興津(おきつ)螺旋 製造部1課所属の佐野瑠美さんは、ねじの製造現場で「ねじガール」として仕事を始めて3年目。大学では英米語学科、事務職希望で入社したが、ねじ作りに魅せられ、いまや「病みつき」。佐野さんを筆頭に、同社では現在6名のねじガールが活躍している。数ミリという小さなねじ一本一本に目を配り、完璧なねじを作れる、腕のいい職人を目指す。(撮影:藤井 慎)
金型を削ったり、機械を調整したり
——ねじはどのように作られるのですか。
当社では冷間圧造といって、常温のままの針金状の素材に、機械に取り付けた金型で圧力を加えて形作る方法で作っています。一度にねじの形にすることはできないので、異なる形の金型で何回か圧力を加えて、最終的な形にします。
——では佐野さんの現在のお仕事は。
私はヘッダーといって、ねじ製造の最初の工程の機械を6台担当しています。ヘッダーはねじの頭の部分を加工する機械で、金型をセットしたり、ねじの長さを調整したりして機械を動かしています。
私が担当しているのは直径2~4ミリぐらいのねじで、ものすごく短いものもあります。アルミサッシやFAで使われる空圧機器及び産業用ロボットに使われることが多いねじです。
——どういうところが難しいですか。
金型は金型を専門とする会社から購入しますが、そのまま使えるわけではなく、製造する製品に合わせて追加工して調整しなければなりませんし、少しの工具のズレや油不足でもうまく機械が回ってくれません。原因はその都度違いますし、それを発見して調整していくのが難しいですね。きれいなねじを作ることも大事ですが、本数も納期も決まっていますから、苦しいこともあります。
何度調整してもうまく機械が回らないときは、お祈りしてみたり、頭の中で「まわる」というフレーズの歌を歌ってみたりしながらやっています(笑)。
日本中、世界中で使われるかも
——ではやりがいや楽しさを感じるのは。
最初は「本当にこの形に作れるかな」と思うこともありますが、少しずつ近づけていってできたときとか、苦労して原因をつきとめて機械が回り出したときは、ゲームをクリアしたような、自分がレベルアップしているような感じでうれしいです。全部がうまく調整できていないと動かないというのは、難しさでもあり、おもしろさでもありますし、自分で考えられる範囲が毎回増えていくのは、とてもやりがいがあります。
自分で作ったねじが、日本中、世界中で使われるかもしれないと思うと、とてもうれしいですし、達成感や自信になっていく感じが病みつきになっています。
——仕事をするうえで、特に気をつけていることはありますか。
私の担当が最初の工程なので、後の工程に不良品を流してしまわないように、よく見ること。機械もよく見れば異常な部分が分かるはずなので、いろいろなことに気づけるようにすること。そういう感性を磨いていこうと思いながら仕事をしています。
きっかけは「製品のことをもっと知りたい」
——大学は英米語学科だそうですが、なぜこの会社を選んだのですか。
姉が営業事務をしていたこともあって、私も最初は事務職を希望していました。インターンシップのときに「人は大事だな」と感じていましたが、会社説明会では社長自ら、ねじの作り方などを説明してくださったのがとても楽しくて、人や会社の雰囲気で選びました。
——では、なぜねじ職人に。
新入社員研修で、製品の箱詰めや梱包は経験しましたが、配属前の社長面談のときに「自分の会社の製品のことがまだまったく分らないので、もう少し勉強して製品のことを知りたい」と社長に伝えました。そうしたら社長が「やってみる?」と言ってくださって、先輩に教えていただきながら製造の研修をさせていただいたのがきっかけです。
入社した年の6月に製造部に配属されて、7月からは機械を担当させていただきました。
——それまではねじ職人になるとは考えていなかった。
会社説明会の工場見学で、匂いがすごく好きだなと思いましたし、入社してから、初めて出来たてのねじを持ったときにすごく熱くてびっくりしたことが印象に残っていて、作るのも楽しそうだなとは思いました。ただ勉強の意味で製造現場の研修をさせていただいても、それまで製造部は男性だけでしたし、配属は事務だろうと思っていました。
——不安はありませんでしたか
初めての女性の職人ということで、最初はすごく不安でしたし、家族も驚いて「無理だ、社長にそう言いなさい」と言われました(笑)。
でも先輩も上司もみんな優しくて、いろいろ教えてくださったり、力がなくても安全に使える工具を作ってくださったり。だんだん不安もなくなって楽しく仕事をしています。
実は木工や機械いじりも好き
——子どものころになりたかった職業とはまったく違いますか。
家が飲食店をやっていたので、子どものころはそこを継ごうと思っていました。
でも思い返してみると、祖父は日曜大工が好きで、私も余った木材をもらってハムスターの小屋を作ったりしていましたね。父も車やパソコンをいじるのが好きで、母も趣味はビーズ細工で、細かい作業を器用にこなします。私もはんだ付けとか結構好きですから、よく考えると家族の影響で、もともとものづくりが好きだったのかもしれません。
——趣味は料理とドライブと伺っています。
料理は、自分が食べたいものを食べたいときに作るので、クッキーを焼いたりすることもあります。ドライブはふらっと出かけて、自分の車のエンジン音を聞きながら走ったり、お店に立ち寄ったり。車をいじるのも好きですね。
小学校から高校までバレーボールをやっていたのですが、最近はサッカーを始めました。まだ上手ではありませんが、ダイエットにもなるかなと。
あとは部屋の片づけも好きなので、自分の部屋にこんな棚があったら……などと考えて、ホームセンターに行ってみたり、ちょっと無理な姿勢で、汗をかきながら何か作ったりするのは好きですね。
——ホームセンターに行くと、ねじをチェックしたりしますか。
そうですね。店頭にお取引先のねじがあると「これは私が作ったねじかもしれない」と、チェックしてしまいます。お客様のねじのストックの中に、私が作ったものを発見したこともあります。やっぱりうれしいですね。
ミッフィーねじ? ミッキー型?
——ねじ職人になってから変わったことはありますか。
ものづくりは楽しいと聞いていましたが、実際に携わるようになって楽しさを実感しています。ねじはどこにでも当たり前にありますが、作るのは大変だし、現場で働く人ってすごいなと改めて思いました。
不良も出てしまうかもしれませんが、そこから学ぶこともありますし、次はどう改善するかを自分で解決していくことや発見することの大切さ、ちょっとしたことを見逃さないように観察すること、あきらめないこと。そういうことが前よりできるようになったかなと思います。
——これから作ってみたい夢のねじはありますか。
ねじの頭の十字穴がミッフィーというキャラクターの口に似ているので、ミッフィーねじ。ディズニーランドも好きなので、ミッキー型のねじ。そういう見て楽しめるようなねじを作ってみたいですね。
まだ具体的には考えていませんが、自分だけのねじ「瑠美スクリュー」も。作った人が分かるように名前が入っていて「この人のねじは前回使ってみて良かったから、また使おうかな」という風になったら面白いなと思っています。
「腕がいい」と言われる職人になりたい
——この仕事をずっと続けていきたいですか。
はい。結婚して子どもができたら「お母さんは、ねじを作っているんだよ」と胸を張っていえるようになりたいですし、仕事もプライベートも充実していきたいと思います。
——どんな職人になりたいですか。
規格内に入っていればいいというのではなく、もっときれいに、完璧といえるようなねじを作れるようになりたいです。経験を積んで、感性を磨いて「こいつは腕がいい、女性だけどすごい」と言われるような、みんなから頼られる存在になりたいと思っています。
——これから職人やエンジニアを目指したい女性にメッセージを。
自分がやってみたいと思ったら、不安があってもまず一歩踏み出してみてください。自分の置かれている環境や仕事を、できるだけ前向きに捉えて楽しみを見つけ、チャレンジしてほしいと思います。
きれいで安全な工場は、従業員が互いにする「おもてなし」
興津螺旋はステンレスねじでは国内トップの生産量を誇り、建築、住設機器、自動車、電気製品、ホームセンターなど、多くの業界で使われている。社員は約80人。そのうち約4割が女性という、製造業ではめずらしい会社だ。ねじ職人である「ねじガール」は現在6人で、来年度の採用で2人決まっているそうだ。
社長の柿澤宏一氏は「ねじ職人というだけで、無意識のうちに女性は『自分ではない』と壁を作っていたのかもしれない」という。佐野さんが職人として仕事をし始めたことで、壁が取り外された形となり、現場に異動した女性社員もいる。新規採用でも優秀な女性は多く、実際活躍するそうだ。「不良品を後工程に流さない。ねじガールは総じてそういう性質を持っている」と柿澤氏もがんばりを認めている。
女性が製造現場で働くことについて、柿澤氏は「工場は汚くてもしかたがないというイメージがある。そういう固定観念を排除したかった」という。製造現場で女性が仕事をすることをきっかけに、もっと工場をきれいにする。「それはおもてなし。女性だけではなく、すべての従業員に対するおもてなしと考えたら、工場はきれいでなければいけないはず」と柿澤氏は語る。
きれいにするだけではない。たとえば金型を削る手持ちの工具。女性でもけがなく扱えるように、直接工具を持たずに作業できる工作機器を作った。力が弱くても機械のボルトをきつく締められるように、ロングレンチを使うようにした。「女性目線で仕事を組み立て直すことによって、男性も楽になる」と柿澤氏。
女性の存在が職場環境にいい影響をもたらしている。
柿澤氏は最近のエピソードを聞かせてくれた。工場内に新たに女子トイレを作ることになったので、女性の意見を取り入れて設計してもらったそうだ。「まるで『トイレ付リビング』で……」と柿澤氏は笑う。しかし女性目線のよいアイデアは、男子トイレにも一部採用するそうだ。社員が発言し、いいものは取り入れるという社風の同社。社員の躍動が、製品の信頼を支えている。