強磁性の半導体量子井戸構造にパルスレーザー光を照射し、超高速で瞬時に磁化を増大させることに成功 東京大学ら

東京大学は2023年8月1日、同大学大学院の研究グループが分子科学研究所、理化学研究所、高輝度光科学研究センターと共同で、強磁性半導体(In,Fe)Asを含む半導体量子井戸構造に、30フェムト秒(fs)の長さを持つパルスレーザー光を照射し、600fsという非常に短い時間で、量子井戸の磁化を増大させたことを発表した。波動関数の操作によって超高速で磁化を制御することに、世界で初めて成功した。

次世代の電子デバイスの実現に向けて、世界的に半導体スピントロニクスという分野が研究されている。スピン機能を持つ半導体デバイスの出力は、強磁性体の磁化(スピンの向き)で制御されるが、スピンダイナミクスを支配する各種の磁気的相互作用機構は、100fsから10ピコ秒(ps)程度と非常に速く、原理的には、psオーダーでスピン半導体デバイスを動作させることができると期待されている。

しかし、最も研究が進み実用化されているスピンデバイスでも、磁化制御は速くても数ナノ秒(1ns=1000ps)程度で、従来の半導体トランジスタ(MOSFET)より一桁程度も遅い。

また、磁化を反転させ書き込みするために、電流駆動による磁化制御法が採用されているが、極めて高い電流密度を必要とすることから、大量の電力を消費する。スピンデバイスを用いた次世代の情報システムでは、こうした問題点を解決し、高速かつ低消費電力で磁化を制御する方法を確立する必要がある。

磁化制御に必要な消費電力を大幅に低減するには、現在用いられている電流駆動による磁化制御から、動作電流がゼロに近い電圧による磁化制御に切り替える必要がある。

最も一般的な電圧駆動磁化制御法には、金属ゲート/絶縁膜/強磁性体というMOS(Metal-Oxide-Semiconductor)構造にて、金属ゲートに電圧を印加し、強磁性体中のキャリア濃度を変調する方法があるが、大きな消費電力を必要とし、動作速度が遅い(~ns)ことがデバイス応用上の問題点となっていた。キャリア濃度の変調はスピンダイナミクスより遥かに遅く、真性のスピンダイナミクス過程を解明できないという問題もあった。

研究グループは、分子線エピタキシー法を用いた結晶成長により、強磁性半導体(In,Fe)As/非磁性半導体InAsからなる半導体の二層構造を作製。電子キャリアが長いコヒーレンス長を持つために単一の量子井戸として振る舞うことを確認した。

この強磁性量子井戸構造にて、ポンプアンドプローブ法を用い、赤外超短パルスレーザー光照射による磁化の変化を測定したところ、赤外レーザーパルスが入射されると、量子井戸の磁化が600fsという非常に短い時間で瞬時に増大することがわかった。

赤外超短パルスレーザーによって生成された電子と正孔は、強磁性半導体層のFe磁気モーメントと直接には相互作用しないが、それらの空間電荷で作られるポテンシャルを非常に速く変化させ、量子井戸内に閉じ込められた2次元電子の波動関数が量子井戸内でシフトすることがわかった。

これらの2次元電子により、強磁性半導体(In,Fe)AsのFe磁気モーメント間の磁気相互作用は仲介される。赤外超短パルスレーザー照射後、量子井戸内で2次元電子の波動関数がシフトし、(In,Fe)As層との重なりが増えることで、強磁性量子井戸全体の磁化が超高速で増大されるという機構を解明した。この成果は、波動関数を操作することにより、超高速で磁化を制御した世界初の実証になる。

磁化増大のメカニズム

この新しい磁化制御法は、半導体トランジスタ技術に応用しやすく、半導体と磁性体の異なる特長と機能を融合する半導体スピンデバイスにて、入出力を超高速かつ低消費電力で制御する新たな道を開いたことになる。研究の発展により、テラヘルツ周波数帯で超高速で動作できる低消費電力のスピントロニクスや量子デバイスの実現が期待される。

関連情報

電子の波動関数操作により ピコ秒以下の超高速で磁化制御を実現 ―テラヘルツ周波数帯で動作する低消費電力スピンデバイスに向けて新機能を実証―|プレスリリース | UTokyo-Eng

関連記事

アーカイブ

fabcross
meitec
next
メルマガ登録
ページ上部へ戻る