- 2022-5-18
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英国バブラハム研究所の研究チームは、ヒトの皮膚細胞を30歳若返らせることに成功した。まだ研究の初期段階ではあるものの、再生医療における画期的な成果だ。研究成果は、『eLife』誌に2022年4月8日付で公開されている。
加齢に伴い細胞の機能は低下して複製の際にエラーを生じやすくなり、組織の機能障害や疾病につながる。再生医療は古い細胞を修復したり置き換えたりして組織の修復を促す治療法だが、その最も重要なツールのひとつが自己再生能と分化能を持つ幹細胞だ。
2007年に山中伸弥教授は、あらゆる種類の細胞に成長する特別な能力を持つiPS細胞(人工多能性幹細胞)を開発した。皮膚など成熟した細胞に特定の遺伝子を組み込むことで、細胞は初期化されて多能性を持つ幹細胞に誘導(リプログラミング)され、iPS細胞は作られる。
iPS細胞の作製は、成熟した細胞に山中因子と呼ばれる4つの遺伝子を導入してから約50日間かかる。その後、皮膚や筋肉などそれぞれの機能を持つ細胞に、iPS細胞を分化誘導する。
今回の研究では、山中因子を導入して培養する期間を13日と短縮することで、皮膚細胞としての機能を保ったまま細胞を若返らせることに成功した。この手法は研究チームにより、maturation phase transient reprogramming(MPTR:成熟期間一過性リプログラミング)と名付けられている。
細胞は老化すると、遺伝子発現が変化したり、ゲノムの化学修飾が進むことが知られている。また細胞の機能も低下する。そこで、研究チームは、細胞が遺伝子レベルで若返ったことを確認するために、全mRNA解析であるトランスクリプトームと、化学修飾の度合いを調べた。その結果、MPRTを行なった細胞は30歳若い皮膚細胞のプロファイルと一致した。
しかし、細胞の若返りで最も重要なのは機能面だ。今回使用した皮膚細胞の一種である線維芽細胞は、骨、皮膚、腱、靭帯などに含まれるコラーゲンを生成し、組織の構造化や傷の修復に機能する。若返らせた線維芽細胞は、MPRT処理をしていない細胞と比べて、多くのコラーゲンを産生し、修復に必要な部位に素早く移動することが認められた。このことは、機能面でも若い細胞のようにふるまっていることを示す。
さらに、アルツハイマー病に関連するAPBA2遺伝子や白内障の発症に関与するMAF遺伝子など、加齢に伴う疾患と関連する遺伝子にも影響を及ぼしていることが明らかとなった。皮膚細胞の機能である傷修復だけでなく、他の疾患の治療法につながる可能性もある。
iPS細胞は、理論的には全ての細胞に分化できる多能性を持っているが、実際のところあらゆる種類の細胞にリプログラミングさせることはできていない。MPRTのメカニズムはまだ完全に解明されていないが、再生医療にとって画期的な発見になるかもしれない。