかといった基本的な分析をしています。例えば、通常時サーボモーターの駆動電流は、平均値から±3σ位の範囲で動いていることがわかりましたので、故障したらこの範囲から外れるのかな、といったことです。ただ、鉄道用設備は寿命が長く、故障が少ないので、なかなか異常状態のデータが集まらないのが悩みです。

それに、例えば踏切の場合、遮断機にもいろいろな種類のものがあり、それぞれで得られるデータが違いますし、故障のモードによってデータへの影響も異なってきますので、なかなか特徴量を取り出すのが難しい。そこで、主成分分析(Principal Component Analysis: PCA)と呼ばれる多変量解析手法を使って、遮断桿が破損したとき、どのデータに大きく影響するのかを解析して、関連性の高いデータだけに絞って解析するようなアプローチ方法を取っています。

故障検出や寿命予測のために必要な、実際の故障データを集めるのが難しいという

AIとテレメータシステムでメンテナンスを効率化――TBMからCBMへ

――こちらはどのようなきっかけで着手されたのですか?

[柏尾准教授]本学に赴任する前、新居浜工業高等専門学校に在籍していました。その当時、私が代表で、本研究のメンバーである新居浜高専の田中大介先生と一緒に、機械学習応用の研究を行うマシンラーニング応用ラボを立ち上げました。その時にJR四国から問い合わせがあって、一緒に研究することになりました。

鉄道事業では、安全性が最も重要ですので、人の手間をかけて、ある意味過剰にやっているわけです。そのため現在、故障の有無に関わらず定期メンテナンス(TBM:Time Based Maintenance)を行っておりますが、これを状態基準保全(CBM:Condition Based Maintenance)へと進化させたいということが、JR四国グループのキーワードになっているようです。TBMをCBMにすることで、コストも下げられるし安全性も高められる。これを、テレメータシステム+AIで実現しようというのが狙いです。遮断桿の折損検出の自動化は、できれば今年度中に実現したいと思っています。

――主にどのようなAIを使われていますか?

[柏尾准教授]複雑なモデルになるほど学習コストが高くなるので、あまり複雑でないメカニズムの事象には学習コストが低いモデルを使っています。回帰分析であれば最小二乗法を使った線形回帰のような古典的な手法から、分類問題であればサポートベクターマシン(Support Vector Machine)、画像認識であれば最新のCNNを使うなど、解析の目的やデータの性質に合わせています。その他、多層パーセプトロン(Multi-Layer Perceptron)や、RBF(Radial Basis Function)ネットワーク、ランダムフォレスト(Random Forest)などの代表的な機械学習手法もよく使用しています。

解析の目的に応じて最適なツールを使い、研究の効率を高めている

――研究室はどのような体制でしょうか。

[柏尾准教授]今年で2年目の研究室ですが、学部生が9名で、院生が1名です。来年度は院生3名、学部生9名の、合計12名になる予定です。AIや機械学習は産業界からの引き合いも多く、ホットなトピックなので、AIに興味がある優秀な学生が集まってきています。当学科は、情報系ではない電気電子系ですが、私の研究室の学生達はPythonなどのプログラミング言語を一から勉強して、数カ月で使いこなすようになっていきますね。

エンジニアとして、専門プラスアルファを持ってほしい

――学生たちに向けてメッセージをお願いします。

[柏尾准教授]私自身は情報系の出身で、日亜化学工業に就職した際は社内SEになろうと思っていました。ところが実際に配属されたのは、事業の中心だったLEDの製品設計で、図面の引き方も知らないのに設計担当やプロジェクトリーダーをやって、寝る暇もないくらい忙しい時期もありました(笑)。私が勤務していた当時、LEDの光学シミュレーションは、会社の中ではほとんど使われておりませんでしたが、設計業務に取り組みながらパッケージング設計に取り入れていくことができ、それが今の研究につながりました。

当研究室では、電気電子工学という基礎の上に、今一番熱いAI技術を使っています。AIの専門家でなくとも、ツールとして広まりつつある技術を身に付ける意義は大きい。専門プラスアルファの技術を持つことはエンジニアとして自分自身の価値を高める意味で、とても大切です。学生達には、そういう見通しを持って、研究、勉強に取り組んでほしいと思っています。

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ライタープロフィール
後藤 銀河
アメショーの銀河(♂)をこよなく愛すライター兼編集者。エンジニアのバックグラウンドを生かし、国内外のニュース記事を中心に誰が読んでもわかりやすい文章を書けるよう、日々奮闘中。


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