- 2024-11-14
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- Applied Physics Letters, アノード, イオンプローブ電子ビーム, トーマス・ジェファーソン国立加速器施設, ヒ化ガリウム(GaAs), フォトカソード(光を照射すると電子を放出するカソード), ブルックヘブン国立研究所(BNL), レーザー, 偏極イオン, 偏極陽子, 偏極電子, 偏極電子銃, 原子核物理学, 可視物質, 学術, 完全偏極電子・イオン衝突型加速器(EIC), 直流レーザー駆動, 米国エネルギー省(DOE)
米国エネルギー省(DOE)傘下のブルックヘブン国立研究所(BNL)は、2024年10月10日、世界最高電圧の偏極電子銃を設計し、テストしたと発表した。この電子銃は、世界初の完全偏極電子・イオン衝突型加速器(EIC)構築に必要な技術で、研究の詳細は2024年6月17日付で『Applied Physics Letters』に掲載された。
EICは、DOE傘下のトーマス・ジェファーソン国立加速器施設と共同でBNLに建設中の、最先端の原子核物理学施設だ。EICが稼働すれば、偏極電子を加速して偏極陽子や偏極イオンと衝突させることで、可視物質の最深部の構成要素を調べられるようになる。
十分なエネルギーを持つ光を照射すると、金属から電子が遊離したり電流が流れたりする「光電現象」を利用する技術や、より高い効率で電子を放出する材料は、過去100年間で大幅に進歩してきたが、EICが必要とする高電圧かつ高強度の偏極ビームを生成できる電子銃はなかった。
研究チームが開発した直流レーザー駆動の偏極電子銃は、全周約3.9kmの円形衝突型加速器に向けて、生成した電子を発射する。この電子銃内部のわずか約5.1cmの距離を進む間に、電子は速度0から光速の80%程の秒速約22万kmまで加速する。ビームは短く密に詰まった束にまとめられ、電子のスピンがほとんど同じ向きにそろえられていることが特徴となっている。
この電子銃のフォトカソード(光を照射すると電子を放出するカソード)の材料はヒ化ガリウム(GaAs)の薄い結晶で、層状に配置して周期構造を持たせており、100nmの層状超格子ウエハーが厚さ0.4mmのバルク材料の上に載っているという構造になっている。ある特性を持つレーザーをこの層に当てると、スピンが特定の向きにそろった電子だけが材料から放出される。その結果、高度に偏極したビームが得られる。
しかし、放出される電子のエネルギーは極めて低く、そのままでは材料表面から動かないため、GaAsフォトカソードをアノードと向かい合う形で取り付け、非常に高い電圧を印加して電子を動かした。これにより、電子が約5.1cmのギャップを移動する間に電子エネルギーは0から320keV(キロ電子ボルト)まで上昇する。
その他にも、レーザーの波長を調整して電子の偏極とフォトカソードの量子効率を最大化する方法を発見した。さらに、GaAsフォトカソードの材料が残留ガスにより損傷を受けやすいことから、フォトカソード、アノード、レーザーから成るシステム全体を超高真空環境下に置いた。この真空環境下でカソードに高電圧を供給するため、従来の絶縁ガスを使用しない工夫もしている。
このようにさまざまな面から開発を重ねた後で、研究チームは試運転を実施した。目標電圧350kVまで昇圧するには約23時間かかったが、その後、電子銃は6カ月間メンテナンスなしで稼働した。品質テストでは、EICの陽子およびイオンプローブ電子ビームに必要なすべての特性を備えた電子を生成できることが確認された。過去2年間の運転で、高電圧は常に非常に安定しており、これは世界で最高電圧かつ最高強度の偏極電子銃といえる。
研究チームは、電子の次の加速段階のためのコンポーネント開発と、EICのイオンビーム冷却用の別の電子の流れを生成する、より高電圧で超高平均電流の電子銃開発に注力しているという。