- 2023-5-31
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- AI, VR, エンジニア, ポリマー, レゾナック, 作る化学, 半導体後工程材料, 昭和電工, 昭和電工マテリアルズ(旧日立化成), 混ぜる化学, 考える化学, 計算情報科学研究センター
2023年1月、昭和電工と昭和電工マテリアルズ(旧日立化成)の統合により誕生したレゾナックは、半導体・電子材料、モビリティ、イノベーション材料、ケミカルの事業を展開し、半導体後工程材料の売上高では世界No1となる機能性化学メーカーだ。同社は「考える化学」(評価・シミュレーション、構造解析、計算科学)、「作る化学」(素材)、「混ぜる化学」(アプリケーション)という3つの強みを融合させ、日々イノベーションの創出に取り組んでいる。
計算情報科学研究センター 分子設計グループ プロフェッショナルの吉田勝尚氏が担っているのは、「考える化学」。物理と計算科学の知識で、社内を横断して製品開発をサポートしている吉田氏に、エンジニアとしてのキャリアや仕事のやりがい、今後の展望を語っていただいた。(執筆:杉本恭子 撮影:編集部)
--まず、御社の事業についてご紹介いただけますか。
[吉田氏]レゾナックは2023年1月に、昭和電工株式会社と昭和電工マテリアルズ株式会社(旧日立化成株式会社)が統合してできた機能性化学メーカーで、半導体・電子材料、モビリティ、イノベーション材料、ケミカルのセグメントで事業を行っています。2社の統合によって、半導体電子材料の売上高は弊社全体の3割にあたる、約4,000億円に上り、特に半導体の後工程材料では、世界ナンバーワンの企業となりました。材料の機能設計はもちろん、社内で原料にまでさかのぼって開発することができる体制を持っています。
--吉田さんが所属している計算情報科学研究センターでは、どのような業務を行っているのでしょう。
[吉田氏]各事業部がそれぞれの製品開発を行っているのに対し、計算情報科学研究センターは全社横串の組織です。センター内には5つのグループがありますが、大きく分けると情報科学と計算科学の2つの軸があります。情報科学は、文書、画像、数値など様々なデータを基に機械学習や量子アニーリングなどの技術を活用しながら、より良い組み合わせや素材、製品を見出していく分野です。計算科学は反応や熱、変形などの現象を数値シミュレーションにより理解し、製品開発に応用する分野です。
私たちは主に社内向けにソリューション提案を行っていて、各事業部がお客様に喜んでいただけるいい製品を作るために、目に見えない物理現象や化学反応を特定し、どうアプローチすれば良いかを、数値計算やAIなど、その時々に適した方法を使ってサポートするという役割を担っています。最近ではエンドユーザー向けのソリューション提案の検討も行うようになりました。
私は計算科学のグループに属していて、主に流体、固体物性、光学などの数値解析を行っていますが、センターには、化学、物理、数学など、様々なバックグラウンドを持つエンジニアが所属しています。
--セグメントも異なる様々な材料や製品の開発をサポートするのは、とても難しいことではないでしょうか?
[吉田氏]事業部によって扱っている材料が違うため、抱えている課題も様々です。ですから、相手の状況を把握し、一つ一つ問題を定義して、アプローチを検討しなければなりません。でも、横串組織であるからこそ、幅広い技術を集約して、応用、融合することができますし、より高度な提案ができる力を蓄えられるのだと思います。
物理の専門家が化学材料メーカー?
--次は吉田さんご自身のことを聞かせてください。大学院の専門は半導体デバイス物理とのことですが、なぜその分野に進んだのでしょう。
[吉田氏]大学は理学部の物理学科に進みまして、そこで物理の面白さにはまりました。そして、大学院を選ぶ段階になって「自分に何ができるか」を考えたときに、次世代の新しい太陽電池というキーワードに辿り着きました。研究に携わるうちに、半導体の面白さを知り、太陽電池にとどまらず、半導体を使った他のデバイスのモデリング、シミュレーションの分野にどんどん入り込んでいきました。
2013年に博士課程を修了した後もそのまま研究員として大学に勤務し、学生のサポートをしながら研究を続けました。半導体のデバイスに関することなら、「まずは何でもやってみる」という感じでしたね。
--2020年にはレゾナックの前身である昭和電工に入社されましたが、化学材料メーカーを選んだ理由は?
[吉田氏]当時は、国内の半導体メーカーに比べて、海外のOEMメーカーや製造装置メーカーの方に活気がある時代でした。そんな状況の中、国内で元気な業界、世界と戦える業界はどこだろうと考えた結果、着目したのが化学材料だったのです。
--化学と吉田さんの専門である物理は、異なる分野のように思いますが……
[吉田氏]学問的には化学と物理は別で扱われますが、われわれがやっているような材料化学の世界では境目はありません。なぜなら、見方が違うだけで、出発点はすべて原子になるからです。
例えば、ポリマーと言えば化学のイメージですよね。このような分子量の多い複雑なものは化学的にアプローチするほうがいいのですが、シリカなどの無機材料は物理的に考えたほうが分かりやすいのです。
これらの物質はよく混ぜることもあります。その時、異なる物質の間をつなぐのは物理現象です。引き合うのか、反発するのか、その要因は化学結合なのか、電気的なプラスとマイナスの電荷なのか、といった原子の現象です。つまり、すべて原子として捉え直せば起こることに違いはなく、化学的か物理的かというアプローチが違うだけで、そもそも見ているものは同じなのです。とはいえ、私は化学の専門家ではないので、理解できないことがあれば、専門家に説明してもらい、問題点をしっかり理解することを繰り返しています。
VRを使えば、原子、分子レベルの世界にも飛び込める
--では、仕事の進め方の面はどうでしょう。大学の研究室と企業では、様々な違いを感じられたのではないでしょうか。
[吉田氏]大学の研究室でやっているのは、将来「何か形になるかもしれない」技術の研究であり、すぐに製品化につながるものはほとんどありません。これも夢があってすごく面白いのですが、企業では自分のやったことが最終的に形になる、という点が大きく異なりますね。
当然、企業活動は事業ですから、スピード感も違いますし、納期もあります。製品として良いものを作るというゴールが明確に決まっている中で、性能をどこまで突き詰める必要があるのか、逆に必要のないものはどこかを判断をしながら仕事をしていくのは、企業ならではだと思います。
前職では、研究室勤務でシミュレーションの分野という、ある意味狭い範囲で業務を行っていたわけですが、ここでは実際に材料を作る工場を見に行くこともできます。最終的な製品、その先にいるお客様を意識して、自分の仕事の成果がどう活用されていくのかが見えるのは、とてもやりがいがあります。
--現在はどのようなことに取り組んでおられますか?
[吉田氏]従来の業務と並行して、材料開発にVR技術を活用することに取り組んでいます。先ほどお話ししたように、弊社の業務では異なる材料を混ぜたり、接着したりすることが多くあり、その場合、原子と原子の相互作用を考慮した運動方程式を解いて、分子の挙動を解析します。従来は計算結果をグラフソフトなどで2次元表示し、結合などの挙動の仕組みを解明していたのですが、これがとても難しいのです。そこで、VR技術で原子、分子レベルの世界を再現し、近くで3次元的に観察することを考えました。
--VRを活用することで、どのような利点がありますか?
[吉田氏]まず、視覚で理解できることで、計算科学の専門家と材料開発の専門家の相互理解がスムーズになります。現場で材料開発を担当しているエンジニアも解析できるようになりますし、分子の距離感や位置関係を体感することで、今まで気が付かなかった新たな発想が生まれるかもしれません。結果として、研究開発の加速も期待できます。
現在は主に半導体の材料開発で活用していますが、特に弊社のような化学材料の分野では、これからVR技術を適用できる範囲は非常に多いのではないかと思っています。
「難しそう」は「面白そう」に変わる
--お話を伺っていて、化学材料という世界にいながら物理というバックグラウンドを持っていることが、吉田さんの強みかなと感じたのですが、ご自身はどう思われますか?
[吉田氏]そうですね。課題に対して物理的なアプローチで提案したり、解決策を伝えることで喜ばれることはあります。「そう考えたらいいんだね」などと言っていただくと、良い仕事ができたかな、という気持ちになりますね。研究者時代に上司から「シミュレーションをやる人は、何でもやるんだよ」と鍛えられたことも大きいです。
「難しそう」は「面白そう」に変わるかもしれないので、何でも積極的に取り組むようにしています。知らないことでも一つずつ理解すれば多分できる、とハードルを下げて取り組むことができるのも、私の強みかもしれません。
--では、エンジニアとして仕事をするうえで大切にしていることを教えてください。
[吉田氏]よく社内でも「難しい言葉は使わないようにしましょう」「社内でしか通じない言葉はやめましょう」と言うのですが、特にお客様とお話しするときは、「共通言語化して視点を揃えて、同じゴールをちゃんと見定める」ということを大切にしています。同じゴールを見るには、自分が分からないことは教えていただき、相手が分からないことは聞いていただいて、双方の認識のずれを合わせていくことが大事だと考えています。
何かに取り組むときのゴールはお客様がうれしいゴールだけでなく、自分の中でももう一つ、例えば、「新しい技術を獲得する」など自分がうれしいゴールも設定しています。そうすれば、方針が変わって進めていた業務を途中でやめることになっても自分の中に残るものができるので、それがモチベーションになるのです。
--最後に、今後の抱負をお聞かせください。
[吉田氏]デジタル技術の活用によって、化学業界もこれから大きく変わってくると思いますので、「柔軟に、新しいものを吸収していく」ことを意識しながら、化学業界に対して貢献していきたいです。弊社が「考える化学」を大事にしているように、立ち止まってしっかり考えてこそ、次のプロットが描けるのだと思いますし、AIやVRなどの最新技術も活用しながら、提案の幅をどんどん広げ、それを実現できるメンバーと一緒に成長したいですね。
取材協力
ライタープロフィール
杉本 恭子
幼児教育を学んだ後、人形劇団付属の養成所に入所。「表現する」「伝える」「構成する」ことを学ぶ。その後、コンピュータソフトウェアのプログラマ、テクニカルサポートを経て、外資系企業のマーケティング部に在籍。退職後、フリーランスとして、中小企業のマーケティング支援や業務プロセス改善支援に従事。現在、マーケティングや支援活動の経験を生かして、インタビュー、ライティング、企画などを中心に活動。心理カウンセラー。