スマホアプリ「ボケて」「TVer」の生みの親。アプリとリアルをつなぐエンジニア集団を率いるプログラマー社長――ブレイブソフト 菅澤英司氏

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ブレイブソフト 代表取締役CEO/CTOの菅澤英司氏は、大学時代にアプリ開発のアルバイトをしながら独立できるレベルの技術力と営業力を身に付け、卒業と同時に起業。スマートフォンの登場直後からアプリ開発を手がけ、ボケて(bokete)、TVerなどを世に送り出してきた。個人でアプリを開発してリリースすることを趣味とするほど、プログラミングが好き。「リアル×アプリ」をメインテーマに掲げ、楽しみながら挑戦し、挑戦によって社会に貢献することを理念に、最強のものづくり集団を目指す。(執筆:杉本恭子、撮影:水戸秀一)

――ソフトウェアの分野に興味を持ったきっかけは。

私は数学や物理は得意でしたが、パソコン好きの少年というわけではありませんでした。大学付属の高校でしたが、当時は麻雀やカラオケなどをして怠惰に過ごし、将来は物理系の研究職になるのかなと何となく考えていましたが、高校生ながらにこんな人生ではいけないとも感じていました。

ちょうどその頃Windows98がリリースされ、大学に情報科学部も新設されました。私は、将来はITが発展するのではないかと感じ、情報科学部を受験することに決めました。その学部は最難関だったのですが、エスカレーター式に大学へ進むより、そこにチャレンジして、だめだったら大学に行かずに他の道を考えようと決意し、高校3年生の1年間は必死で勉強して、希望の学部に入ることができました。私にとってはチャレンジすることに意味がありましたし、今こうして、ソフトウェア開発の世界に身を置き、職業としてエンジニアになっている訳ですから、人生の大きな転機だったのだと思います。

――大学生の頃から開発の仕事をしていたそうですね。

大学2年生の時、友人からITベンチャーのアルバイトに誘われました。当時はJavaが登場した頃で、大学の授業でもJavaを勉強していたこともあり、iモードアプリの開発を担当しました。最初に開発したのは野球ゲームの有料のアプリで、月間1000万円ぐらい売り上げるヒットになりました。

その後、企業の基幹システムや、テーマパークの管理システム、住宅メーカーの物件管理システム、CMSなど、さまざまなシステムを開発しました。プログラミングはとても楽しいし、気の合う仲間と開発し、世に出すと多くの人が使ってくれる。そういうものづくりの醍醐味に触れ、どんどんプログラミングにのめりこんでいきました。大学はちゃんと卒業しましたが、アルバイトが本業なのではと思うくらい、開発に夢中になっていました。

世の中も、会社もシステム

尊敬する人物は高杉晋作。無人島に何かひとつ持っていくなら、司馬遼太郎が高杉を描いた「世に棲む日日」。

――卒業と同時に起業していますが、起業はいつ頃から考えていたのですか。

大学を卒業する半年前くらいからです。アルバイトでの経験を活かして、自分の手で稼いでいきたいと思い、一緒にアルバイトをしていた友人と3人で会社を立ち上げました。

1年ぐらいで社員も10人ほどになりましたが、幹部メンバーの価値観の不一致から解散し、単独で2005 年4 月に立ち上げたのがブレイブソフトです。

――会社の経営をしていると、好きなプログラミングができないのでは。

会社を成長させていくうちに、世の中もシステムで、会社もその中の1つの自立したシステムであると感じました。システムを作り、動かす、という意味では、プログラミングと経営は似ていると思います。自分が第一線でプログラミングをしたいと思っていた時期もありましたが、今は経営者として、世の中を動かすことに面白味を感じています。

――現在、プログラミングは趣味の1つだそうですね。

はい。年に1回どこか遠くに行って、誰にも邪魔されない環境で思う存分プログラミングをして発散しています。2018年は2週間石垣島に行き、Amazon Alexaのアプリを作りました。

当社には、匿名で素直な気持ちをつぶやける「HONNE」というアプリがあります。ホンネ投稿はこれまでに200万件以上蓄積され、ホンネに対する回答もたくさんあります。それらを活用して、Alexaにホンネを言うと一言返してくれる「ホンネトーク」というアプリを作りました。

石垣島では、朝起きたらプログラミングして、海で遊んで、夜にまたプログラミングする。天国みたいな生活でしたね。

リアルな体験を変えていく

日本を立て直そうとみんなががむしゃらに働いていた昭和時代は魅力的。社内の壁には当時台頭していた企業の格言が並ぶ。

――現在御社で注力している製品を紹介してください。

イベント主催者がイベントアプリを短期間で構築できるプラットフォーム「eventos(イベントス)」です。

eventosで作製したアプリは、たとえば会場での現在地を確認するとか、待ち時間をチェックしたりすることもできるので、長時間行列に並ぶこともなく、イベントを楽しむことができます。主催者側も印刷等のコストを削減しながら集客や情報発信ができ、効果分析を次の企画に活かすこともできます。

――なぜイベント向けアプリのプラットフォームを開発しようと考えたのですか。

当社では、「ボケて」、「TVer」を始め、ゲームアプリなど多くのアプリを開発してきました。そのうちにデバイスの中で完結するだけでは、あまり生活が豊かにならないのではないかと思うようになり、外に出かけることが楽しくなるようなサービスを提供したいと思いました。

2014年頃には、大型のイベントからアプリを作ってほしいという相談も寄せられるようになり、開催の1カ月前にお話をいただくこともあり、大概のことでは「ノー」とは言わないのですが、短期間過ぎてお受けできないケースが出てきました。イベントもアプリが必要とされる時代になっていることを実感し、短期間でイベントアプリを構築できるソリューションとして開発したのがeventosです。

インターネットが普及している中、フェスや音楽ライブ、体験型エンターテインメントなど、リアルな体験ができるイベント市場は成長しています。イベントでは情報収集はもちろん、同じ趣味の人たちと交流したり、SNS映えするネタとしてイベントの様子を投稿したりと、近年ますます盛り上がりをみせています。しかしイベント自体は、現地で紙のパンフレットを配布するなど、今でもすごくアナログな部分もあります。ほとんどは年1回の開催ですから、変えようという力も大きくは働かないし、変えたとしても年1回では進歩が遅い。イノベーションの余地がたくさんあると思っています。

――では今後目指していることは。

まずはeventos単独で年間3億円の売上が目標です。そして東京五輪のある2020年に上場することを目指しています。

eventosを成長させたら、次はイベントをもっと楽しくするデバイスも開発したいですね。たとえばリングをしているだけでその場で決済できるとか……。安価に作ってトータルソリューションとして広げていけたらいいなと思っています。eventosを通じてリアルな体験がストレスなく、さらに楽しめるように変化してきていますので、それをもっと進めていきたいですね。

世の中の役に立ってこそエンジニアリング

現在、中国語を勉強中。中国人社員の結婚式では中国語でスピーチをした。

――菅澤さんにとって、仕事のやりがい、モチベーションの源泉とは。

やはり自社で開発したアプリが使われているのを見るのは、やりがいですね。世の中を便利に、楽しくしていることを実感します。私自身はものづくりが好きなので、もっと良いもの、役に立つものを作れるようになりたいという思いが、一番のモチベーションになっています。

――最後に、エンジニアにメッセージをお願いします。

製品に対して、工学的、技術的に優れているものがよいとか、高品質なものがよいと考えることも大事ですが、多くの人に使われる製品にするためには、ユーザーがどういう気持ちで使うのか、世の中にどうやって広まるのか、というところまで考える必要があります。世の中の役に立ってこそのエンジニアリングだと思うので、そこまで考えられるエンジニアが増えるといいですね。

関連リンク

ブレイブソフト
eventos(イベントス)



ライタープロフィール
杉本 恭子
幼児教育を学んだ後、人形劇団付属の養成所に入所。「表現する」「伝える」「構成する」ことを学ぶ。その後、コンピュータソフトウェアのプログラマ、テクニカルサポートを経て、外資系企業のマーケティング部に在籍。退職後、フリーランスとして、中小企業のマーケティング支援や業務プロセス改善支援に従事。現在、マーケティングや支援活動の経験を生かして、インタビュー、ライティング、企画などを中心に活動。心理カウンセラー。


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