京都大学は2018年4月11日、量子ビット(量子情報の基本単位)の「Entanglement of Purification」(純粋化量子もつれ)と呼ばれる情報量を計算する新しい幾何学的公式を発見したと発表した。公式は「物体Aと物体Bの間に共有される量子ビットの情報量(相関)は、AとBをつなぐトンネルの最小断面積に等しい」というもので、量子ビットの理論と重力理論をつなぐ新しい道具として、宇宙の統一理論の構築を目指す超弦理論のさらなる理解に役立つほか、量子情報理論への応用も期待できる。
自然界に存在する電磁気力や核力は、量子論によってミクロな立場ですでに理解されているが、重力に関するミクロな物理法則は、現在も完全には理解されておらず、現代の物理学の重要課題の1つとなっている。この問題の解決を目指す超弦理論の分野では、重力の量子化に関する難しい問題を、比較的理解の進んでいる物質の問題に焼きなおすことができる「ゲージ重力対応」という重要な考え方が1997年に発見されている。「D次元の反ドジッター宇宙(宇宙定数が負の宇宙)の重力の物理法則は、実はD-1次元の物質の物理法則と同じである」ことを意味するものだが、その基礎的なメカニズムは未だ解明されていない。
この課題に進展をもたらしたのが2006年に発見された笠ー高柳公式で、「物質の量子もつれエントロピー(共有されている情報量)の大きさは、対応する反ドジッター宇宙の最小断面積に等しい」というもの。この公式は、宇宙の幾何学的な構造が、物質の量子もつれの構造に直接対応していることを示し、「重力理論の宇宙は、量子ビットの集合体と見なせる」という新しい描像につながった。しかし、この公式で正しく情報量が計算できるのは、対象となる2つの物体以外には物体が存在しない場合(純粋状態)に限られるという制限があった。
今回の研究では、反ドジッター宇宙の境界にAとBの空間領域をとると作ることができる両者をつなぐトンネル、さらにそのトンネルを特徴付ける重要な幾何学量である、最小断面積に着目した。テンソルネットワークと呼ばれる物質のミクロな状態を量子ビットの集合体として表現する手法をゲージ重力対応に応用したところ、反ドジッター宇宙のトンネル空間の最小断面積を求める計算が、量子ビットの立場では「純粋化量子もつれ」の計算に相当することがわかった。
純粋化量子もつれは、量子もつれエントロピーを、2つの物体以外の物質が存在する場合(混合状態)でも使えるように一般化したものの1つで、物体AとBが共有する情報の大きさ(相関の大きさ)を混合状態で測るものだ。これにより、「混合状態におけるAとBの2体間に共有される量子ビットの情報量(相関)は、AとBをつなぐトンネルの最小断面積に等しい」という一般化された公式が発見された。
この成果は、「重力理論の宇宙は、量子ビットの集合体と見なせる」という考え方が、純粋状態だけでなく、より一般的な混合状態に対しても成立することを示唆している。超弦理論のさらなる理解に役立つと期待されるとともに、自由度の多い系では計算が困難な情報量を、幾何学公式を用いることで簡単に計算できるため、量子情報理論にも応用が期待できるという。