物質・材料研究機構(NIMS)は2018年10月30日、室温で世界最高レベルの高品質因子(Q値) を持つダイヤモンドカンチレバーおよび電気信号による駆動と、センシングを一体化した単結晶ダイヤモンドMEMSセンサーチップの開発に成功したと発表した。
マイクロ・ナノマシン(MEMS)とは、「微小な電気機械システム」という英語の略称であり、MEMSは機械要素部品、センサー、アクチュエーター、電子回路を1つの基板上に微細加工技術によって集積したデバイスを指す。半導体プロセスのバッチ製造工程で作ることができるため、低価格化や小型化、機能の集積化が進みやすい。
従来のシリコンMEMSは半導体電気伝導を利用しているため、エネルギー損失が大きい、品質因子が低い(~1000)、機械的・電気的・化学的・熱的な安定性が悪い、センサーの感度と分解能が低いという欠点がある。一方でダイヤモンドは、物質中で最高の機械性能、最大の熱伝導率・耐熱性等の優れた物性を示すことから、究極のMEMS材料として注目されている。
従来の技術では、シリコン等の半導体基板上にパターニングされたSiO2などの酸化物薄膜を犠牲層として堆積させ、その犠牲層上に多結晶ダイヤモンドあるいはダイヤモンド状カーボンを選択成長させた後、犠牲層をエッチング除去することで、機械共振子(固有の周波数で機械的に発振する電子部品)を作製している。
多結晶ダイヤモンドを用いたMEMSデバイスの報告は存在するが、機械性能や安定性、再現性はあまり良くないのが現状だ。高信頼性・高性能なMEMSの開発には、「単結晶」ダイヤモンドを用いた可動構造体(一端が固定され他端が自由なカンチレバー、または両端を固定したブリッジ)作製技術を開発し、独創的なデバイスコンセプトに基づいて研究開発をすることが重要となっている。
一般に、MEMSの幅広い応用には(1)高Q値機械共振子の作製、(2)電子回路駆動性とその機械共振子の集積化という、2つの材料学的に重要な課題の解決が不可欠とされている。Q値は機械共振子の最も基本的な性能指数で、センサーの感度やスイッチの作動電圧などの材料の結晶品質、表面状態及びMEMSデバイスの最終的な特性を決定する。また、ほとんどのMEMSの応用には、機械的共振子信号を外部電子回路によって制御、処理するために、電気的インターフェースが必要だ。
しかし、ダイヤモンドは化学薬品に対し不溶不融であり加工が難しい、低いエネルギー散逸と高い導電性を同時に持つ高品質ダイヤモンドの成長が不可能などの理由から、高Q値化や電気信号で駆動させる単結晶ダイヤモンドMEMS開発の成功には至っていなかった。
NIMSの研究グループは、2010年に単結晶ダイヤモンド基板上にダイヤモンド薄膜を成長させたダイヤモンド―オン―ダイヤモンド(全単結晶ダイヤモンド)を基本として、単結晶ダイヤモンド基板に高エネルギーイオンを注入することによって、局所的にダイヤモンドをグラファイトに相変態させた犠牲層(グラファイト犠牲層と呼ばれる)を形成した後、そのグラファイト犠牲層を溶液エッチング除去することによって、形状と寸法が制御可能な可動構造体を作製するプロセスを開発した。
しかし、この手法で作製したダイヤモンドMEMS共振子はイオン注入による欠陥層が含まれるため、Q値は1000程度と低い値だった。2014年、研究グループはダイヤモンド機械共振子のQ値を決めるエネルギー散逸機構を解明。続いて2017年に、様々な物質の薄膜を成長させる方法の1つであるマイクロ波プラズマ気相成長法によってダイヤモンド薄膜の成長プロセスを改善して、Q値10000程度を持つダイヤモンドカンチレバーを作製するプロセスを開発した。
今回、研究グループは更にスマートカット(単結晶ウェハーの全表面をミクロン寸法の厚みで剥がす微細加工技術)と原子スケールエッチング技術(基板表面から化学反応を利用して、基板材料を原子レベルの極薄層でエッチングする技術)を組み合わせることで、ダイヤモンドカンチレバーの結晶欠陥を取り除き、110万の超高Q値を持つダイヤモンド機械共振子の開発に成功した。
また、カンチレバーを振動させる回路と振動をセンシングする電子回路を同時にカンチレバー上に集積化する新たなMEMSデバイスコンセプトを提案し、世界で初めて電気信号で駆動する単結晶ダイヤモンドMEMSチップの実証実験に成功。開発された単結晶ダイヤモンドMEMSチップは、高感度、低い作動電圧、低いエネルギー散逸、高周波数および高温動作(600℃)など、非常に高い性能を示した。
今回の研究では、既存のMEMSの欠点を克服して、NIMS で初めて開発に成功したダイヤモンドMEMS 技術を核として、品質因子100万以上の世界トップ性能を持つダイヤモンド機械共振子と電気信号駆動の単結晶ダイヤモンドMEMS チップを世界で初めて実証した。今後、従来のMEMS に比べ、センサー感度や信頼性、寿命、速度などの機能の大幅な向上が期待される。また、ダイヤモンドは、吸着分子種、振動、温度、電磁力などに対して敏感に応答するため、物理や化学やバイオなどの様々なセンサーへの展開も期待できるという。