京都大学は2021年07月29日、慶應義塾大学、理化学研究所、Spiberと共同で、ジョロウグモ亜科4種のゲノムを決定した上でマルチオミクス解析を実施し、研究対象のクモ糸がこれまで考えられていた以上に複雑な複合素材であることを明らかにしたと発表した。さらに、人工クモ糸の物理特性を劇的に改善する新物質「SpiCE-NMa1」を発見したという。
鋼を上回る強度とナイロンに匹敵する伸縮性を併せ持つ強靭なクモ糸の人工合成は、国内外でベンチャー企業が産業応用を始めている。しかし、現状では天然の物性を完全に再現するに至っていない。クモ糸の構造形成に重要な紡糸過程が天然と産業的生産工程で大きく異なることや、クモ牽引糸を構成するMaSp1とMaSp2というタンパク質のうち、工業的には主に一種類のみが活用されている点などがその理由であると考えられている。
研究チームの先行研究では、クモ牽引糸を構成する遺伝子がMaSp1とMaSp2だけではなく、より複雑であることが示されつつあった。クモ糸の物性に多様な構成要素がどのように寄与するか解明することが待たれていたという。
研究では、ジョロウグモ(Trichonephila clavata)、アメリカジョロウグモ(Trichonephila clavipes)、オオジョロウグモ(Nephila pilipes )、マダガスカルジョロウグモ( Trichonephila inauratamadagascariensis)のコガネグモ科ジョロウグモ亜科の4種を対象にゲノムを決定した。
そしてナノポアシークエンサーとショートリードシークエンサーを組み合わせた独自のアセンブル法により、整備された高品質なゲノム情報をもとに、クモ腹部の糸腺ごとの遺伝子発現量解析、クモ糸が含むタンパク質のプロテオーム解析といったマルチオミクス解析を実施。ジョロウグモ亜科に共通して保存されているクモ糸関連のタンパク質レパートリーを明らかにした。
これまで牽引糸と呼ばれる糸には、MaSp1とMaSp2という糸タンパク質2種類のみが用いられていると考えられていたが、主要な構成成分として新たな糸タンパク質「MaSp3B」が存在していることが明らかになったという。
さらに、糸タンパク質以外にも複数の機能未知タンパク質が含まれており、中でも牽引糸を合成するクモ腹部の大鞭状腺で遺伝子発現が極めて高かったタンパク質「SpiCE(Spidersilk Constituting Element)」が複数発見された。これらから、強靭なジョロウグモの糸は想定されていたほど単純ではなく、未知のタンパクを含む十数種類の複合素材であることが確認された。
また、これら新規要素を複合的に用いた人工クモ糸合成を実施。まず、MaSp1-3 タンパク質を組み合わせたフィルムを合成し、それぞれの構造変化をWAXS解析したところ、MaSp3がMaSp1やMaSp2と協調的にクモ糸の構造を形成していることが分かったという。
さらに、ジョロウグモ亜科4種全てのクモ糸から共通して新規発見されたSpiCE(SpiCE-NMa1)をMaSpに混ぜて人工クモ糸タンパクを素材としたフィルムを合成した。その結果、重量あたり1%のSpiCEの添加により、MaSpタンパク質のみで作られた時に比べて強さ(Tensile strength)を2倍以上、伸び率(Elongation)を1.5倍以上も上昇させることに成功した。
今回の研究では、数%しか含まれない因子を含めてクモ糸の構成タンパク質を網羅的に明らかにし、クモ糸が十数種類のタンパク質から構成される複合材であることを示した。また、クモ糸に含まれる新規タンパク質が実際に物性向上に寄与することを実験的に証明した。この成果は、今後の人工タンパク素材開発の促進に大きく貢献すると考えられる。