東京大学、電気通信大学、日本原子力研究開発機構(JAEA)は2018年12月22日、絶縁体を介して磁石に電圧を加える「電界効果」という手法を用いて、秒速100メートルを超える高速な磁気の壁(磁壁: N極とS極の境界)の運動を制御することに世界で初めて成功したと発表した。ワイヤー状に加工した磁石の中でN極およびS極の向きをデジタル情報として担わせ、それらをシフトさせることで情報の読み出しを行う「レーストラックメモリ」の高速化・省エネ化につながる技術として期待されるという。
磁石はミクロな視点で見ると、「磁区」と呼ばれるN極とS極の向きがそろった小さな磁石の集合体で、それぞれの磁区は磁壁と呼ばれる磁気の壁により隔てられている。鉄などの磁石が磁気を帯びる現象にはこの磁壁の移動現象が関わっている。
1つ1つの磁区にデジタル情報を担わせ、それらをシフトさせることで情報の読み出しを行うレーストラックメモリ(RTM)が近年注目されている。その性能向上のためには、磁区シフト(磁壁移動)をより高速に行うことが不可欠だ。
現在は、磁壁移動速度が速いと見込まれる磁石材料をしらみつぶしに調べる材料探索が主流となっている。研究グループは、外部から磁性を制御することで、材料を変えることなく磁壁移動を高速化できないかと考え、研究をはじめたという。
今回の研究では、絶縁体を介して材料と金属電極間に電圧を加えることで材料の特性を外部から制御する「電界効果」に注目。材料として膜厚が数原子層程度の極薄な磁石を用いると、電界効果により磁力や磁気異方性(磁気の特定方向への向きやすさを表す量)を制御できることが知られている。この手法は電圧をかける瞬間を除いて素子に電流が流れないため、極めてエネルギー消費が少ない磁性の制御方法であるという特長をもつ。
研究グループは、磁石であるコバルト(Co)薄膜を重金属の白金(Pt)やパラジウム(Pd)と積層させたPt/Co/Pd磁石を材料として用い、絶縁体(酸化ハフニウム)、金電極からなるコンデンサ構造を作製。加える電圧の大きさを変えながら、Pt/Co/Pd磁石における磁壁移動速度を測定した。
その結果、+15Vの電圧を加えている場合に比べ、-15Vの電圧を加えている状態では同じ磁界に対して、磁壁がより速く移動していることが分かった。また、秒速100メートルを超える高速な磁壁移動を電圧の印加によって制御することにも成功。これまで、秒速1ミリメートル以下の”遅い”磁壁移動を電圧で制御できることは知られていたが、今回の結果はその10万倍もの速度で運動する磁壁も電圧制御可能であることを世界で初めて示した。
また、さらに詳細な測定を行った結果、原子レベルに薄い磁石が持つ「ジャロシンスキー・守谷相互作用」というエネルギーの大きさが電圧により変化していることが、磁壁速度変化の起源であることを突き止めた。
今回の研究は、電圧による磁壁移動の高速化の可能性を、メモリーとして実用可能な速度領域で実証した。今後は、より大きな移動速度の制御が可能な材料系の探索や、電流で駆動する磁壁移動の電圧制御に取り組む予定だという。
また、電流駆動の場合は、電圧を加えているときだけ磁壁が全く動かなくなるといった磁壁移動の「オン/オフ」制御が可能だとして、磁壁を用いた不揮発性論理回路の作製などの新たな展開も期待できるという。