富士通と富士通研究所は2017年7月24日、W帯(75~110GHz)を用いた大容量の無線ネットワークに適用可能な、窒化ガリウム(GaN)高電子移動度トランジスタ(HEMT)を利用した送信用の高出力増幅器(パワーアンプ)を開発したと発表した。2020年度の実用化を目指している。
モバイル通信による無線データトラフィックは年々増加し続けており、長距離/大容量の無線通信ネットワークを構築するため、高周波帯のW帯を利用した無線通信技術が注目されている。W帯は電波を使用できる周波数帯の幅が広く、通信速度を飛躍的に高められるため、こうした大容量無線通信に向いている周波数とされている。
無線通信の従来技術は数kmの距離で毎秒数Gb程度の性能だが、さらなる長距離化/大容量化のためには、送信時に信号を増幅するパワーアンプの高出力化が求められる。また、同じ周波数帯域幅により多くの情報を乗せて送信できる変調方式に対応する必要があり、増幅時にひずみの少ない特性が要求される。一方、増大する通信システムの消費電力抑制のため、パワーアンプの電力効率の向上も必要となる。
今回両社は、窒化インジウムアルミニウムガリウム(InAlGaN)系HEMTにおいて、長距離化/大容量化と低消費電力化のために、2技術を開発した。
1つは内部抵抗の低減技術。GaN-HEMTデバイスのソース電極・ドレイン電極の直下に、高い濃度で電子を発生させる柱状のGaN層(GaN Plug)を埋め込む製造プロセスを用い、ソース電極・ドレイン電極とGaN-HEMTデバイス間に電流が流れる際の抵抗を、安定して従来の10分の1に低減できる。従来の構造では電子供給層がバリアとなり、ソース電極と2次元電子の間の電気抵抗が高くなったが、今回の技術により、大電流をトランジスターに流すことに成功した。
もう1つが漏れ電流抑制技術。電子走行層の上側の境界面を移動する2次元電子は、ゲート電極が閉じた時に電子が下側を迂回して漏れ電流となり、パワーアンプの動作効率悪化の原因となっていた。電子走行層の下方に障壁層を配置することで漏れ電流を低減できるが、2次元電子の量も減るため、ドレイン電流の低下を招いてしまう。今回、InGaNからなる障壁層を電子走行層の下方に効果的に配置することで、高いドレイン電流を維持したまま、迂回電子を低減し、漏れ電流を低減させることに成功した。
今回開発の技術により、94GHzで動作するように設計したパワーアンプの出力密度が、これまで世界最高だった富士通研究所によるゲート幅1mmあたり3.6ワットを抜き、ゲート幅1mmあたり4.5ワットへと向上した。また、漏れ電流の低減により、従来技術と比べ26%減の低消費電力化を実現した。今回のパワーアンプを用いることで、2地点間を無線通信でつなぐ場合、10km以上かつ毎秒10ギガビット以上の長距離/大容量通信を実現できると見込んでいる。
両社では同技術を、長距離/大容量でかつ光ファイバーよりも簡便に敷設できる無線通信が望まれる用途に幅広く適用し、災害時に光ファイバーが断線した際の早期の復旧手段や、イベントで臨時的に設営する仮設通信インフラに適用できる高速無線通信システムなどの実現を目指す。