東京大学生産技術研究所は2017年5月19日、シリコン薄膜にナノ構造を形成することで熱を特定の方向に流し、一点に集めることに成功したと発表した。半導体チップなどの放熱問題の解決につながる可能性がある。
半導体チップにとって、発生する熱をいかに制御するかは大きな問題だ。しかし、熱は固体中を四方八方に拡散、特定の方向により多く流すこともできず、熱の特性は材料だけで決まっていた。本来固体中の熱は、振動を粒子とみなしたフォノンによって運ばれ、熱特性はフォノン同士の衝突頻度に左右される。そのため、フォノン同士の衝突以前にフォノンの平均自由行程程度のナノ構造に衝突させれば、物理的な構造により熱伝導を制御できると考えられた。そこで最近、個体のナノ構造化によって熱伝導を制御しようとする試みが始まってきた。
今回、研究グループは、厚さ150nm(ナノメートル)のシリコンの薄膜に半径100nmほどの円孔をあけた試料を梁とした両持ち梁構造を作製。試料に温度勾配を与え、円孔をさまざまな位置に配列することで、どのようにフォノンが移動するかを調べた。また熱伝導計測のため、光を使った非接触の高速測定システムを開発。ナノ構造の位置を1cm角の半導体チップ当たり1万個程度計測できるようにした。
まず、フォノンが細線構造に入っていきやすい結合構造と、半周期横方向にずらして入りづらくした非結合構造を用意し、試料の各点で熱の散逸時間を計測した。結果、結合構造は非結合構造と比べて散逸時間が低温では16%、室温でも7%早いことを計測。熱に指向性を与えられることを世界で初めて実験的に示した。
次に、円孔を放射状に配置してレンズのように熱を一点に集める働きを持たせられるかと試み、焦点位置に熱の逃げ道となるスリットを設けた構造を作製。比較のため、スリットを焦点位置から右にずらした試料を複数用意して、熱散逸時間を計測した。その結果、スリットが焦点位置にあるときに最も熱散逸が早く、スリットが焦点位置からずれるほど、熱散逸が遅くなることを検出。固体中の集熱が可能であることを実証した。
本成果により、半導体などにおける放熱性能の向上や、熱流の指向性を考慮した構造設計、局所的な熱流や温度分布を必要とする系への利用が促されるとし、フォノンエンジニアリング分野の基礎研究の発展が期待できるとしている。