水中で演算するニューラルネットコンピューティングの最先端

Credit: Woo-Bin Jung/Harvard SEAS

ハーバード大学は、数百個のイオントランジスタからなるイオン回路を開発し、ニューラルネットコンピューティングのコアプロセスを実行したと発表した。研究はハーバード大学の研究チームがバイオテクノロジーのスタートアップ、DNA Scriptと共同で行ったもので、2022年8月23日付で『Advanced Materials』に掲載された。

スマートフォンやコンピュータ、データセンタなどのマイクロプロセッサは、固体の半導体を通じて電子を操作して情報を処理している。私たちの脳の仕組みはそれとは異なり、液体中のイオンを操作して情報を処理する。研究者たちは長い間、脳から着想を得て、水溶液中の「イオニクス」の開発に取り組んできた。水中のイオンは半導体の電子よりも動きが遅いが、物理的/化学的性質の異なるイオン種の多様性を利用することで、より多様な情報処理が可能になると考えられている。

しかし、イオンコンピューティングはまだ初期段階にある。これまではイオンダイオードやイオントランジスタなどの単一のイオンデバイスのみが開発されてきた。こうしたデバイスを組み合わせて、より複雑なコンピューティング回路を構築した例はなかった。

今回の研究はそれを実現したものだ。研究チームはまず、最近開拓した技術から、新しいタイプのイオントランジスタを作成。このトランジスタは、中心ディスク電極を持つ2つの同心リング電極と接続された、キノン分子の水溶液からなる。

2つのリング電極は、水素イオンを生成し捕捉することによって、中心ディスクの周囲の局所的なpHを電気化学的に下げ、調整する。中心ディスクに電圧をかけると電気化学反応が起こり、ディスクから水中にイオン電流が発生する。このとき、局所的なpHを調整することで、反応速度を速めたり遅くし、イオン電流を増減させることが可能となる。すなわち、pHが水溶液中のディスクのイオン電流をゲート制御することで、電子トランジスタに相当するものを作っているのだ。

次に、ディスク電流がディスクの電圧と、トランジスタをゲート制御する局所的なpHを表す「重み」パラメータとの算術乗算となるよう、pHゲートイオントランジスタを設計。このトランジスタを16×16の配列にすることで、個々のトランジスタのアナログ算術乗算をアナログ行列乗算に拡張。このとき、局所的なpH値の配列はニューラルネットワークで用いられる重み行列の役割を果たす。

人工知能向けのニューラルネットワークでは、行列乗算が最も一般的な計算だ。今回のイオン回路は、電気化学機械に完全に基づいたアナログ方式で、水中で行列乗算を実行した。

このイオン回路は、デジタル方式で電子を操作して行列乗算を実行するマイクロプロセッサほど高速でも正確でもない。しかし、水中での電気化学的な行列乗算は、それ自体が魅力的であり、エネルギー効率がよくなる可能性があるという。

これまで研究チームは、水素イオンやキノンイオンなど3~4種のイオン種のみを使用していた。現在は、より多様なイオン種を採用することで、処理する情報の内容を豊かにすることを考えている。

関連リンク

Neural net computing in water: Ionic circuit computes in an aqueous solution
An Aqueous Analog MAC Machine

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