量子ビットを結晶に20ミリ秒間保存することに成功――固体状態の量子メモリーでは世界新記録

(c) Antonio Ortu/CC-BY

スイスのジュネーブ大学は、「メモリー」として用いた結晶に量子ビットを20ミリ秒間保存することに成功したと発表した。固体状態の量子メモリー保存時間としては世界新記録となり、長距離量子通信ネットワークの開発に向けて大きな一歩を踏み出したといえる。この研究は、2022年3月15日付で『npj Quantum Information』に掲載された。

20世紀に発展した量子物理学は、ある粒子が同時に複数の場所に存在する可能性を表す「重ね合わせ」や、2つの粒子が離れていても同時に影響を及ぼし合う能力を表し、アインシュタインが「不気味な遠隔作用」と呼んでいた「量子もつれ(エンタングルメント)」など、マクロな世界にはない概念を導入した。そして量子物理学は、コンピューター、スマートフォン、GPSなど、さまざまな技術の発展を可能にしてきた。

現在では、非常に安全な通信ネットワークの構築を目指して、メッセージ暗号化技術に関する分野で、量子論は暗号技術研究の中心となっている。量子論は、通信している両者間で情報(量子ビット)を光ファイバー内の光子が伝送する際に、情報の完全な真正性と機密性を保証することを可能にする。「重ね合わせ」現象によって、送信者はメッセージを運ぶ光子が傍受されたかどうかを即座に知ることができるのだ。

しかし、長距離量子通信システムの開発には、光ファイバーの中を数百km進むと、量子ビットを運ぶ光子が消滅してしまうという問題がある。信号のコピーや増幅ができないため、信号の機密性を保証する量子状態が失われてしまうのだ。そのため、量子メモリーベースの中継器(リピーター)を作ることで、信号を変化させずに中継する方法を見つけることが課題となっている。

研究チームは2015年に、光子によって運ばれた量子ビットを0.5ミリ秒間、結晶に保存することに成功した。このとき、光子は結晶の原子に自身の量子状態を転写してから消滅した。

今回の研究では、この持続時間を大幅に伸ばし、20ミリ秒間、量子ビットを保存できた。さらに、わずかに忠実度は低下したが100ミリ秒の大台も達成した。以前の研究と同様、光を吸収して再放出できる希土類金属を添加(ドープ)した結晶を用いており、今回は希土類金属にユウロピウムを使用した。この結晶は、絶対零度(マイナス273.15℃)に保たれていた。絶対零度より10℃以上高くなると、結晶の熱擾乱(じょうらん)によって原子の量子もつれが破壊されるからだ。

この結晶に1000分の1テスラといった微小な磁場をかけ、強い周波数を結晶に送る動的デカップリング法を用いた。これらの技術により、希土類イオンを環境の摂動から切り離し、ストレージ性能を従来の約40倍に高めることができた。

この成果は、長距離量子通信ネットワーク開発にとって大きな前進となるが、まだいくつかの課題が残っている。現在の課題は、保存時間をさらに延ばすことだ。また、1度に1個以上の光子を保存でき、機密保持を保証する量子もつれ状態にある複数の光子を保持できるメモリーを設計する方法を見つけなければならない。目標は、これら全ての点で高い性能を発揮し、10年以内に市場に出せるようなシステムを開発することだという。

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