東京大学と埼玉大学は2017年10月2日、三角形の結晶格子(三角格子)を持つ物質で、量子力学的なゼロ点振動により電子のスピンの方位が定まらない「スピン液体」という特異な磁性を持つ金属状態を発見したと発表した。
物質は、結晶の格子点に1つずつ電子が止まっている状態では電気伝導性を示さない(モット絶縁体)。このような状態の物質の多くは、電子のスピンが互い違いに逆方向を向いた反強磁性絶縁体になる。しかし、三角形の結晶格子(三角格子)を持つ物質では、隣り合うスピンがすべて互い違いに並ぶことができない。こうした状況では、極低温まで冷やしても量子力学的なゼロ点振動の効果でスピンが揺らぐ「スピン液体」と呼ばれる状態になるとされ、実際に三角格子の物質で発見されている。スピン液体のこのような特殊な磁気的性質は、キャリアドープ(電子の数を変化させること。電気伝導度を変化させる方法として広く用いられる)により、通常の金属とは異なる特異な電気伝導となることが期待されていた。
今回同研究グループでは、三角格子構造を持ち、電子の数が格子点の数よりも11%少ない(11%のキャリアドープが実現している)と考えられる分子性結晶の電気抵抗率とスピン磁化率の測定を行った。その結果、キャリアドープによって絶縁体は金属に変わったが、スピン磁化率の振る舞いはキャリアドープされる前のスピン液体の振る舞いとほとんど変わらないことを見出した。
一般に、絶縁体が金属に変わるときは、止まっていた電子が動き出すため、電子を特徴づける電荷とスピンの振る舞いはどちらも大きく変わる。今回の実験結果は、スピンが液体状態にある絶縁体にキャリアドープを行うと、スピンは液体状態を保持したまま、電荷が担う性質が劇的に変化(電気伝導を獲得)する、すなわち電荷とスピンが分離して振る舞うことを示している。また、このような状況の金属が通常とは異なる特異な金属であることが、電気伝導度の温度依存性から明らかになった。
もともと電子が持っている電荷やスピンなどの性質が、物質中で独立して振る舞う現象は、強い磁場下、電子の運動が一方向に限定された物質、物質の表面など特殊な状況で発見され、現代物理学の大きなテーマの1つとなっている。今回の発見は、電子の集団運動の新たな側面を明らかにするものだという。