- 2024-12-24
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- AeroVironment, Cubic Telecom, HAPSアライアンス, HAPS(High Altitude Platform Station), MNO(Mobile Network Operator:移動体通信事業者), MVNO(Mobile Virtual Network Operator, SDCV(Software Defined Connected Vehicles), Sunglider(サングライダー), WRC-23(2023年世界無線通信会議), 、国際電気通信連合(ITU)無線通信部門(ITU-R), インターネット, シリンダーアンテナ, ソフトバンク株式会社, デジタルデバイド, ヌルフォーミング技術, フットプリント, フットプリント固定技術, ユビキタスネットワーク, リチウムイオンバッテリー, リチウム金属電池, 低軌道(Low Earth Orbit:LEO), 成層圏対応無線機(ペイロード), 成層圏通信プラットフォーム, 無人航空機, 衛星コンステレーション, 非地上系ネットワーク(NTN:Non-Terrestrial Network)
低軌道(Low Earth Orbit:LEO)を周回する衛星コンステレーションや、成層圏を飛行する無人航空機から地表に電波を発信し、地上の基地局でカバーできない場所でも通信を可能にする非地上系ネットワーク(NTN:Non-Terrestrial Network)は、デジタルデバイドの解消や災害時の通信手段の確保にも役立ちます。また、通信サービスそのものに加えて、通信環境がなかったエリアにインターネットが届くことにより、大きな経済効果が見込めると言われています。
今回の連載は前後編2回の構成とし、どんな場所でも通信圏外にならない「ユビキタスネットワークの構築」を目指してNTN事業に取り組むソフトバンク株式会社に、最先端の技術を中心にお話を伺っています。第2回は、「成層圏を飛行する空飛ぶ基地局HAPSとは」と題して、プロダクト技術本部 ユビキタスネットワーク企画統括部 NTN戦略部 戦略企画課 梅田 佳穂氏にお話を伺いました。(執筆:後藤 銀河)
第1回の記事はこちら
いつでもどこでも繋がるネットワークの実現――ソフトバンクに聞く、ユビキタスネットワークを支えるNTN技術とは |
<登壇者プロフィール>
ソフトバンク株式会社
プロダクト技術本部 ユビキタスネットワーク企画統括部 NTN戦略部
戦略企画課 梅田佳穂氏
2013年にソフトバンク株式会社へ入社し法人営業を担当。2019年に社内公募に立候補して、先端技術開発本部HAPSフライト企画推進室に異動し、HAPSのフライトテストなどを企画。2021年に現在の部署の前身となるグローバル通信事業統括部 営業企画推進部の所属となる。2023年より現在の部署にて、NTN全般のソリューションのプロモーションを担当。
<会社概要>
ソフトバンク株式会社
設立:1986年(昭和61年)12月9日
代表氏名:代表取締役 社長執行役員 兼 CEO 宮川 潤一
本社所在地:東京都港区海岸一丁目7番1号
事業内容:移動通信サービスの提供、携帯端末の販売、固定通信サービスの提供、インターネット接続サービスの提供
HP:https://www.softbank.jp/corp/
――NTNを構成するHAPSについて、概要をご紹介いただけますか?
[梅田氏]NTNの中でも弊社が自社事業として力を入れているのが、成層圏を飛行する無人機から地上を4G/5Gエリア化するHAPS(High Altitude Platform Station)です。
HAPSは成層圏通信プラットフォームのことで、概念としては古くからあったものの、成層圏における長期フライトは、約マイナス65°Cの低温、低気圧、高高度における重力波や太陽放射といった成層圏特有の環境に加えて、成層圏へ到達するまでに時速100kmを超えるジェット気流を通過しなければならないといった過酷な条件が多く、大きな進歩は見られませんでした。
しかし、近年HAPSを飛ばすための要素技術の開発が進み、成層圏に耐えうるようなモーターや、高効率のソーラーパネル、バッテリーなどが登場しました。そこで、技術的には実現できるのではないかと考え、2016年に日本でのプロジェクトを発足させました。弊社で実用化に向けて開発しているHAPSの機体は、AeroVironment社と開発した「Sunglider(サングライダー)」です。
――HAPSには他のNTNソリューションと比べてどのような特徴があるのでしょうか?
[梅田氏]HAPSは、高度20キロとLEOよりさらに低高度を旋回しながら定点滞空するため、低遅延での通信が可能なのです。地上基地局と同じ電波を用いることで、既存のスマートフォンやIoT機器を使用するモバイルダイレクト通信ができます。
HAPSは1機で直径200kmの通信エリアをカバーできるほどフットプリントが広いので、約40機で日本全域をカバーできる計算になります。地上基地局ではカバーが難しい上空や離島、山岳地帯、発展途上国など、通信ネットワークが整っていない場所や地域にも安定したインターネット接続環境を構築できます。
HAPSは太陽電池パネルの発電効率を高めるため、まずは日照時間の長い赤道付近のエリアでのサービス展開を視野にいれて準備を進めていますが、将来的には地上のモバイルネットワークの拡張や大規模災害時のバックアップなどの活用方法を想定しています。最近では、高重量エネルギー密度の次世代リチウム金属電池セルを使った電池パックの実証も進めています。
――HAPSの実用化に向けて、どのような課題があるのでしょうか?
[梅田氏]HAPSは航空機と移動体通信を組み合わせた全く新しい試みであり、法規制を含めて手探りで進んでいるとも言えます。HAPSとスマートフォンの直接通信を実現するためには、HAPSでスマートフォンが対応している周波数帯を使う必要があります。従来、HAPSでは2GHz帯の携帯電話向け周波数の電波の利用が国際的に認められていましたが、国際電気通信連合(ITU)無線通信部門(ITU-R)における国際標準化活動を通して、周波数割り当ての拡大に取り組み、携帯電話用の周波数として利用されている700~900MHz帯、1.7GHz帯および2.5GHz帯の追加などを実現してきました。
――HAPSの構成要素や技術についても教えてください。
[梅田氏]HAPSは、機体表面に取り付けられた太陽電池で発電した電力を使って飛行します。発電できない夜間は、日中に電池パックに蓄えた電力を利用します。現状では日照量の関係から赤道近くの低緯度で長期航行できるよう実証を進め、徐々に日照時間の短い高緯度地域へと進める予定です。
滞空時間を長くするためには、電池パックや太陽電池の軽量化に加え、太陽電池の発電効率を高める必要があります。電池パックの軽量化には、リチウムイオンバッテリーよりも重量エネルギー密度の高いリチウム金属電池のような、次世代型高性能電池が必要になります。また、太陽電池も高効率かつ軽量で、厳しい成層圏の環境で利用できるものが必要になるでしょう。
2020年9月に初めて成層圏での飛行と成層圏対応無線機(ペイロード)によるLTE通信試験に成功しましたが、その時の総フライト時間は20時間強(成層圏滞空時間は5時間38分)。サービス提供するエリアの上空を旋回しながら定点滞空し、最終的に1回のフライトで6カ月滞在することを目指しています。
――HAPSの通信技術で難しいところ、特に取り組まれているところなどを教えてください。
[梅田氏]HAPSは地上基地局と同じ周波数を使うモバイルダイレクト通信を提供しますが、上空から基地局と同じ周波数を放射することによって電波干渉を起こし、セル内の通信品質が低下するという課題があります。
HAPSと地上基地局とで異なる周波数を使えば電波干渉の問題は回避できますが、限られた周波数帯の活用という点では、周波数を共用する方が望ましいと考えています。同一の周波数帯を利用した通信サービスを実現するため、「シリンダーアンテナ」という特殊なアンテナを開発し、特定の方向に対する電波の放射を大幅に抑制して電波の干渉を抑制する、独自の「ヌルフォーミング技術」の開発に取り組んでいます。
[梅田氏]HAPSは成層圏で旋回しながら地上に向けて通信サービスを提供しますが、旋回することで搭載されているペイロードの通信機器も一緒に回ってしまいます。すると、地上に形成される通信エリア(フットプリント)が移動し、接続先のセルがどんどん切り替わってしまい、通信が非常に不安定になってしまうという課題もあります。
この課題を解決するため、機体の旋回に合わせて電波の向きを変えることでフットプリントを固定させる、「フットプリント固定技術」と呼ばれる技術を開発。2022年に実証実験に成功しています。
――御社は移動体通信事業がメインですが、これまでご経験のないHAPSのテストフライトに関わった経験はいかがでしたか?
[梅田氏]航空業界については誰も何も知識を持っていない中、航空業界のレギュレーションにも従う必要があるので、どのチームも一から勉強でした。特に弊社の場合、既存の小型の機体を使うのではなく、長期間成層圏に滞在して、しかも地上ネットワークと同等の通信サービスを提供するために重量のある通信設備を搭載するということで、AeroVironment社と提携し、専用の大型の機体を共同開発してきたという背景があります。私が応募した2019年頃にようやく社内でも情報がオープンになり始めて、「無人航空機を作っているんだ」と社内でもかなり話題になりました。
通信業界としてもHAPSに割り当てられている周波数帯は限られていたため、先ほど説明したようにITUなど周波数の割り当てを行っている専門機関に働きかけ、WRC-23(2023年世界無線通信会議)で、グローバルバンドである700〜900MHzと1.7GHz、2.5GHz帯をHAPSで使える周波数帯として承認いただきました。このように通信業界の問題を解決しながら、一方で航空業界のレギュレーションも調整しながら一歩ずつ進められたのは、とても貴重な経験でした。
――プロジェクトを進める中で、航空業界ならではの難しさなどを感じましたか?
[梅田氏]はい、HAPSは基地局という以前に航空機としての規制を受けます。私たちには移動体通信に関する専門知識がありますが、HAPSを進めるためには通信以外の技術、航空や航空宇宙など広い分野における多くの課題を解決していく必要があり、到底自分たちだけでは解決しきれません。
デジタルデバイドを解消し、世界中のより多くの人、場所、モノに接続性をもたらすHAPS技術をさらに推進することを目標に、2020年に「HAPSアライアンス」を創設。弊社のような移動体通信事業者や通信機器メーカーから、HAPSの機体メーカーやバッテリーを開発しているメーカーまで、HAPSに関わるさまざまな企業や研究機関などが参加し、HAPSのエコシステムを構築していこうという組織になっています。
そもそもHAPSが飛行する成層圏は通常の航空機が飛行する高度よりも遥かに上で、レギュレーションも不確定要素が多いというのが実情です。そこは航空業界をよく知る航空機メーカーの方と会話しながら、HAPSに必要なレギュレーションの改訂をまとめ、航空業界の標準化団体に提言していくという動きをとっています。将来的にはいくつかHAPSが離着陸できる飛行場を用意して、そこから発進して成層圏に到達して、世界中にサービスを提供するような運用がしたいですね。
――それはすごく大きな夢のある取り組みですね。直近ではどのような動きをかけていく予定なのでしょうか。
[梅田氏]2024年3月にコネクテッドカーおよびSDCV(Software Defined Connected Vehicles)向けにIoTプラットフォームをグローバル展開する、アイルランドのCubic Telecomを子会社化しました。彼らはMNO(Mobile Network Operator:移動体通信事業者)ではなく、MNOとグローバルローミング契約を結んで、MNOのネットワークを借り受けてサービスを提供するMVNO(Mobile Virtual Network Operator)なのですが、現状ラインナップしている地上セルラーネットワーク通信にNTNの通信を加えたいと考えています。これにより、まだ地上ネットワークだけでは通信が繋がっていないエリアにあるモビリティに、コネクティビティを提供することができるようになります。まず、第一段階としてはそこを目指したいと考えています。
――ありがとうございます。最後に、HAPSやNTNに関わりたいと考えているエンジニアに向けて、身につけるべき技術やキャリアなどお話いただけますでしょうか。
[梅田氏]HAPSであれば、やはり機体の軽量化とエネルギーを確保するための効率化の技術が、より一層必要になってくると思います。ソーラーパネルやバッテリーはもちろんですが、大気の薄い成層圏で強い太陽光線を長期間浴びても大丈夫なような機体の表面素材の開発など、要素技術が重要になってくるでしょう。後は、通信部分、先ほど申し上げたようなヌルフォーミングやフットプリント固定技術といった、最先端の通信技術の開発も進めていく必要があります。
NTNについては、地上モバイルネットワークと衛星ネットワークのグローバルローミング技術の実証が今後進んでいくと考えています。そのため、MNOとしての地上モバイルネットワークの専門知識に加え、衛星ネットワークへの理解が必須になってくると思います。
取材協力
ライタープロフィール
後藤 銀河
アメショーの銀河(♂)をこよなく愛すライター兼編集者。エンジニアのバックグラウンドを生かし、国内外のニュース記事を中心に誰が読んでもわかりやすい文章を書けるよう、日々奮闘中。