忘れたい記憶だけ消去できる――睡眠中に特定の音で特定の記憶が弱まるという実験結果

ヒトは睡眠時に、脳内で昼間の体験や学習を整理し、情報を記憶として定着させている。ただ、記憶というのは楽しい思い出ばかりではない。ヨーク大学の研究チームは、寝ている人に「音の合図」を聴かせることで、特定の記憶を消去し得ると発表した。まだ初期段階の研究だが、トラウマやフラッシュバックなどの侵入性記憶の軽減に役立つ可能性がある。研究結果は、2022年3月25日付けで『Learning & Memory』に掲載されている。

過去の研究から、標的記憶再活性化(TMR)という手法を使って音を特定の記憶と関連付けると、記憶を強化できることが分かっている。その時は、被験者はペアとなった言葉を学び、睡眠時にペアに関連する音を流しておくことで、朝起きたときに記憶力が向上していた。今回は、同じ手法が記憶の消去に使えるかという研究だ。

今回、実験に参加した29人は、まず「自転車-城」「自転車-ベッカム」といったように、単語が重複する「物-場所」「物-人」の組み合わせを、音声データと共に120組覚えた。その後、大学の睡眠研究所に宿泊。研究チームは、参加者の脳波を常に計測し、参加者がノンレム睡眠の中でも深い眠り(徐波睡眠)に陥った時に、「物(例えば「自転車」)」の発話音声を静かに再生した。

以前と異なり、使用する単語が重複している今回の実験では、一方のペアの記憶は強まったが、もう一方の記憶は弱まったことが分かった。このことから、寝ている間に関連する音を流すと「選択的忘却」が引き起こされるのではないかと、研究チームは考えた。実験結果は睡眠の影響を大きく受けており、「音を流した時の正確なメカニズムはまだ不明だが、寝ている間に重要な関連性は強化され、重要でない関連性は破棄されるようだ」と、研究チームを率いるAidan Horner博士は説明する。

「まだまだ実験段階ではあるが、今回の結果から、人は音を合図にして、寝ている間に特別な記憶を呼び覚ます能力を強化することも、弱化することもできるといえる」と、論文の筆頭著者であるBardur Joensen博士は語る。

今後は、選択的忘却を制御できるよう、メカニズムを解明し、睡眠を利用して実際の記憶を薄めることができるか検討する。「トラウマを経験した人々は、その時の記憶のせいで、苦痛を伴うさまざまな症状に苦しむことがある。道のりはまだ長いが、我々の発見は、既存のセラピーと組み合わせて、嫌な記憶を弱める新しい技術として使える可能性がある」と、Joensen氏は語る。

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