エンジニアは単に製品をつくるだけではなく、その製品でどうお客様に寄り添えるか。そのために、人やもののつながり、環境づくりに寄与したい——リコー 長曽我部紀理子氏

時には、かなり酷使してしまう複合機。それを許すのは、高性能かつ強靭に開発され、厳密な評価が行われているからだ。

リコー デジタルビジネスセンター Office Solution Delivery室 KCグループ グループリーダーの長曽我部紀理子氏は、複合機の開発や省電力設計を経て、現在は同社の製品を活用したソリューション開発に携わる。女性が長く、イキイキと働ける環境づくりにも取り組み、女性技術者の活躍も支援している。(執筆:杉本恭子、撮影:水戸秀一)

――現在はどのような業務を担当していますか。

私が現在所属している部署のミッションは、2017年4月からの中期経営計画のテーマでもある「EMPOWERING DIGITAL WORKPLACES」を具現化するソリューションを開発すること。

例えば「コミュニケーション支援となるアプリケーション」への変更や、360度撮影できるカメラ「THETA」を活用したアプリケーションなどの開発を行っています。

当社は複合機に代表されるデバイスをオフィスに届けるメーカーですが、製品だけでなく、かゆいところに手が届くようなソリューションも合わせて提供することによって、お客様の困りごとをトータルで解決できることを目指しています。

――今の部署に移られる以前は、中核の複合機の開発に携わってこられましたね。

はい。いくつかの機種の開発にかかわり、搬送系制御基板の開発設計、複合機搭載の専用ICの開発設計、AC電源からDC電源に変換する電源制御基板の開発を担当しました。

そういった基板の開発と同時に、最終的な社内評価にも設計側の担当者として参加しました。

例えば、温湿度環境1つ取ってみても、低温低湿、高温多湿などの環境で延々とコピーやプリントの動作を実施して、動作や画質の評価を最後の最後までチェックするので、製品が世の中に出ていく時の喜びはひとしおですね。

粘り強く解決策を探して到達した「省エネNo.1」

プライベートで訪れたニューヨークで、開発にかかわった商品を発見したことも。思わず写真をパチリ!

――その後、省電力設計を担当されたそうですが、これはどのような業務なのですか。

リコーは「環境のリコー」と言うくらい、環境に配慮した製品を作ることを重視しており、電力に関してもできるだけ低電力を目指しています。

消費電力の基準の1つに、標準消費電力量(TEC:Typical Electricity Consumption)という世界標準があります。リコーが目指しているのは、他社製品と比較して最も低いTEC値、「省エネNo.1」。私は、2010年から新機種の電力全体をマネジメントするリーダーを任されました。

複合機は、各ユニットの仕様を実現するために、それぞれに必要な電力量があります。それらをまとめて制御しているのが、電源制御基板です。

ユニットの担当者が「これだけの電力が必要」と言うのに対して、仕様を満たしつつ少しでも減らせるように担当者と一緒に考えたり、複数のユニットの制御を連動させたりするなど、担当者からは見えにくい部分や全体を見て、低電力化の方法を探したりする仕事でした。

――高い目標に向かって大変だったでしょうね。その分、得られたものも大きかったのでは。

乾いた雑巾を絞るような毎日でしたね(笑)。

複合機で大量に印刷すると紙が少し温かくなりますが、熱と圧力によってトナーを紙に固着させる「定着ユニット」は、熱が足りないときれいに着かないため、最も電力を必要とします。画質を保ちつつ、いかに電力を削減するかが課題で、担当者のもとに日参しては検討を重ねました。

担当者から見れば、複合機の命である画質が最優先です。さらに電力も切り詰めることを求められるので、なかなか検討は難航しましたが、上司に何度も背中を押され、取り組むことができました。おかげで、マネジメント力は相当磨かれましたね。

解決策を粘り強く探して、それらを積み重ね、「省エネNo.1」という成果につなげることができました。当時一緒に苦労した担当の方々とは、今でも良い仲間です。

「私は困っていない」では後進への道は開けない

――そのようなご活躍もあって、2011年には「日本女性技術者フォーラム」(JWEF)の「女性技術者に贈る奨励賞」を受賞されました。

私はそれまで「女性だから」ということなく、男性と同じように仕事をしていたので、JWEFが技術系の女性のためのフォーラムということに、最初は違和感を覚えました。「女性の」と区別されることが、よく分からなかったのです。

奨励賞の授賞式当日、当時のJWEFの委員長に「自分は背も高いし、それなりに力もあるし、男性と変わらずに仕事ができているから困っていない」と話したところ、「それでは、一般的な体格の女性は設計者になれないよね」と言われました。

そこで初めて、気が付きました。自分が男性ばかりの職場でたまたま上手く対応できていることによって、女性たちが入ってくる道を狭めているのだなと。

――その後、考え方はどう変化しましたか。

いろいろな人が働きやすい環境をつくっていかなければいけない。自分がちょっと我慢すればいいのではなく、みんなが困らないようにすることを考えなければいけない。その時、強くそう思いました。

例えば重たいものを持ち上げる必要があるなら、力のない人でもできるような提案をしていく。そういうことが必要なのだなと。これをきっかけに、ダイバーシティ、特に女性活躍に対して興味が生まれました。

以前の私は、技術系の仕事では「仕事」か「結婚して子育て」かの二者択一と思っていましたが、JWEFに出会い、社内でも活動を続ける中で、工夫次第で「両方」できて、それも含めて自分が何を選択するかなのだということが分かりました。ダイバーシティが腑に落ちたという感じです。

――2012年からは、社内の活動も開始したそうですね。

はい。技術系の女性管理職を囲んで行う、若手女性中心の飲み会を数カ月ごとに開催したり、社内で2010年からスタートした女性管理職による活動WING(=Women’s Initiatives for Networking and Growth)の協力を得て、リコーの女性役員による講演会を開催したりしてきました。フィジカル的なことだけでなく、メンタル的なサポートも必要だと思ったからです。

子育て中で定時後は都合がつけにくい方も参加できるようにと、WING主催で2013年からスタートしたランチ懇談会「ランチタイムネットワーキング」の幹事も、第7回からは私と有志が引き継ぎ、昨年、次の世代に引き継いだところです。

当初20名弱でスタートした活動ですが、現在の登録者は事務系の方も含め150名を超えるまでに増え、やってきて良かったなと思います。

最終形まで見届けられる製品を開発したかった

大学ではモーター制御に関する研究をした。「思いのままにものが動くのは楽しい」

――就職先として、リコーを選んだ理由は。

大学では機械系技術者であった父の勧めもあり、電気電子工学科を選びました。

就職先を選ぶに当たっては、例えばプラントのような、かなり大規模な分野も選択肢としてありましたが、私はある程度最終形まで見届けられるような規模の製品を開発したいと思っていました。

その中でも、オフィスで使われる重要な複合機の開発に携わりたいと思ってリコーを選びました。願いかなって、主力事業である複合機の開発部隊に配属され、製品の最終的な評価も担当することができました。

初めて実際の製品開発に携わった時には、大学の研究との大きなギャップを感じましたね。製品には構想があり、企画の想いがある。それをかみ砕いて、どう開発するかを考えて、基板を作る。基板ができてからは、何度も何度も評価を繰り返す。1つの製品は、こんなに多くの人がかかわって作られていくのだなと思ったことを覚えています。

製品はお客様のオフィス内で使われるので、通常、実際に使用されている様子を見ることはありません。それだけに街のショップなどに置いてあるのを見掛けると、うれしくなります。

製品に対する情熱次第で超えられる壁も違う

高校で化学の先生をしていたお母様。子どものころは、日常的な料理の中にある化学変化などを、日々教えてくれた

――これまでエンジニアの仕事をしてこられて、エンジニアにはどのようなスキルが必要だと思いますか。

技術的なスキルよりも、自分が作るものをいかに好きであるか、それにどのくらい情熱を注げるかということが大事なのではないかと思っています。

その製品をもっと良くして、お客様に届けたいという想いを持っているかどうかで、超えられる壁の高さも違ってくるのではないかと思います。

――では長曽我部さんが大事にしていることを教えてください。

今の世の中は、ものを作れば終わりではなく、いかにお客様のニーズに寄り添ったものを作れるかが求められていると思います。そのためには、社内の他部署と、あるいは他社との連携も必要かもしれませんし、業界全体での横のつながりなども重要になるのではないでしょうか。

1人で起業して製品を作っているのではなく、企業に所属しながら世の中に貢献していくには、より大きな輪をつくって、つないでいくことが大事なのではないかと思います。

私は比較的そういうことが好きですし、世の中が潤滑に動くようなかかわり方、人やもののつながりに寄与していきたいと思っています。


長曽我部氏の活動にもあったように、リコーでは、「ダイバーシティ推進」と「ワークライフ・マネジメント」を経営戦略の1つと位置付けている。ダイバーシティに関する企業としての取り組みについて、ビジネスサポート本部 人事総務統括センター 人事部 ダイバーシティ推進グループ シニアスペシャリストの渡邉真紀子氏にお話を伺いました。

女性の育児休業&復職100%、男性の育児休業95%


リコーでは、多様な顧客ニーズに対応した付加価値の高い商品・サービスの提供のためには、多様な人材が個性・能力を最大限に発揮して活躍できる職場環境が必要との考えを持っている。渡邉氏は「仕事も生活も充実していることを目指しているので、ワークライフ・バランスではなく『マネジメント』としています。企業力の向上だけでなく、一人一人のやりがいの実現のためにも、ダイバーシティとワークライフ・マネジメントは両輪なのです」と言う。

同社では、育児休業法施行前の1990年に育児休業と短時間勤務を導入し、その後も制度の充実を図っている。また、2000年代当初からは、並行して意識改革や風土醸成にも注力。制度の周知度や困りごとを知るための意識調査や情報発信、旬なテーマで適宜セミナーを開催するなどして、社員の理解を深める取り組みを続けている。

その結果、女性の育児休業取得率と復帰率は100%。ワーキングマザーも、女性社員の約4割、女性管理職に占める割合も約4割だ。子どもができたら「いつ戻ってくるの?」と聞くのが当たり前になっているそうだ。

さらに驚かされるのは、2017年3月期の男性の育児休業取得率が95.8%という実績。「1人の社会人として家庭にも貢献してほしい。長時間労働前提ではなく、家庭生活に参加することで自身の働き方を見直してほしい、と重点的に取り組んできた結果です」と渡邉氏は話す。実際、育児休業後も「今日は子どもをお風呂に入れるので」と、定時に帰る男性社員も出てきていると言う。

女性の育成と活用についても、階層ごとの課題に合わせた女性向けの研修やフォーラムを実施。長曽我部氏の話にも出てきた、「WING」もその1つだ。女性技術者のネットワーク構築と並行して、ランチタイムネットワーキングのような草の根的な活動も行われ、社員それぞれが、先輩の体験談を聞きたいときに聞けるような体制がつくられている。

こういった同社の取り組みは、経済産業省の「ダイバーシティ経営企業100選」、厚生労働省の初代「イクメン企業アワード」受賞、東京労働局の初代「プラチナくるみん認定企業」、女性活躍推進法に基づく「えるぼし」の最上位認定など、高く評価されている。渡邉氏は「女性だけでなく、ジェネレーション、性的指向や性自認にかかわらず、もっと多様な人材が、それぞれ活躍できるようにしたい」とさらに上を目指す考えだ。

関連リンク

リコー
日本女性技術者フォーラム(JWEF)

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