京都大学は2020年7月16日、特殊な偏光を持つレーザービームを用いて、六方晶窒化ホウ素(hBN)から発生した光子の射出方向を明らかにすることに成功したと発表した。今回の成果をもとに、hBNの方向を最適化し光ファイバと⼀体化させると、光ファイバーから光子が発生する室温動作可能な高効率単⼀光子源が実現するという。
超高速演算が可能な光量子コンピュータや、盗聴不可能な暗号通信である量子暗号通信などの実現には、光子を一つ一つ発生させる単⼀光子源の実現が重要だ。その材料として、窒素とホウ素が六角形の格子状に交互に規則正しく並んだ層状物質であるhBNが注目されている。
このhBNに欠陥構造を導入すると、欠陥中に作られる正と負の電荷のペア(電気双極子)から単色性に優れる光子が、室温で安定に発生する。そのためhBNは、室温で動作する高効率単⼀光子源への応用が期待されていた。しかし、これまで、hBNから発生する光子が、どの方向に射出されているかは明らかになっていなかった。
そこで研究者らは、特殊な偏光を持つレーザービームを用いて、hBNから発生した光子の射出方向を調べた。通常の直線偏光のレーザービームではビームの位置によらず偏光方向は⼀定だが、今回の研究ではビームの中⼼から放射状に偏光するビームと円周方向に偏光するビームを利用した。これらのビームを用いてhBNを励起すると、直線偏光の場合では一つの輝点となる蛍光イメージが、電気双極子の向きによって敏感に変化する。そのため、蛍光イメージのパターン解析によって、電気双極子の向きから光子の射出方向を明らかにできる。
実験では、それぞれの偏光ビームを、100倍の顕微鏡用対物レンズを使い、幅約200nm×高さ約20nmのhBN粒子に集光。そして、発生した光子を単⼀光子検出器で検出して発光イメージを測定し、理論結果と比較した。すると、測定したhBNナノフレーク中の電気双極子はビームが進む方向から83.5度、垂直な面内で163度傾いていることが分かった。また、いくつかのhBNナノフレークについても測定したところ、電気双極子が平均で約80度傾いていることも判明した。hBNナノフレークから発生した光子は、これらの推定された電気双極子の向きと直交する方向に射出されていると考えられる。
本手法を用いて、hBN中の向きを最適化し、光ファイバーと⼀体化させると、室温で動作する光ファイバーから効率良く光子が発生する単⼀光子源を実現できる。これにより、光量子コンピュータや量子暗号通信の研究の飛躍的な発展が期待できる。また、分子やタンパク質など、細胞内の物質をhBNで標識し、本手法を用いて電気双極子の方向を観察すれば、それらの動きや位置、化学反応などを長期間にわたって可視化できる。それにより、 新しい生命現象の解明や、将来的には、創薬、再生医療、がんの超早期診断などへの貢献も見込まれる。